蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.52 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.52
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富な達人3人が語り合います。今回はゲストに南米サッカーの達人、亘崇詞(岡山湯郷ベル監督)が参戦!
――今回は、南米サッカーに詳しい亘崇嗣さんをゲストに迎えて、今シーズンのチャンピオンズリーグのグループステージ総括とラウンド16の注目カードについて、みなさんにお話しいただきたいと思います。まずは各グループのレビューからお願いします。
チャンピオンズリーグ優勝トロフィーを目指す各クラブの戦いが佳境を迎える
倉敷 では、それぞれのグループレビューの前に、今シーズンのグループステージ全体の印象からお伺いしたいと思います。小澤さんは、どのような感想をお持ちですか?
小澤 各グループで「2強2弱」という明確な格差が生まれていたことと、第4、5節の段階でグループ突破を決めたチームが多く、最終節を迎えたときにはほぼ結果が見えていたグループがかなり多かったという印象ですね。今シーズンから4大リーグ(UEFAカントリーランキング上位4位)の出場4チームすべてが予選を経ずにグループステージにストレートインできるようになりましたし、その辺の格差が反映されたため、少し大味な試合が増えてしまったような気がします。
中山 同感ですね。ここまではっきりとした格差が生まれてしまった理由は、今シーズンから始まった新フォーマットの影響を否定できないと思います。もちろん組み合わせが決まった段階である程度は予想できたことですが、このフォーマットのなかではもう昨シーズンのベシクタシュやバーゼルのようなサプライズは起こりにくいでしょうね。
このフォーマットは3シーズン続くわけですが、さらにUEFA(ヨーロッパサッカー連盟)は先日の理事会で2021-22シーズン以降にチャンピオンズリーグ(CL)、ヨーロッパリーグ(EL)に次ぐ第3のカップ戦を新設することを承認しました。まだ具体的なフォーマットは発表されていませんが、おそらくELよりも裾野を広げて、小さなクラブ、小さなリーグのチームが参加できるような大会になると思います。
倉敷 新大会の創設はすでに承認されているんですね。
中山 はい。少し話がそれてしまいますが、ちょうどこの話が出る前に、ヨーロッパサッカー界で再びビッグクラブによる”スーパーリーグ構想”が話題になりました。人気チームだけでCLのプレミア化を進めればより収益が上がるのは間違いないので、ビッグクラブとしては現在のCLに不満があるわけです。とはいえ、UEFAとしては彼らが出て行ってしまえばCLが成立しなくなってしまう。そこでECA(ヨーロッパクラブ協会)とUEFAが話し合いをして、小さなクラブには新大会によって利益分配を図り、逆にCLは今以上にスーパーリーグ化させることで妥協点を見出したと思われます。
ですから、今後のCLはビッグクラブが勝ち抜けやすく、より波乱が起こりにくい大会になっていくのではないでしょうか。ジャイアントキリングもサッカーの楽しみのひとつなので、少し寂しい気もしますが。
倉敷 なるほど、今シーズンの傾向がより強まる可能性が高そうですね。亘さんは、どんな印象をお持ちですか。
亘 小さなクラブがビッグクラブを倒すというジャイアントキリングを期待していた人も多いと思いますが、結果的に順当な結果になってしまいましたね。そうなった原因のひとつとして、僕はロシアW杯で見たような南米で言う”ドン引き”、つまり、リトリートする守備を各国が見せていたように、今回のチャンピオンズリーグでも同じような傾向があったことも影響しているのではないかと感じています。
要するに、ビッグクラブが先制した後に堅い守備を敷くようになって、1点を奪ったらサッカーを変えて我慢する、というようなチームが増えているように感じます。以前のバルセロナみたいに、どんどんゴールを取りに行くスタイルのチームが減り、お金もかけて良い選手を集めているチームが、しっかり引いて守るということをやり始めている。そういう点で、小さなクラブがジャイアントキリングを起こすのが難しくなっていると感じたグループステージでした。
倉敷 では、AからHまでの各グループを順に振り返ります。まずグループAから。このグループはドルトムント、アトレティコ・マドリード、クラブ・ブルージュ、それからモナコという4チームの戦いでした。最終的に、ドルトムントが1位抜け、2位通過がアトレティコでしたが、中山さんはこのグループの明暗を分けたポイントがどこにあったと見ていますか?
中山 このグループでポイントになったことのひとつとして、最下位モナコの大不振を見逃すことはできません。完全にこのグループの草狩場になってしまいましたね。今シーズンのモナコは、メンバーが大幅に入れ替わったことは例年のことですが、とにかく故障者が続出してベストメンバーが組めないままシーズンの半分を終えてしまいました。そのうえ、功績者のレオナルド・ジャルディム監督の解任と、ティエリ・アンリ新監督の就任という大きな出来事もありました。
主力が揃わないうえに監督未経験だったアンリが指揮を執ったため、ますますチームは混乱してしまい、CLを捨てて、降格圏に苦しむ国内リーグ戦に重きを置くしかなかった状態だったので、他の3チームにとっては楽な相手になったことは間違いないでしょう。
倉敷 アンリ監督をどう評価しますか?
中山 正直、かなり厳しいですね。個人的には、こういう苦しい状況だからこそチームを熟知するジャルディム監督を続投させるべきだったと思いますし、キリアン・ムバッペの売却などで大金を手にしていたフロントがアンリというブランドを買ってしまったということなのだと思います。
それともうひとつ、このグループでもっとも印象に残っている試合は、4-0という意外な結果に終わった3節のドルトムント対アトレティコでした。アトレティコのディエゴ・シメオネ監督は、今シーズンは攻撃のバリエーションを増やして攻撃的なスタイルへの移行に再びトライしていましたが、この試合では前半に不運な失点をしてリードされたことで、後半開始から攻撃的に出て勝負をかけました。ところが結果的にその采配が裏目に出てしまい、終盤に3失点を喫し、アトレティコには珍しく大敗してしまったという試合です。
その反省から第4節のホームでのドルトムント戦は少し原点回帰して堅守を維持して2-0で勝利したわけですが、そういう点で、3節の大敗がそれ以降のアトレティコのサッカーに大きな影響を与えたという印象が残りました。結局、その3節の結果がドルトムントとアトレティコの差になり、ドルトムントが首位通過を果たすことになったわけですしね。
亘 僕も4-0の試合は印象に残っていて、両チームの力の差が出たというよりも、結局は試合の運び方で、アトレティコが少し前がかりに行ったことでドルトムントに多くのゴールが生まれた。いずれにしても、それ以外の試合は順当だったと思いますし、それが最終結果にそのまま表れたグループだったと思います。
倉敷 次にグループBですが、バルサは負けなしの4勝2分けで順当に首位通過、トッテナムが2位通過でした。トッテナムはインテルとバルサに負けて連敗スタートでしたが、最終的にはインテルと勝ち点で並び、直接対決のアウェーゴール差で勝ち上がっています。
小澤 僕は、第2節のスパーズ(トッテナム)とのウェンブリーでの試合が現在のバルセロナにとってキーになった試合だと思っています。理由は、アルトゥールがこの試合で初めて先発し、チャビ(現アル・サッド)のようなプレーができることを初めて披露したからです。それによって、以降、エルネスト・バルベルデ監督はそれまでインサイドハーフで起用していたコウチーニョを一列前にして、アルトゥールをそこに置くことで、イヴァン・ラキティッチ、セルヒオ・ブスケッツという3人で中盤を編成するようになりました。
ところで、亘さんはスパーズのマウリシオ・ポチェッティーノ監督をどのように見ていますか? 現在の彼は引く手あまたで、レアル・マドリードも彼をほしがっているという報道もあります。アルゼンチン人の彼が、ここまでヨーロッパで監督として評価を上げると思っていましたか?
亘 いや、正直に言うと、思ってなかったです(笑)。もちろん選手としては2002年のワールドカップでも代表でプレーしていましたし、人間的にもすごく紳士で、選手たちに落ち着いて物事を伝える力があることは確かです。彼もマルセロ・ビエルサ監督の影響を受けている指導者で、シメオネ監督も含めて、最近はビエルサ監督の影響を受けたアルゼンチン人監督が成功しているという印象はあります。僕は彼と同じ歳なので、ぜひ今後も頑張ってほしいと思っていますが。
倉敷 では、もっとも混戦となったグループCに話を移します。このグループは、パリ・サンジェルマン、リバプール、ナポリ、そして以前は日本でレッドスターと呼んでいたツルヴェナ・ズヴェズダが同居していました。最終的には第1節のリバプール戦のみ不覚をとったパリが1位で突破。一方、2位のリヴバプールは実に3敗もしていますが、直接対決でもイーブンだったナポリをなんとか総得点の差で上回りました。中山さん、パリの話からお願いします。
中山 パリに関しては、今シーズンの序盤は決してよくなかったという印象がありました。W杯の影響で主力選手の合流が遅れたこともありますが、トーマス・トゥヘル新監督がいろいろ新しいことを試していて、試合ごとにパフォーマンスが変わって安定していませんでした。そんななか、リバプールとのアウェー戦で敗れてしまったわけです。パリはカタール資本になってからCLに連続出場していますが、初戦を落としたのが初めてのことだったうえ、ナポリ戦は2試合ともドローだったので、さすがにこの調子でベスト4以上を狙うのは厳しいだろうと見ていました。
ただ、ポイントになったのは2-2で引き分けた3節のホームでのナポリ戦だったと思います。この試合は4-2-3-1でスタートしたのですが、前半に1点をリードされたことで後半開始からシステムを3-4-2-1に変更し、かなり盛り返したところで最後の最後に追いつくことができました。3バックが初めて機能したというか、オプションとして確立するきっかけになった試合だったと思います。
しかも、そのナポリ戦以降はカウンター対策を怠らないようになって守備意識がものすごく向上するようになったという印象があります。つまり、ナポリ戦以前は4-3-3や4-2-3-1を基本に従来のポゼッション型のサッカーをしていましたが、それを境に堅守速攻型の戦い方もできるようになったというわけです。この新しい戦い方を象徴していたのが第5節のリバプール戦で、あの試合では2-0とリードした後、守備に重きをおいたサッカーで逃げ切ることに成功しています。あのネイマールでさえも、守備をサボっていませんでした。
倉敷 パリのトゥヘルは、ドルトムント時代から何か変わりましたか?
中山 変わったと思います。選手を徹底管理するという部分は継続しているようですが、戦術的には前からプレッシングをかけるのではなく、前線のMCN(ムバッペ、カバーニ、ネイマール)という屈指のタレントのよさを生かすようなかたちの守備方法になっていますね。これはリバプールのクロップ監督に通ずるものがあって、無闇に前から行くことをせず、わかりやすく言えばポジショニングによってパスコースを消しながら守備をするというイメージになったと言えるでしょう。
また、とにかくトゥヘルは就任直後からネイマールのことを気にしていて、常にネイマールに気持ちよくプレーしてもらうよう、戦術で縛りすぎずある程度の自由を与えています。そういう意味では、自分のサッカーを最初から押し付けようとしたウナイ・エメリ前監督を反面教師にして、なだらかにチームを変えているのが現在のトゥヘルなのではないでしょうか。監督とエースの関係が良好だと、自然とチームの雰囲気もよくなりますしね。
小澤 僕もパリに来てからのトゥヘルは、それまでの戦術家というイメージから脱皮したような印象を受けています。クロップもそうですが、やはりスター選手が多いビッグクラブではマネジメントをしっかりしないとうまくチームが回らないということを理解して指揮を執っているのだと思います。そういう点で、サッカー自体もドルトムント時代のような細かい戦術で選手を縛るようなことはなく、自由度を与えたサッカーになっていて、そこが監督としての成長を感じます。
倉敷 今度は亘さんに伺いますが、ナポリを率いるカルロ・アンチェロッティ監督についてはどう見ていますか?
亘 苦しんでいますよね。重症という言い方は失礼かもしれませんが、個人的にはかなり深刻という印象を受けています。もちろんこのグループはアンチェロッティをしても難しいグループだったと思いますが、どうしても前任者のマウリツィオ・サッリ監督(現チェルシー監督)時代のナポリのサッカーと比べてしまって、そこがもどかしい部分になっているんです。
もっともわかりやすいのが、両監督の守備の考え方の違いなのではないでしょうか。たとえばサッリ時代はセンターバックのクリバリがとても輝いていましたが、それはボール保持者に対して積極的にアタックをする守備だったからだと思います。ところがアンチェロッティの守備は、確かに堅いことは間違いないのですが、攻撃的な守備ではないのでクリバリのよさが消えてしまったように感じるんです。攻撃面に関しても、すっかりゴールが減ってしまいました。
倉敷 ナポリとリバプールの勝ち点は9で同じでした。直接対決も1‐0と1-0の1勝1敗で1得点1失点ずつと差がない。得失点差も+2で同じ。グループステージ突破の明暗を分ける次の条件は総得点差です。リバプールは9得点、ナポリはわずか5失点ながら7得点しか奪えていなかった。そこがサッリ時代と大きく違う部分でしたね。
アンチェロッティ監督は「私は4-3-3から4-4-2に変えた。それによって守備が安定した」と記者会見では誇らしげに話しましたが、得点力の低下がグループステージ敗退の原因になったのは皮肉でした。優勝を目指し直接対決で争っていくラウンド16以降であればそれでよかったのでしょうが、グループステージではマイナスに働きました。
では次にグループD。ここは、ポルト、シャルケ、ガラタサライ、ロコモティフ・モスクワの4チームによる戦いでした。1位になったポルトは5勝1分0敗と圧倒的な成績でしたが、グループ分けに恵まれたようにも思えます。小澤さんはこのグループをどのように見ていますか?
小澤 ポルトはバランスがいいですね。セルジオ・コンセイソンも監督として今後ステップアップしそうな印象を受けましたし、情熱だけではなく、きちんと戦術の落とし込みもやっていて、今後も期待できそうな気がします。
倉敷 この強さは本物と見てよさそうですか?
小澤 本物だと思います。ただ、ポルトガルリーグのチームは冬の移籍マーケットで選手を引き抜かれる可能性が高いので、そこがラウンド16に向けての不安になっていると思います。現状、ヤシン・ブラヒミ、エクトル・エレーラといった選手はプレミア勢から声がかかっているようですし、そうなったらチーム力がダウンしてしまうのは間違いないと思います。仮にブラヒミが移籍してしまったらポルティモネンセの中島翔哉が玉突き移籍で加入するのではないかという報道もありますので、そこは別の意味で注目しておきたいですけどね。
それと、もうひとつポルトで話しておきたいのは、GKのイケル・カシージャスの存在です。本当に安定感があって、またスペイン代表に復帰してもおかしくないくらいのパフォーマンスを見せていて、ラ・リーガのファンの人にはぜひ見てほしいですね。
倉敷 このグループで付け加えておきたいのは、ガラタサライの長友佑都のことです。グループステージにおけるガラタサライのすべての試合を担当しましたが、彼は監督の信頼も厚く、チームメイトからもサポーターからも本当に愛されていると思えました。色々な意味で、長友佑都はフットボーラーとして必要な言語をしっかり持っている選手です。新しいチームへどう溶け込むべきか? 海外を目指す選手なら彼のアプローチを研究して手本にすべきでしょう。ガラタサライはヨーロッパリーグへの切符は死守しましたから別の舞台になっても頑張って欲しいですね。
では、次回はグループEからHまでをレビューしたいと思います。
(つづく)