左足から多彩なパスを放つ背番号7に向かって、チームメイトから声が飛ぶ。「ヒデ!」 かつて日本サッカーをけん引した男と同じ愛称で呼ばれるその選手は、青森山田の2年生プレーメイカー、MF武田英寿(ひでとし)。彼の名を見て、ピンとこないサッ…

 左足から多彩なパスを放つ背番号7に向かって、チームメイトから声が飛ぶ。

「ヒデ!」

 かつて日本サッカーをけん引した男と同じ愛称で呼ばれるその選手は、青森山田の2年生プレーメイカー、MF武田英寿(ひでとし)。彼の名を見て、ピンとこないサッカーファンはいないだろう。



多彩なパスで攻撃にアクセントをつける武田英寿

「父親がサッカー好きで、中田選手と同じ名前をつけてくれた」

 武田が言う「中田選手」とは、1990年代後半から2000年代にかけて日本代表の中心選手として活躍し、現在に続く海外移籍の先駆者的存在でもあった中田英寿のことだ。武田にとって中田は「YouTubeで見たことがある」程度だが、父は自らがファンだった偉大な選手の名を息子に授けたのである。「小さい頃から、『ヒデ』と呼ばれている」という武田が続ける。

「サッカーをするためにつけてもらったような名前だし、こういう名前をつけてもらったからには、サッカーで有名になりたい」

 あどけなさの残る笑顔で話す武田も、ひとたびピッチに立てば、頼もしいばかりの存在感を見せつける。優勝候補筆頭に推される強豪校にあっても、彼のテクニックとアイデアは際立っている。

 それにしても今大会もまた、青森山田が強い。

 昨年12月30日に開幕した第97回全国高校サッカー選手権大会は、1月3日に3回戦を終え、ベスト8が出そろった。昨年度優勝の前橋育英をはじめ、東福岡、桐光学園といった有力校が早々に姿を消すなか、青森山田は順調に準々決勝へと駒を進めている。初戦となった2回戦では草津東を6-0、続く3回戦では大津を3-0と、悠然たる勝ちっぷりである。ユース世代の最高峰リーグ、プレミアリーグEASTで2位となった実力は伊達ではない。

 なかでも注目を集めているのが、今春からのJクラブ加入が内定している2人の選手。アビスパ福岡入りのDF三國ケネディエブス(3年)と、コンサドーレ札幌入りのMF壇崎竜孔(だんざき・りく/3年)だ。

 高さとスピードを兼ね備えた三國。優れたテクニックを生かし、パスやドリブルを操る壇崎。いずれも今大会を代表する選手であるのは間違いない。

 とはいえ、青森山田は彼らだけのチームではない。「Jクラブ内定」の肩書は確かに目立つが、それ以外にも能力の高い選手がそろっており、チームとしての総合力は極めて高い。それを象徴するのが、冒頭で紹介した武田をはじめとする、4人のレフティーだ。

 トップ下でパスをさばくことを得意とする武田とともに、攻撃の中心を担うのが右MFの背番号11、MFバスケス・バイロン(3年)。小学3年生のときに来日し、日本で育ったチリ出身のドリブラーは、抜群の突破力でチャンスを次々に作り出す。巧みなフェイントを織り交ぜたスピードあるドリブルは、高校生では止めることが難しいレベルにある。

 そして、こちらは左サイドから厚みのある攻撃を生み出す背番号3、DF豊島基矢(もとや/3年)。壇崎を筆頭に、前線に多くのタレントを擁する青森山田だが、高い攻撃力において、この左サイドバックの存在は見逃せない。タイミングのいいスムーズなオーバーラップと、質の高いクロスは、大きな武器となっている。

 最後の4人目は、ボランチの背番号6、MF天笠泰輝(あまがさ・たいき/3年)。中盤で敵の攻撃の芽を摘む、的確かつ力強い守備力はもちろん、攻撃でもつなぎに加わりながら前線に進出していく。初戦の草津東戦では、試合序盤に強烈なミドルシュートを叩き込み、快進撃の口火を切っている。

 彼ら4人はいずれも、日本では希少価値の高い左利き。一般的に、レフティーは個性が強く、天才肌の選手が多いのは確かだ。優れた能力を備えているという意味では、彼らもまた例外ではないのかもしれない。しかし、だからといって、彼らがピッチ上で独善的に振る舞うことはない。

 三國が「『切り替え0秒』をコンセプトにしている」と話すように、青森山田の強みは、選手個々の能力の高さもさることながら、チーム全体が素早く攻守を切り替えられるところにある。

 今大会の2試合で、相手に許したシュートは計6本。まともにペナルティーエリアに入らせていないのは、「DFラインだけでなく、FWが前から追い、中盤が潰してくれるから。そのおかげで、CBは楽に守備ができる」(三國)。

 もちろん、前線の武田やバスケスも、そのひとりだ。バスケスが語る。

「中学までは、正直、守備をやっていなかった。そこは高校に入って一番苦労したところ。守備ができないから、1、2年生のときは試合に使ってもらえなかった。監督から『できないことと向き合え』と言われ続けて、意識が変わった」

 個性的なタレントが、決してサボることなくチームの規律を守り、そのなかでそれぞれの才能を発揮する。テクニックのある選手が多く、ときにトリッキーなプレーも見せるがゆえ、一見すると”軽い”チームにも見える青森山田が、圧倒的な強さで相手をねじ伏せることができる理由である。

 今大会の青森山田は、壇崎、三國だけではない。

 才能豊かな”レフティー・カルテット”が、見ていて楽しく、しかも強いチームを支えている。