ジュビロ磐田名波浩監督インタビュー(1) J1最終節を前にして勝ち点41を挙げていたジュビロ磐田は、ほぼJ1残留を手中に収めていた。迎えた最終節の川崎フロンターレ戦も、後半33分にFW大久保嘉人が先制点をゲット。残留確定まで目前だった。…

ジュビロ磐田
名波浩監督インタビュー(1)

 J1最終節を前にして勝ち点41を挙げていたジュビロ磐田は、ほぼJ1残留を手中に収めていた。迎えた最終節の川崎フロンターレ戦も、後半33分にFW大久保嘉人が先制点をゲット。残留確定まで目前だった。

 ところが、後半38分にセットプレーから失点すると、試合終了間際に逆転弾を浴びて1-2と敗戦。その結果、13位だった順位が一気に16位まで転落し、J1参入プレーオフへ向かうことになった。

 磐田の指揮官である名波浩監督は、その予期せぬ展開に何を思い、何を考えていたのか。J1最終節を終えてからJ1参入プレーオフ決定戦に臨むまでの1週間と、東京ヴェルディと対戦した同ゲームについて振り返ってもらった――。



J1最終節、川崎Fに敗れてがっくりと膝をつく磐田の名波監督

――2018年シーズンを総括してもらう前に、まずはJ1最終節(12月1日)の話から聞かせてください。川崎フロンターレに1-2で敗れて16位となり、J1参入プレーオフ決定戦に回ることになりました。川崎に敗れたあとの心境というのは、どんな感じだったのでしょうか。

「この1年の総括としては、あの川崎戦にすべてが凝縮されていると思うんだけど、負けたあとの、あの1週間の苦しさっていうのは、それはもう尋常じゃなかったね……。J1参入プレーオフ決定戦の試合後の会見でも言ったけど、(2014年J1昇格プレーオフの準決勝で)モンテディオ山形のGK山岸(範宏)にゴールを決められて負けたときの、そこで受けたショックの比じゃないから……。

 川崎戦を終えたあとは、コーチ陣と一緒に車で帰ってきたんだけど、川崎から磐田までのおよそ3時間、車内では誰も言葉を発しなかった。本当にひと言も……。それで、クラブハウスに着いたのが、19時半ぐらいだったかな。当然、周囲は真っ暗。でもその中で、自分はグラウンドを1時間近く、ひとりで走った。

 汗をかいて、体が火照っていたこともあって、その後、人気のないグラウンドで大の字に寝っ転がって、15分くらい、いろいろと考えていた。そうしていると、(強化部長の)服部(年宏)がクラブハウスに戻って来ているのがわかったから、シャワーを浴びて、服部の部屋に行った。そこで、『(J1参入プレーオフ決定戦で)勝っても、負けても、(監督を)辞めるから』と告げた」

――ということは、川崎戦を終えた時点で、監督を退任しようと思ったのですか。

「何より大事なことは、チームをJ1に残留させること。現場のトップとして、そこに集中しなければならないからこそ、自分自身は退路を断とうと思った。監督を続ける、続けないという、先への邪念をすべて取っ払ったうえで、試合に臨もうと。もちろんそのときは、服部からも、クラブの社長からも、『そんなことは保留だ』と言われたんですけどね。でも、自分の中で腹は決まっていた」

――話を戻しますが、川崎戦を終えたあと、磐田に帰ってくるまでの道中、さらにひとりでグラウンドを走っているときは、何を考えていたのですか。

「(J1参入プレーオフ決定戦の)対戦相手である東京ヴェルディがどうこうとかではなく、まずは試合までの1週間で、チームとしての気持ちをどう切り替えればいいか、それをずっと考えていた。でも、考えれば考えるほど、自分が一番(気持ちを)切り替えられていないなっていうのを痛感させられた。こう言うと変だけど、切り替えられない自信があったというか……。

 だから、川崎戦のあと、日曜、月曜日と2日練習を休みにしたんだけど、自分は家の中にとどまったまま。リビングに布団を敷いて、そこからほとんど動かなかった。外には一歩も出たくなし、サッカーからも離れたかった。それで、テレビでドラマを見たり、お笑い番組を見たりして、サッカーのことを忘れて気持ちを切り替えようとするんだけど、どうしても(川崎戦の)2失点目が頭から離れなくて。15分置きぐらいに、その光景が脳裏によみがえってきて……。

 家族もそんな自分には話かけられないから、きっと子どもたちには気を遣わせてしまったと思う。

 それで、ようやく月曜日の夜になって、ヴェルディの試合の映像を見始めた。ただ、最初に言ったけど、一番に考えていたのは、気持ちをどう切り替えていくか、チームとしてね。どういうふうに(選手に)声をかけて、どういうふうに盛り上げていけばいいか、そのことを重点的に考えていた。そして、いろいろと理由はあったんだけど、ヴェルディとの試合までの練習は完全非公開にして、チームを立ち直らせることを第一に考えて思いっきり舵をきることにした」

――気持ちを切り替えるとともに、ヴェルディ対策も練っていたと思うのですが、どういった戦い方をしようと考えていましたか。

「ヴェルディは人が密集するところにおいても、テクニックを駆使しながら相手をいなしてパスをつないでくるチーム。J2の中ではボール扱いがうまいチームなわけだけど、ウチとしてはその相手のファーストチョイスを消しながら、(ボールホルダーに)積極的にアプローチしていこうとした。

(練習では)そこを意識しながら、狭いエリアでのトレーニングから始めて、徐々にゲーム形式にして、守備のアプローチを行なっていった。そこには、年間を通して取り組んできた積み重ねもあったけどね。

 そのうえで、(攻撃のことも考えて)しっかりと前を見て、くさびとなるパスを放つ。その出したパスに対しても、周りがサポートアングルを正しく取ることを心がけさせた。(受け手と出し手の)距離間を変えるのか、それとも(大きく)展開を変えるのか、もしくは同サイドで崩していくのか、選択肢を持たせながらね。

 そうして取り組んできたことが、試合ではパーフェクトに近いくらいハマりました。それぐらいチームとしての調整はうまくいったんだけど、個々にはいろいろな問題が起きていた。

 たとえば、(先発で起用する予定だった)FW川又(堅碁)がケガをして、その週の練習では部分合流しかできなくて……。試合の2日前になって、ようやく紅白戦に出られたんだけど、それでも半分ぐらいしかプレーできなかった。それで試合当日の朝、最終的に確認したら、本人は『行けます!』って力強く答えたんだけど、言葉とは裏腹に、その表情を見ると『ぜんぜん行けません……』っていう顔をしていたんだよね。

 あと、(中村)俊輔も練習中に足を痛めてしまって……。アダイウトンもケガから復帰したばかりだったから、もし川又、俊輔、アダイウトンの3人を先発で起用すれば、3人もの選手が不安を抱えた状態でピッチに立つことになる。それはさすがに避けたくて、川又と俊輔のスタメン起用はあきらめました。

 それで当日、急きょ(小川)航基を(先発で)起用することに決めたんですよ」

――その小川選手が自らPKを奪って、先制ゴールを決めました。突然の抜擢にも見事に応えてくれました。

「あれは、本当にうれしかったよね」

――チームも試合全体を通して、前線からの守備もアグレッシブで、相手の攻撃を許さず、今季一番とも言える内容の試合を見せてくれました。

「みんな、そう言ってくれたけど、それはあくまでも結果論。こっちがシュートを20本打っても入らないこともあるし、ミスジャッジによってPKを与えられて負けることも考えられた。それでも、そうした10回に1回あるかないかということが起こらないように準備をしてきたし、(ヴェルディ戦に向かう)練習でも試合と変わらない強度でやってきた。

 その結果、誰かが練習中にケガをしてしまったら、それはもう仕方のないこと。自分はずっとそういうアプローチをしてきたから。

 まあでも、あの1試合に関して言えば、それまでの試合との”(相手の)レベルの違い”というものもあったと思う。(相手がJ2のチームで)横パスが1本、2本多いだけで、自分たちの守備であれだけ(相手を)ハメることができたから。J1では、横パスが出たと思ったら、次の瞬間には縦パスをスパーンと入れられて、(アプローチにいった)2、3人の選手が置いていかれてしまうこともある。

 その分、もうちょっと後ろに(守備の)ブロックを作ろうとするのがJ1。ボールを奪いにいく場合でも、ファールで止めることも含めて、それができない距離間だったら(最後まで)チェックにいくべきではない、というのがJ1。

 だけど、ヴェルディは普段どおりに戦ってくるだろうと、スタイルを変えることはないと思っていた。実際、それを貫いてJ1参入プレーオフの2試合を勝ってきたから、そういう自負もあるだろうと。だから、ボールをつないでくると踏んでいたし、ボールの奪いどころもあるな、と思っていた。

 前半、ドウグラス・ヴィエイラに背後を狙われた場面があったけど、それも1回だけ。その辺のことも、DF大南(拓磨)には『ドウグラス・ヴィエイラは体を入れ替えるのがうまいから、あまり(深くまで)突くとやられるぞ』と、警戒するように言っていて、うまく対処してくれていた。

 結局、相手もそこまで(裏を)狙ってこなかった。他には(2列目の)林陵平の動き出しに気を配っていたけど、その動きも決して多くなかった」

――小川選手がPKを決めた先制点につながる、その前の攻撃も絶妙でした。

「PKを奪うまでの形は、練習どおりのすばらしい攻撃だったと思う。あの場面、もし川又だったら、(山田大記からの)スルーパスにもっと早く追いついていただろうから、GKに倒されることはなかったと思う。また、別のFWだったら、スルーパスに追いつけず、GKにキャッチされていたんじゃないかな。そういう意味では、まさに航基のスピードがちょうどよかったんだよね」

――そして後半35分、田口泰士選手がFKを決めて2点目を奪いました。J1残留を確信したのは、その辺りでしょうか。

「そうですね。ただ、順位的に見れば、J2で6位のヴェルディはJ1だと24位でしょ。16位と24位では、その分の力の差があるわけだから。最後は我々のラインも少し下がってしまって、相手が押し込み始めたけど、それでも決定的な場面は作らせなかった。そこは、J1でやってきた我々と、J2でやってきたヴェルディとの差が出たかな、と思う部分はあります。

 何にしても、選手たちは90分間、落ち着いていて、よくやってくれた。自分も退路を断っていたから、ラストゲームだと思って、気持ちはグッと入っていました」

――試合が終わった瞬間は、どんなことを思ったのでしょうか。

「何の感情もなかった。安堵感はあったけど、みんなに申し訳ない、という気持ちだけだった。でも(試合後)、そこからの90分間は、自分の人生おいても”怒涛”というか、本当に濃い時間になりました」

(つづく)