東海大・駅伝戦記 第39回 東海大で箱根駅伝のメンバー16名に2年生からエントリーされたのは、2名だけだ。西田壮志(たけし)と鈴木雄太である。「鈴木も調子いいんで、ふたりで箱根を盛り上げますよ」 西田はニコニコしながら、そう言う。どうや…

東海大・駅伝戦記 第39回

 東海大で箱根駅伝のメンバー16名に2年生からエントリーされたのは、2名だけだ。西田壮志(たけし)と鈴木雄太である。

「鈴木も調子いいんで、ふたりで箱根を盛り上げますよ」

 西田はニコニコしながら、そう言う。どうやら調子は良さそうだ。

 山を制する者は箱根を制す――。使い古されたフレーズだが、ある意味、真実でもある。



東海大の16人のメンバーに選ばれた2年生の西田壮志(写真右)と鈴木雄太

 山登りの5区、山下りの6区に力のある選手がいる大学は、それだけで優位だ。かつて”山の神”がいた順天堂大(今井正人)、東洋大(柏原竜二)、青学大(神野大地)は、箱根を制している。

 だが東海大は、過去2年ほど5区が鬼門になっている。2017年は当時1年の館澤亨次(たてざわ・りょうじ)が走り、惨敗。今年1月の箱根は2年生の松尾淳之介が走ったが、前半飛ばしすぎたのが災いし、区間12位と失速した。

 そんな東海大に今シーズン、ようやく山登りの5区で青学大と互角に戦える選手が出てきた。それが西田だ。

 3月の学生ハーフでは63分36秒の自己ベストで3位に入り、関東インカレのハーフで4位。さらに全日本駅伝では4区で駅伝デビューを飾り、区間3位と結果を残した。ここまで大きなレースで崩れたことがなく、走る力も身についている。安定感は湯澤舜(しゅん/4年)や館澤とともにチーム内でもトップクラスだ。

「箱根は5区で区間賞を獲ることしか考えていないです」

 本番に向けて、西田は闘志を燃やす。

 大学1年の夏は、まだまだ力が足りていなかった。夏合宿で霧ヶ峰の山を走ったが、1分後に走った当時主将の春日千速(ちはや)に抜かされ、ゴールした時は路面に倒れこみ、体が震えてしばらく起き上がることができなかった。

「あれはヤバかったですね。あの山登りが、今までの練習で一番きつかった。今でも先輩にイジられますから。『お前、ころぼっくる(頂上にあるレストラン・ころぼっくるひゅって)の駐車場でクタクタになってたからなぁ』って。たしかに死んでいました。レースであんなふうには絶対になりたくないですね」

 西田は1年4カ月前を思い出し、そう苦笑した。

 2年になった今シーズンは、順調に結果を出し、走力もつけたが、さらにランナーとしての意識を大きく変える出来事があった。

 西田は夏休みの期間中、東海大の1次合宿を終えると、実業団の合宿に参加した。その時、同じ部屋だったのが服部勇馬(トヨタ自動車)だった。12月の福岡国際マラソンで優勝したランナーと一緒に数週間過ごすことで、いろんな刺激を受けたという。

「まず、競技に対する意識が全然違いますね。ケアにかける時間がほかの人より多いですし、風呂も自分の入浴剤を使って体の芯から温めていました。食事は、僕と違ってすごい量を食べていましたし、抗疲労のための食品も摂っていました。

 あと、勇馬さんは指定された練習をしつつ、監督と練習メニューを決めたり、すごくコミュニケーションを取っていたんです。それは大事なことなんだって、あらためて思いましたね。ご一緒させていただいて、競技に対する意識をはじめ、めちゃくちゃ刺激を受けました」

 トップアスリートの競技に対する意識の高さは、大学生にとって非常に新鮮であり、驚きでもあった。だが、そうした刺激は生活面だけではなかった。

「実業団の練習は量が多く、質が高いのですべてをこなせなかったですね。たとえば30キロ走は、大学ではキロ4分で入って上げても3分30秒ぐらいなんです。でも実業団は、3分30秒で入って、3分10秒に上げていくんです。シューズもマラソンシューズとかではなく、アップシューズでやっていて……もうレベルが違うなって思いましたし、もっと大学でやらないといけないなって思いました」

 実業団の練習、服部の意識の高さに触れ、西田は学んだことを大学に戻って実践した。もともと体が硬い方で、それが故障の要因にもなっていたが、風呂フロのなかで足の裏を揉みほぐし、風呂上りには股関節を中心にストレッチをするようになった。

 練習も大学の全体メニューにプラス、ジョグを長めにするなど、練習のボリュームを上げていった。すると、10月の日体大記録会の1万mで28分58秒74という好タイムを出すことができた。

「お前、ちょっと変わったな」

 両角速(もろずみ・はやし)監督にそう言われたという。

「今年の夏は、勇馬さんから得るものがすごく多かったんです。だから、優勝した福岡国際マラソンを見ていて、めっちゃ興奮しました。自分も将来はマラソンに挑戦したいので、気持ちが高ぶりました」

 箱根5区は、全長20.8キロの山区間。前回の箱根で区間賞を獲ったのは青木涼真(法政大)でタイムは1時間11分44秒だった。だが、西田がライバル視するのは青学大の竹石尚人である。前回の5区のタイムは1時間12分49秒で、区間5位だった。

 その竹石だが、途中、けいれんで2回止まった分を差し引くと、今回は11分台のタイムを出してくる可能性は高い。初の5区挑戦となる西田には簡単なタイムではないが、本人は強気だ。

「5000mのタイムは竹石さんと5秒しか変わらないし、スピードでいえば1万mは僕の方(28分58秒74)が竹石さん(29分22秒79)よりも早い。ハーフも34秒勝っているんですよ。タイムでは互角以上だと思うので負けるわけにはいかないし、絶対に負けたくないですね」

 では、5区の勝負どころはどこだと考えているのだろうか。

「もちろん登りも大事ですが、僕は5区のポイントは登り切ったあと、ゴールまでの1.5キロの平地だと思っています。クタクタになってペースダウンする選手がすごく多いので……。でも、僕は登りも下りも得意なので気にならない。区間賞を獲りにいきます」

 青学大と競った時、相手は当然、竹石になる。その相手に勝った時、西田はまたひとつ選手として大きく飛躍できるに違いない。目指すは4代目の称号だ。

「山の神になりたいですねー。もしなれれば注目度も違うし、有名になれる。とにかく、なんとか食い止めたいですね。青学の連覇を……」

 西田がそこまで強い気持ちで打倒・青学大を宣言し、目指し、努力しているのは、姉の影響がある。姉は福岡で警察官として働いており、現在、白バイ警官になるための養成所に入っている。

「養成所では大型バイクを起こすことから始めたらしいのですが、1時間やっても一度も起こせなかったらしいです。それでメールが送られてきて『悔しいよ。でも、最後まであきらめない。何度でもチャレンジする』って書いてあったんです。お姉ちゃんも頑張って努力している。自分も最後まであきらめずに、最高の準備をして青学を倒したい」

 西田には青学大を倒して箱根を制覇することと、さらにもうひとつの夢があう。大学卒業後、福岡国際マラソンに出場し、優勝することだ。そしてその時の先導の白バイ警官は、もちろん姉である。

 だが、その前に宿敵を倒し、山の神になれるのか。西田の1年間の取り組みを山にぶつける時が、いよいよやってくる。