蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.51 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.51
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。さらに今回はゲストに南米サッカーの達人、亘崇詞(岡山湯郷ベル監督)が参戦!
――前回に続いて南米サッカーに詳しい亘崇嗣さんをゲストに迎えてコパ・リベルタドーレス決勝について掘り下げてみたいと思います。リーベル・プレートとボカ・ジュニオルスの間で行なわれた今回の決勝戦は、試合内容もさることながら、やはり世界的に大きなニュースになったのがサポーターの問題です。一部のサポーターが暴徒化したことによって第2戦が延期となったうえ、最終的にはスペインのマドリードで試合を行なうことになりました。その一連の騒動について、我々日本人サッカーファンはどのように捉えたらよいのでしょうか?連載一覧はこちら>>
リベルタドーレス杯決勝の第2戦はマドリードで行なわれた
中山 今回のコパ・リベルタドーレス決勝は、我々日本人の感覚ではなかなか理解できないことが多すぎましたね。第2戦を前にリーベルのサポーターたちがボカの選手を乗せたバスを襲撃した、という話までは過去にも聞いたことのある類のニュースでしたが、その後の試合開催までの騒動については、なかなか例のない話ばかりでした。それらについては、ぜひ亘さんに詳しく教えてほしいと思います。
倉敷 今回の騒動を簡単におさらいしておきましょう。豪雨の影響により、予定より1日遅れの11月11日に行なわれた第1戦は、ホームのボカが2-2に追いつかれて終わりました。そして11月24日にリーベルのホームで行なわれる予定だった第2戦ですが、キックオフを前にして事件が起きます。スタジアムに向かうボカのチームバスを一部の凶悪なリーベルサポーターが襲撃したのです。
投石でバスのガラス窓が割れ、その破片が目に入った数名のボカの選手が大きく視力を落とす被害を受けました。また唐辛子スプレーによって吐き気を催す選手も出て、この試合は何時間も経ってから結局、延期になりました。
ではまず事件を起こしたサポーターのことを伺いたいと思います。亘さん、アルゼンチンには「バーラブラバ」と呼ばれる凶悪サポーターが存在していますが、彼らはどのような人たちなのでしょうか?
亘 ひと言で説明するのが難しいですね。凶悪なサポーターといっても、それだけではなかなか日本の人たちには理解してもらえないでしょう。でも、日本人もよく知っているフフーリガンというと、彼らは単なる荒くれ者であって、そこにサッカーに対する愛情や情熱はあまりないと思うので、それとも違います。クラブにとっては最高の友人であり、最高の邪魔者でもある、というのが、彼らの立ち位置ではあるのですが。
小澤 クラブとしては、扱いが非常に難しいサポーターということですね。
倉敷 バーラブラバがチケットの違法販売で稼いだ売上金を没収されたことに腹をたて、クラブのフロントに対し「その金を返さないのならボカのバスを襲う。リーベルが没収試合になっても知らないぞ」と脅しをかけ、そして実行した。という記事を見かけましたが本当ですか?
亘 そうですねえ。なかなか伝えることが難しい部分ではあるのですが、これまでクラブにはサッカーを取り巻くさまざまなビジネスで稼いだお金を活動費にして応援に来てくれているグループもいました。クラブもその行為を認めていました。でも、やはり現代でそれは許される習慣ではないということで、彼らをある時期から締め出そうとしたんです。
ところが、いきなり強硬な姿勢で締め出したら暴徒化するだけなので、理解してもらいながら手を切ろうとした。その結果、彼らの何人かは現在でもグッズを販売していたり、何かしらクラブから利権を与えられて商売をしたりしているという現実が今でも残っています。
そういう意味では、ほどよいバランスで共存していると言った方がいいかもしれません。日本では、サポーターたちはみんな自分たちでお金を稼いで、休みを使って応援に来てくれますが、そういった日本人の常識とは異なる文化みたいなものが、アルゼンチンサッカーの歴史の一部として残っているんですよね。
中山 バーラブラバの存在は十数年前によく耳にして、彼らは政治家とも太いパイプでつながっていると聞きました。政治家は選挙の時に票がほしいので、亘さんが先ほどおっしゃったように、彼らは邪魔者でもあり、選挙時には心強い支持者になってくれる。そういう関係にあるので、政治の力で徹底排除することができないという背景があるそうです。現在のマウリシオ・マクリ大統領も以前はボカの会長だったように、アルゼンチンのサッカークラブの会長はある意味で政治家みたいな側面もあるので、問題がより複雑化しているのでしょうね。
亘 それと、今回の事件については、リーベルのバーラブラバたちが単にボカの選手たちを傷つけようとしたわけじゃなくて、その背景にはクラブへの愛情の裏返しみたいな面があったと思うんです。つまり、かつてリーベルが2部に降格してしまったとき、彼らがクラブを支え続けてくれた部分があって、だから「2部に落ちたときに俺たちが助けてやったのに、最近はずいぶん俺たちをないがしろにしてくれているな。それなら暴れるよ」というプレッシャーをクラブ側にかけていたという話も耳にしています。
良くも悪くも、それくらいクラブに大きな影響を与えているのが彼らなんですね。アルゼンチンではサポーターのことを「インチャ」と呼びますが、インチャという言葉にはいろいろな意味が含まれていて、ひとつは「膨らむ」。これはスタンドが膨らむようなエネルギーで応援する場面を想像してもらえればわかりやすいと思います。もうひとつは、「意地悪な」とか「邪魔な」という意味もあって、それが今回の一件で表面化した部分だと思います。でも、だからこそ膨らむようにチームを盛り立ててくれて、相手チームが戦いにくいように邪魔もしてくれる「12番目の選手」ということになるわけです。
倉敷 歪んだ愛情の結果として、ブエノスアイレス市の法務防衛大臣が警備体制に不備があった責任を取り辞職しています。その時のコンメボル(南米サッカー連盟)のドミンゲス会長とリーベルのドノフリオ会長の対応も最悪なもので、すでにモニュメンタルに入場していたファンは、度重なる時間変更の告知のあげくに6時間以上も待たされました。彼らも怒り心頭だったでしょうね。
亘 いや、それほどでもなくて、仕方ないという感じだったようです。おそらく日本であれば大問題になったと思いますけど、そこについては、彼らはそれくらいサッカーが好きなんだとしか伝えられない部分ではありますが。
倉敷 コンメボルの対応はどう思われましたか? ケガを負ったボカのキャプテン、パブロ・ペレスやゴンサロ・ラマルドが病院に運ばれ、ボカ側はプレーできるコンディションにないと繰り返し説明して延期を求めました。リーベルもガジャルド監督も延期に同意したようですが、それでもコンメボルが「ケガは表面的なものでプレーに影響なし」と声明を発表し、試合を当日に行なおうとしたことに驚いたテベスは「試合ができる状態ではないのに強制されている」と訴えました。
亘 とにかく試合をやってくれ、ということですね(笑)。その後にクラブワールドカップがあるので、決勝で勝敗を決めなければいけない期日が迫っていたことが理由のひとつだと思います。それと、防衛大臣の件については、G20を控えてセキュリティ強化が求められていたはずなのに、結局、恥ずかしいニュースを世界に流すことになってしまった。その責任は重いという判断だと思います。
倉敷 モニュメンタルで試合を待っていたお客さんの話も聞きたいです。ここが南米らしいのですが、彼らにとっては”チケットを買った”という重要性があるわけですね。だから何時間待たされようがチケットを持っているのだからここに残ります、という。ここが日本人には理解できないメンタリティですよね。
亘 ですよね。日本人なら「これで家に帰れなかったら、帰りの電車賃やホテル代を出してもらえるんだろうね」といった保証の部分を考えると思うんです。でも、南米の人は違います。今乗れる船に乗る。スタジアムに入ったもん勝ちという発想です。
試合がマドリード開催になってチケットが1,300ドル必要になるなら、一回しかない人生ですから、それを見たければなんとしてもお金をかき集めてチケットを買う。もしかしたらそのチケットが偽物かもしれないし、試合が見られないかもしれないけど、とにかくスタジアムに入ることを目指すんです。で、スタジアムに無事入っても試合が始まらなかったら、また次にどうするかそこで考える。とにかく、南米の人はスパスパとぶつ切りで物を考える傾向があるんですよね。
倉敷 南米の監督のメンタリティも合わせて教えて下さい。リーベルのマルセロ・ガジャルド監督は、セミファイナルの第1戦でサスペンションの処分を受けていたにも関わらず、第2戦もロッカールームに現れ、選手たちに指示を与えたことで処分が重くなりました。決勝はコーチのマティアス・ビスカイが指揮を執る事になったわけですが、このケースはよくあることですか?
亘 けっしてよいことではないですが、よくあります(笑)。それとは少し違う例ですが、かつてボカがトヨタカップに出場した年のリベルタドーレス決勝で、カルロス・ビアンチ監督がベンチ入りできなかったことがありました。あのとき、観客席で試合を見ていたビアンチ監督に、相手サポーターが石か何かを投げて試合中に血だらけになったことがあったんです。最終的にボカがPK戦で勝利したわけですが、もしあのときにボカが負けていたら没収試合になったかというと、おそらくならなかったと思うんです。
でも、たとえば浦和レッズと川崎フロンターレの試合で、川崎の鬼木達監督が同じような目に遭ったとして、その試合はどうなるのでしょう?
小澤 間違いなく没収試合になるでしょうね。しかも浦和には重いペナルティが課されることは間違いないと思います。
亘 でしょうね。こういったことも南米の恥ずかしい実態なんですけど、とにかく優勝するためにはいろいろな障害を乗り越えなければならないというのが、リベルタドーレスというタイトルなんだと思います。
小澤 それらいろいろなハードルを乗り越えて、結局、第2戦はマドリードでの開催に決まりました。そのときの両チームの反応はどうだったんですか?
亘 リーベル側は、やっと試合を開催するところまで漕ぎつけた、という感じでしたね。できればホームでやりたいけど、さすがに今回は難しい。マイアミや中東などいろいろな候補地が挙がるなか、マドリードのサンチャゴ・ベルナベウなら収容人数も多いので、リーベルもコンメボルもモニュメンタルで開催するよりも収益が上がると踏んだわけです。たとえ遠いマドリードで試合を開催することになっても、おそらくサポーターはやって来るでしょうし。
小澤 実際、モニュメンタルの入場チケットはマドリードでも有効になったんですか?
亘 そこもまだはっきりしてないのですが…。おそらく、サポーターはもう一度チケットを買い直したんじゃないかと思います。
小澤 マドリード開催になったことについては、ボカのファンにとっても悪い話ではないですよね。モニュメンタルならアウェーサポーターは入場できませんが、これで世紀の大一番を見ることができるわけですから。
亘 そう、そこが大きかった。だから、第三国で開催するという落としどころで収まったというわけです。つまりリーベルとしては「しめしめ、没収にされなかった」と考え、開催するにしても第三国となったので「我々は譲歩した」という話になる。本当だったら、リーベルは1戦目にボカのファンばかりの中で試合をしたのに、2戦目は両方のサポーターが入るなんて不公平だという話になるはずなんですが、彼らはそう考えません。あくまでも「俺たちはボカから逃げないで試合をしますよ」という話になるんです。
小澤 僕はちょうどその時期に1週間ほどスペインに滞在していたんですけど、スペイン国内では、とくにボカのバーラブラバがやって来るという報道が出ていました。具体的に、マキシ・マッサーロ、ラファエル・ディ・ゼオといった中核メンバーが大きく紹介されていましたし、実際にマッサーロはマドリッドのバラハス空港のイミグレーションで引っかかって、強制送還となりました。一方、ディ・ゼオは犯罪歴があるのでアルゼンチンから出国できないはずなのですが、なぜか12月7日から12日までの出国許可書が与えられていたようで、スペイン国内では「そんなことがありえるのか?」と報じられていました。
亘 それがインチャなんです(笑)。なかなか日本人には理解できない話ですが。
倉敷 汚れた権力と隣り合わせなのは大きな問題、と当たり前のことを思う一方で、日本の政治家もスポーツのもたらす外交力に対してはもっと理解を深めてほしいと思います。今回、開催地が南米を離れ、欧州のマドリードに決定した経緯をみても、スペインでやるなら協力しますよとペドロ・サンチェス(スペイン首相)、ルイス・ルビアレス(スペインフットボール連盟会長)そしてフロレンティーノ・ペレス(レアル・マドリード会長)があっという間に結託したから短期間で話がまとまったわけです。まさに政治家のプレーですね、日本のスポーツ庁や首相にそのパワーやスキルはあるでしょうか。
亘 だから、逆にスペインはすごいと思いましたね。問題が起こるかもしれないし、バーラブラバたちが来ることも事前にわかっていたはずなのに。
中山 スペインもアルゼンチンも、フットボールが文化として社会に根付いている証拠かもしれないですね。どちらかの国がフットボールに対する理解が浅ければ、絶対に実現しなかったはずですから。
亘 アジアのチャンピオンズリーグもこれくらいの熱量があってほしいですね。もちろん日本人には受け入れられない考え方もあると思いますが、日本人なりの育み方というものは絶対にあると思うんです。今回のコパ・リベルタドーレス決勝にまつわる一連の騒動は、そういう意味で日本人にとってよい教材になるのではないかと思います。
倉敷 今回は亘さんに貴重な話をしていただきました。とても興味深い話ばかりでしたね。南米のサッカーを語る機会はなかなか作れませんが、来年は日本代表がコパ・アメリカに出場することですし、フットボールファンなら南米目線も磨いておきたいところです。亘さん、是非また参加して下さい。ありがとうございました。