蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.50 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.50

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。さらに今回はゲストに南米サッカーの達人、亘崇詞(岡山湯郷ベル監督)が参戦!連載一覧はこちら>>

――この鼎談は欧州サッカーをテーマに行なっていますが、今回は南米サッカーに詳しい亘崇嗣さんをゲストに迎え、先日行なわれた南米クラブチャンピオン決定戦、コパ・リベルタドーレス決勝について語っていただきたいと思います。アルゼンチンの名門同士、リーベル・プレートとボカ・ジュニオルスの間で行なわれたこの決勝戦は、サポーターの暴動もあって第2戦が延期になったうえ、結局スペインの首都マドリードで行なわれたということで日本でも話題になりました。まずはその試合を振り返っていただけますでしょうか?



スーペル・クラシコに勝利したのはリーベル・プレートだった

倉敷 今回のコパ・リベルタドーレス決勝はリーベルとボカによるダービーマッチでしたが、同国同士はぶつからないというルールがあった時代を経て、ついに実現してしまったこのファイナルを、現役時代にボカでテベスともプレーした経験のある亘さんはどのように見ていましたか?

亘 まず準決勝ではボカがパルメイラス(ブラジル)と、リーベルはグレミオ(ブラジル)とそれぞれ対戦したわけですが、その段階ではリーベルは負けるかもしれないと言われていました。ただ、実はボカの方が監督のギジェルモ・バロスケロットを含めて経験値が少ないという部分があって、そこを不安視する声もありましたね。一方のリーベルのマルセロ・ガジャルド監督は、2015年にリベルタドーレスで優勝したことがあります。僕はボカでプレーしたこともありますし、友人もたくさんいるのでボカに勝ってほしいと思っていましたが、客観的に見れば実力的にも決勝戦はリーベル優位だと見ていました。

倉敷 今回のベスト8はアルゼンチンとブラジル勢を除けば、あとはチリのコロコロがいるだけでした。南米のクラブレベルはアルゼンチンとブラジルが頭一つ抜けていると見ていいですか?

亘 そうだと思います。とくに近年のブラジルのクラブはスポンサー収入によって高額なサラリーの選手を集めていて、たとえばヨーロッパで活躍した選手を南米に連れ戻して強化する傾向があります。アルゼンチンでもその傾向はゼロではないですが、たとえばリーベルのレオナルド・ポンシオなんかはスペインのサラゴサで活躍してから戻ってきたり、ボカのカルロス・テベスも中国スーパーリーグでのプレーを経てボカに復帰したりしています。ただし、ブラジルのように高額な報酬をもらっているわけではなく、給料なしでプレーしている選手もいたりして、いわゆる”無償の愛”みたいなところがあります。

 いずれにしても、国内で育った若手にヨーロッパを経験したベテランをうまくミックスしているのがブラジルとアルゼンチンのクラブであり、それによって他の南米諸国のクラブとの差になっていることは間違いないと思います。

中山 たしかに、ここ10年のリベルタドーレスカップ優勝チームを見ても、2年前のアトレティコ・ナシオナル以外は、すべてブラジルとアルゼンチンのクラブですよね。もちろんそれ以前もこの両国のクラブが圧倒的に強かったわけですが、1990年代以降はその傾向がより鮮明になってきたという印象があります。

倉敷 ボカとリーベルがかなり上まで勝ち上がることは早くから予想できたと思いますが、それにしても過去に一度もなかった両チームによるファイナルが決まったとき、アルゼンチンの人々はどんな反応を見せましたか。

亘 普段は「スーペル・クラシコ」と呼ばれているカードなわけですが、今回はそれを超えた「メガ・クラシコ」みたいな言われ方をしていました。それと、11月30日から2日間にわたってG20がブエノスアイレスで開催されることも決まっていましたので、世界各国の首脳が集まる前に何か大変なことが起こらなければいいという不安もありました。とくに上流階級の人たちは、この国の恥ずかしい部分をさらさないようにしてほしいという懸念を持っていたようですね。

倉敷 当初、決勝第1戦は11月10日に、第2戦は11月24日に行なわれる予定でしたが、豪雨により第1戦は翌11日に延期されて行なわれました。ボカのホーム、ボンボネーラ(エスタディオ・アルベルト・J・アルマンド)で行なわれたゲームは2-2でしたが、どんな感想を持たれましたか。

亘 実力的にはリーベルが上だったと思いますが、やはりホームであれだけのサポーターの後押しがあったのがボカにとっては大きかったですね。もちろん2-1で終えられれば、これ以上はないという最高の第1戦になったと思いますが。

倉敷 カルロス・イスキエルドのオウンゴールによって追いつかれたボカはその後も勝ち越し点を奪えず、最後はまるで負けたようなショックを受けていましたね。

小澤 これは亘さんに伺いたいのですが、なぜ現在の力関係ではリーベルがボカを上回っているのでしょう? ボカは若手主体のチーム構成になっているからでしょうか?

亘 監督の力量によるところが大きいのではないかと思います。ボカのバロスケロット監督はまだキャリアが浅く、かつてイタリアのパレルモで監督を務めることになった際、ライセンスを持っていないために正式に指揮を執れず、ライセンスを保持しているジョヴァンニ・テデスコの右腕としてベンチに座ったことがありました。結局、UEFA(ヨーロッパサッカー連盟)からライセンスを認められず、1カ月程度でアルゼンチンに戻ってきたという過去がある人物です。

 一方のガジャルド監督は、ヨーロッパで監督を務めたことはありませんが、2014年にリーベルの監督に就任してから毎年のようにタイトルを獲得していますし、現役時代にヨーロッパで長くプレーしていた経験もあって、すごく洗練されたサッカーを実践しています。

中山 ガジャルドはモナコやパリ・サンジェルマンで活躍した元アルゼンチン代表ミッドフィルダーですね。フランスではとても有名な選手で、モナコ時代にはクロード・ピュエル監督の下、中心選手としてリーグ優勝を果たしています。代表ではアリエル・オルテガという10番がいたので目立った活躍はできずに終わりましたが、小さいながらもセンスのあるプレーメーカーだったという印象があります。

亘 そうです。それもあってヨーロッパ的な指導をする監督で、もちろん彼もインテンシティーの高いサッカーをするんですが、どちらかと言うとサッカーもかなり戦術的です。4-3-3でアルゼンチン風のバルセロナのようなサッカーをするボカに対して、ガジャルドは4-1-4-1、4-2-3-1と、いろいろシステムを変化させて、ときには5バックにして戦うこともできる。そういった戦術的なサッカーに対応できる選手を集めていますし、ボカのバロスケロットと比べると圧倒的に引き出しが多く、それが両チームの差につながっているのではないでしょうか。

倉敷 どうやってその差を詰めるか、情熱が重要な鍵ですね。コパ・リベルタドーレスのレギュレーションにアウェーゴールのルールはないので、第2戦に勝った方が優勝というリーベルホームでの一発勝負でした。

亘 ですから、2-2で終わった第1戦で、追いつかれたボカの選手たちががっかりした表情でピッチを去ろうとしているとき、途中出場をしていたテベスが「お前ら、下を見ているんじゃない! 顔を上げろ!」と怒鳴っていたんです。次の試合で勝てばいいわけですから、がっかりしている場合じゃないということです。

 すると、その映像がテレビで流れた後、ボカのサポーターの間でもかなり話題になって、3日くらい経過したときにサポーターたちが行動を起こしました。リベルタドーレスではアウェーのサポーターはスタジアムに入場することができないので、サポーターたちがクラブに「練習を公開してほしい」と嘆願し、クラブもそれを認めたのです。

 ボンボネーラは4万人を収容するのですが、公開練習で集まったサポーターはなんと6万人! 2万人がスタジアムに入れなくて暴徒化してしまったのですが、あの公開練習の雰囲気は、まさに南米ならでは。クラブもしっかり警備を敷いていたのですが、まさか平日の日中にあれほどのサポーターが集まるとは思っていなかったのではないでしょうか(笑)。その公開練習の模様を、日本のテレビで流してほしかったですね。試合を見るより、その練習の様子を見た方が南米サッカーの神髄みたいなものが見られると思います。

倉敷 暴れたことは正当化できませんが、これって欧州がなくしてしまったフットボールの持つ禁断の情熱ですね。希少価値があります。豊かになって久しい国のメディアはもうそこを面白がれないのでしょう。本質を知りたかったら飛び込んで、触って、話して、食べてみることが必要なんですけどね。

 さて注目の第2戦ですが、なかなか開催されませんでした。リーベルのホーム、モニュメンタル(エスタディオ・モニュメンタル・アントニオ・ベスプチオ・リベルティ)で11月24日に開催される予定だった試合は、スタジアムに入場するボカの選手を乗せたチームバスが一部の凶悪なリーベルサポーターに襲撃され、投石でバスのガラス窓が割られ、ボカの選手が負傷。唐辛子スプレーの影響で体調を崩した選手もいてこれが最初の延期になりました。

 コンメボル(南米サッカー連盟)はそれでも当日に開催したかったようですが、モニュメンタルに観客を入れた状況で6時間延期した挙句、翌日に延期。そしてさらに延期。いつどこで第2戦が行なわれるのかわからない状況になりました。詳細は次回、詳しく伝えることにして、先に第2戦の結果の話をします。亘さん、12月9日にスペインのマドリードで行なわれたゲームの率直な印象を聞かせて下さい。延長戦で3−1。リーベルが優勝しました。

亘 両チームの力の差が出ましたね。それと、試合内容としては、ヨーロッパで行なわれながらも、しっかり南米らしい部分が出ていたと思いますし、どちらも開始から危険なシーンをたくさん作っていた印象があります。最近は南米でもポゼッション率といったスタッツが出るようになりましたが、そういう数値には現れない面白さがつまっていたと思いますし、リーベルの方が危険な縦パスをたくさん入れていたと思います。

 もちろんボカは延長戦でウィルマール・バリオスが退場してしまったことが大きな痛手となったわけですが、リーベルはその弱みをしっかりと突き、盤石なゲーム運びをできていたと感じます。

中山 この試合でもっとも印象深く感じたのは、サッカーのプリミティブな部分、サッカーは戦いなんだというところが前面に出た南米らしい試合だったということでした。場所はサンチャゴ・ベルナベウでしたが、普段我々がそこで見ているラ・リーガやチャンピオンズリーグとまったく違っていて、この両チームのダービーマッチは場所を変えて開催しても「スーペル・クラシコ」、今回で言えば「メガ・クラシコ」になってしまうんだと、正直、度肝を抜かされてしまいました。

 そんなこともあって、ヨーロッパの試合を見る時と違い、戦術やシステム云々ではなく、サッカーの試合の原型というか、お互いがその戦いに勝つために何をしようとしているのかという部分を堪能させてもらいました。僕は一度だけリベルタドーレスの決勝を現地取材したことがあるのですが、今回の試合を見て、以前グレミオとボカの決勝戦を見たときの興奮や、あのときのスタジアム全体が醸し出していた危険な雰囲気を思い出してしまいました。

小澤 僕も普段は南米の試合を見る機会が少ないのですごく新鮮でした。ヨーロッパのトレンドで見ると、たとえばハイプレスはしていないといった話になるかもしれませんが、そこは度外視して、両チームがサッカーの肝の部分をわかったうえでサプレーしていると感じました。要するに、もっともやられたくないところを消していて、だからハイプレスをかけなくても、ボールが入ってきたところのスペースを消してボールを奪い、そこから速く攻めるということを、両チームともしっかり実戦できていたと思います。

 だからこそ、ダリオ・ベネデット(ボカ)やルーカス・プラット(リーベル)のようなセンターフォワードがいると思いますし、実際に彼らが活躍する土壌があるのだと思います。また、亘さんからリーベル優位だったという情報をあらためて聞くと、途中出場でフアン・フェルナンド・キンテロが出てくるリーベルの方が、やはり力が上だったのだと感じます。ボカは後半終了間際に万全ではなかったフェルナンド・ガゴを送り込まざるを得なかった点も含めて、最後は退場者を出してしまい満身創痍になってしまったのでしょう。僕も、最終的にリーベルの実力が出た試合になったと思います。

倉敷 箱が変わっても南米は南米でしたね。少なくともフィールドの中は。亘さんとは長い付き合いのテベスが、アジアを含めた各国を渡り歩いたあとボカに戻り、かつてディエゴ・マラドーナやフアン・ロマン・リケルメが背負っていたような「ボカならこうだろ」というすべてのボケンセを叱咤激励するような存在になっていました。ここは南米らしい。

 ただ、いつまでも南米は南米でいられるでしょうか? そもそもコパ・リベルタドーレスはスペインを中心とした宗主国からの独立を目指して戦ったシモン・ボリバルやホセ・デ・サン=マルティンといった指導者の独立運動を称えようと始まったわけです。それがよりによってスペインの首都で開催というのは、単に時代の流れで済ませていいのかなと疑問に思います。

 他にもドーハ、パリ、サンパウロ、バルセロナなど経済力のある都市が代替地として名乗りを上げていましたし、アルゼンチン国内で開催する案もありました。でも結局、コンメボルは言語や飛行機移動、スペイン国内で暮らすアルゼンチン人の数、ベルナベウのキャパシティなどを考慮し決定したと発表しました。スペインが国家として安全面を保証する約束をしたことも大きかったでしょう。なによりユーロ通貨でもらえる収入が大きいことはわかります。でも、やっぱり釈然としない。箱が変わっても南米は南米らしくあり続けることができるのか? 亘さんに、そこを伺いたいです。

亘 箱が変わっても、中身はやっぱり南米らしいサッカーでしたから、そこは大丈夫だと思います。しかも、普通はタイトルをかけた決勝戦は引いて守ってカウンターを狙うという試合が多いと思いますが、今回の決勝戦はその前にダービーマッチだった。リベルタドーレスの決勝である前に、ボカ対リーベルだったということなのだと思います。その結果、どちらも胸を張って戦わないとサポーターから何を言われるか分からないから、開始から全員が戦う。それをしなければサポーターは怒るし、負けた時には「お前ら、腰抜けのサッカーをしやがって!」と、怒鳴られることは目に見えていますから。だから両監督は大変だったと思います。

倉敷 お互いにアウェーチームのサポーターは入場できないのがルールですから、第2戦を見られたボカのインチャ(熱狂的サポーター)は幸運だった部分もあるでしょうね、でもボンボネーラにあったものがベルナベウにはなかったと僕は感じました。それはスタジアムの熱狂です。

 クラブの歴史上でもっとも重要なダービーマッチのひとつを落としたボカのインチャはもう顔を上げているでしょうか。リーベルはかつて降格したときの屈辱から解放されたでしょうか。リベルタドーレス決勝がかつての旧宗主国スペインのマドリードでの一発勝負になった影響は今後、どう出てくるでしょうか。おそらくこの話題はこれからも度々ことあるごとに引用される事件だと思います。

 まだまだ伝えたいことがありますので、次回はこの決勝戦を開催するにあたっての一連の騒動と、そこで見えたアルゼンチンのサポーター文化について話を進めたいと思います。