福田正博フォーメーション進化論 2018シーズンもっとも話題を集め、Jリーグ全体を活性化したクラブは、ヴィッセル神戸と言っても過言はないだろう。 アンドレス・イニエスタを推定年俸32億円超の3年契約で獲得。W杯ロシア大会でスペイン代表か…
福田正博フォーメーション進化論
2018シーズンもっとも話題を集め、Jリーグ全体を活性化したクラブは、ヴィッセル神戸と言っても過言はないだろう。
アンドレス・イニエスタを推定年俸32億円超の3年契約で獲得。W杯ロシア大会でスペイン代表から退いたとはいえ、前シーズンまでバルセロナの第一線でプレーしていたスーパースターの加入には、2017年のルーカス・ポドルスキ以上に驚かされた。
今季、バルセロナからヴィッセル神戸に移籍したイニエスタ
さらに2019シーズンからはスペイン代表やバルサでイニエスタと一緒にプレーしたダビド・ビジャが加わる。それだけにとどまらず、今冬の移籍市場ではさまざまな選手の名前が獲得候補として浮上している。契約の問題はセンシティブなものなので本決まりになるまで本当のところはわからないが、ヴィッセル神戸はクオリティーの足りないポジションに、どんどんワールドクラスの選手を獲ってもらいたい。
こうした補強に「大枚をはたいて…」と揶揄する声もあるようだが、私はそうは思わない。確かに過去にも世界的なビッグネームを獲得したクラブはいくつかあった。ただ、そうしたクラブの目的は、目先の成績や話題性による観客増員という短期的な結果につながるに過ぎなかった。
しかし、ヴィッセル神戸は長期的なビジョンに立って”哲学”を根付かせようとしている。「バルサ化」を掲げるヴィッセル神戸が、そうしたサッカーをクラブに根付かせようとする本気度の高さは相当なものだ。
クラブとしてどういうサッカーをやりたいかが明確にあり、それを築き上げていくためにイニエスタやビジャ、フアン・マヌエル・リージョ監督を招き入れた。もちろん、それを可能にする資金力があればこそだが、その使い方が話題性や短期的な強化という目先の結果のためではなく、育成メソッドも含めた長期的視野に立った「バルサ化のため」というのは筋が通った補強で、評価されるべきことだと思う。
ただ、バルセロナが現在のスタイルを作り上げるために長い年月を要したことを忘れてはいけない。メソッドを持つ監督や選手たちを集めたからといって、1年や2年で簡単に定着するスタイルではない。それがバルセロナのサッカーだ。
この取り組みは継続しなければ補強の成果が一過性のものに変わってしまうだけに、新しい風を吹かせ続けるためにも、来季は一定の結果を残すことは大切だ。神戸が今冬にどんな選手を獲得するかを興味深く見ていきたい。
“クラブ哲学”にヴィッセル神戸は投資し始めたところだが、その大切さを示してくれたのが、J1リーグ連覇の川崎フロンターレであり、ACL優勝の鹿島アントラーズだった。
今季の鹿島にとって大きかったのは、ジーコさんがテクニカルディレクターとしてクラブに戻ってきたことだろう。鹿島に根付いている”クラブ哲学”を植え付けた人であり、ブラジル・サッカー界のレジェンドが、鹿島のブラジル人選手を一気に蘇らせたと言ってもいい。
鹿島が結果を残す時は、いつもブラジル人選手の活躍があった。彼らが機能することで日本人選手がさらに輝く。それが伝統的な鹿島のチーム作りだが、昨年はブラジル人選手が期待したほど機能しなかった。
それが、ジーコさんが復帰した今季は、ブラジル人選手が活躍。レオ・シルバのパフォーマンスは明らかに昨年よりも上がった。ジーコさんの薦めでシーズン途中に獲得したセルジーニョもACL制覇のキーマンになった。
また、忍耐強くターンオーバー制を敷いたことも、タイトル獲得につながったと言える。シーズン序盤からACLでは結果を出しながら、リーグ戦で思うように勝ち点が積み上げられなかったが、ターンオーバー制を簡単にあきらめなかったことが、選手たちを成長させ、シーズン後半になって結果に表れた。そうしたブレない姿勢こそが、鹿島がJリーグ創成期から”常勝クラブ”であり続ける理由だ。
Jリーグが混戦になる理由としては、クラブ間の戦力差が小さいことがあげられる。各クラブの予算を比べれば、欧州リーグほどの格差はない。そのため、神戸を除けばレベルの高い選手を揃えるのが難しく、戦力は「どんぐりの背比べ」になりがちだ。その結果として、守備をベースにして、前線に得点力のある外国人を配置するチームが増える傾向にある。
今シーズン、その代表格だったのがサンフレッチェ広島とFC東京だろう。前者はパトリック、後者はディエゴ・オリベイラが得点を決め、守備は全員で組織として守る戦い方に徹した。シーズン前半戦はそれがハマって上位に躍進したが、そこを分析されて抑えられると得点を決められなくなって勝ち点を伸ばせなかった。
優勝した川崎のサッカーは、相手に分析されて誰かひとりを抑えられたとしてもほかの選手が得点を決めて、そのスタイルを変えることなく安定して勝ち点を積み上げた。これは他クラブと同じような予算のなかで、川崎が”クラブ哲学”に基づいて、時間をかけてチームを作り上げてきたアドバンテージと言える。
低予算のチームのなかで、湘南ベルマーレは評価されるべきチームのひとつだ。今季はルヴァンカップを制覇し、リーグ戦は14位と残留争いを戦い抜いて踏みとどまった。毎年シーズン後に主力選手を引き抜かれていることを考えれば、チョウ・キジェ監督のもとでよく戦っている。豊富な運動量が代名詞だが、チョウ監督はボールを奪ったら単に走るだけではなく、ボールを保持して時間を作るべきときは作るスタイルへ進化させている。引き続きチョウ監督のもとで湘南は来季もブレない戦い方を見せてくれると信じている。
今季、各クラブの順位はめまぐるしく変わったが、順位変動は、監督の手腕によるところが大きいとも言える。その象徴的な存在がガンバ大阪だった。
G大阪は開幕から育成に定評があるレビー・クルピ前監督にチームを託し、若手への世代交代を図ったが、4勝3分10敗で16位に低迷。後半戦から宮本恒靖監督が引き継ぐと、8月末の時点では最下位に沈んだものの、9月からは9連勝を記録して最終的に9位。劇的にチームを蘇らせた手腕が光った。
就任直後は若手も起用しながら再建を試みたが、最終的に残留争いから一気に抜け出した要因は、遠藤保仁と今野泰幸だった。今野がボールを回収し、遠藤がゲームを組み立てる。ふたりが揃えば、1+1は3にも4にもなることがあらためて証明されたし、”残留”という課題に対して宮本監督の出した成果は評価されるべきものだろう。
ただし、来シーズンを見据えた場合、来年1月で遠藤は39歳、今野は36歳になる。ふたりの存在の大きさは誰もが認めるところだが、年齢を考えれば一年を通じて好調を維持することは難しい。そのため、来季は否応なく”世代交代”を意識せざるをえないはずだ。しかも、今季終盤に9連勝したことで期待感は高くなっており、その分プレッシャーは増大する。さらに、シーズン途中から指揮を執るのと、開幕前からチームを作り上げるのでは、監督として仕事の内容は異なる。宮本監督がチームをどう作り上げていくのか興味深いが、その困難を乗り越えて、次の時代につながる”新生・ガンバ大阪”を築いてくれるのではないかと期待している。
期待感で言えば、名古屋グランパスは期待を裏切る結果だった。開幕前に元ブラジル代表FWのジョーを獲得し、シーズン途中に大型補強をしながらかろうじて残留して15位。風間八宏監督はシーズン途中で解任されていても不思議はない成績だった。しかし、バルサのサッカーと同じで、「風間サッカー」を浸透させるには時間がかかるとクラブ運営陣が理解して、体制の継続を決めた。それだけに、来季は結果と内容が問われるシーズンになるし、風間カラーをより鮮明に打ち出してくれることを望みたい。
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督を招聘して1年目のコンサドーレ札幌は、期待以上の結果と内容を見せてくれた。ACL出場権内の3位の座をつかみかけたが、惜しくも4位。選手やサポーターは悔しかっただろうが、最良の順位だったのではないだろうか。なぜなら、準備不足のままACLとリーグ戦の両方を戦えば、どちらもボロボロの結果になりかねないからだ。出場権を手にしてから補強を進めて新戦力を獲得しても、ペトロヴィッチ監督の戦術は特殊な部分があるため、すぐに浸透するものでもない。トレーニングで積み上げていくのがペトロヴィッチ監督のスタイルなので、2020年シーズンのACL出場に向けた準備を、来季リーグ戦を戦いながら進めてもらいたい。
ペトロヴィッチ監督については、これまでと評価が変化した点があった。それは札幌ではジェイと都倉賢の”高さ”という武器を上手に生かしたことだ。これは広島や浦和を率いた頃には見られなかった手法で、これによってジェイもフィットして9得点、都倉も1トップや2シャドーの一角で存在感を放って12得点を記録した。
ただ、来季は都倉がセレッソ大阪へ移籍し、三好康児も川崎へのレンタルバックが決まった。主力が抜ける痛手はあるが、ペトロヴィッチ監督は選手たちに新たな発見を与えてくれる指導者なので、彼のもとでプレーしたいと希望する選手たちは少なくないはずだ。クラブを率いる元Jリーガーの野々村芳和社長は長期的なビジョンを描いており、斬新な取り組みで北海道から巻き起こる旋風を来季も楽しみにしている。
来季からは外国人枠の規制も緩やかになるが、ヴィッセル神戸のように大金を注ぎ込むことだけが強化ではない。札幌のチャナティップや広島のティーラシンのようにタイ代表選手を獲得する手もある。さまざまな選択肢があるなかで問われるのは、クラブ運営陣の知恵と人脈、それらすべてのマネジメントになる。その結果として、転換期にあるJリーグで確固たる存在感を放つクラブと、そうではないクラブが、来季はこれまで以上に明確になるのではないかと考えている。