蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.49 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.49
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。連載一覧はこちら>>
――すでに12チームのグループステージ突破が決まっている今シーズンのチャンピオンズリーグですが、グループCだけはまだ1チームも突破が決まっていないという大混戦模様となっています。現在首位のナポリは勝ち点9ポイント、2位パリ・サンジェルマンは8ポイント、3位リバプールは6ポイントで、4ポイントの最下位ツルヴェナ・ズヴェズダ(以下、レッドスター)だけが敗退決定という状況です。そこで今回は、最終節を前にこのグループで突破の可能性を残している3チームについて、お三方にお話しいただきたいと思います。
PSGの攻撃の中心を担うネイマールとムバッペ
倉敷 「死のグループ」とは言われていましたが、まさかここまで混戦になるとは思いませんでしたね。中山さんは今シーズンのパリをどう見ていますか?
中山 ここにきて、すごくよくなっていると思います。シーズン序盤はまだ主力選手が揃っていなかったこともあって戦い方が定まっていない印象がありました。国内リーグでは連勝を続けていましたが、成熟したチームが見せるような安定感はなくて、そんななかでチャンピオンズリーグ初戦のリバプール戦に臨み、黒星を喫することになりました。さらにナポリとの2試合(第3、4節)はどちらの試合もドロー。カタール資本になってからパリがチャンピオンズリーグの初戦を落としたことはありませんでしたし、基本的にグループステージでは圧勝するという印象があったので、ナポリに勝てないようではとてもベスト4以上を望めないだろうと考えていました。
ただ、3節のナポリ戦の後にマルセイユとのフランスダービーがあったのですが、その試合からトーマス・トゥヘル監督が守備のケアをものすごく意識した戦い方を選択するようになって、そこがひとつの転機になったように思います。その辺りから3バックがほぼ固定されるようになり、カウンターを受けた際に危険な場面を招くシーンが激減して、3バック自体も機能するようになりました。戦術のバリエーションが増えたなかで、選手たちもそれを受け入れて忠実にプレーするようになった印象もあって、第5節のリバプール戦では4-4-2を初めて採用し、攻守ともにほぼ完璧に機能させることができていたと思います。
小澤 キリアン・ムバッペもそうでしたが、あの試合では何よりネイマールがしっかりと守備をしていたことに驚きました。
中山 現在のパリでポイントになっているのは、ロラン・ブラン時代から続いた「プティ・バルサ(小さなバルセロナ)」と言われたポゼッション一辺倒のサッカーではなくなったことだと思います。試合ごとに戦い方を変え、最近は試合中もスムースにシステム変更ができるようになっていて、前任者ウナイ・エメリができなかったブラン時代からの脱皮がようやく果たされた印象を受けます。
件のリバプール戦は4-4-2でスタートし、2-1とリードして迎えた試合終盤でアドリアン・ラビオを投入した後にネイマールを1トップにした5-4-1に変更して守り切りました。ポゼッションで相手より下回ることがほとんどなかったパリが、この試合ではボールを保持することにこだわらず、割り切って守備を固めてカウンターを狙うという新しい戦い方を見せたことに、チームとしての進化を感じます。
小澤 3バックと4バックを併用しているから、リバプール戦でもビルドアップ時にボランチに入ったマルキーニョスがスムースにセンターバックの間に落ちて、相手のプレッシングをかわすことができていましたね。試合のなかで、相手を見ながら、特に相手のプレスの枚数を見ながら、きちんとそれに適応させているところを見ても、トゥヘル監督らしいサッカーだと感じました。
倉敷 中山さんはウナイ・エメリとトゥヘルの違いはどこだとお考えですか? 2人ともアイデアがとても豊富で、たくさんのことを教えたがる監督です。その部分では共通していながらパリはなぜこれほど変わったのでしょうか。
中山 おそらくアプローチの相違でしょう。トゥヘルがこうもうまくチームを変えられた最大の理由は、エメリの失敗を反面教師にして同じ轍を踏まないよう、すごく慎重に事を運ぶことができたからだと思います。
エメリは就任早々からシステムを4-2-3-1に変え、しかも自分のお気に入りの選手を引っ張ってくるというドラスティックなやり方をしました。ところが主力選手たちにそれを受け入れてもらえず、結局は選手の意見を受け入れてブラン時代の4-3-3に戻すことを強いられたという経緯があります。
その情報をわかっていたトゥヘルは、就任が発表された直後にまず最大のキーマンであるネイマールと会談を持ち、戦い方としても主力不在のプレシーズンで3バックを試しつつ、主力が合流したシーズン直後は4-3-3で戦いました。実際、チャンピオンズリーグ初戦のリバプール戦も4-3-3を採用しましたが、そこで負けたことをきっかけにリーグ戦で3バックをテストしたり、エメリが失敗した4-2-3-1も使ってみたりと、すごくなだらかに4-3-3からの決別を実現しました。ドルトムント時代のような徹底管理もしながら、その一方で積極的に選手とのコミュニケーションもとっていて、選手からの信頼も厚いようです。そういったことが、エメリとの違いになっているのだと思います。
倉敷 ドルトムントを去った理由はフロントとの確執でしたから、そこから学んだ部分もあるのでしょうね。さて、最終節は首位ナポリがアウェーでリバプールと対戦。一方、パリはレッドスター戦ですからパリは優位と見ていいですか?
中山 いや、ベオグラードでの試合なのでまだ何が起こるかわかりません。というのも、レッドスターが草刈り場になると見られていたこのグループを複雑なものにした最大の要因は、彼らがホームで異常な強さを見せていることにあります。ナポリはドロー、リバプールに至っては2-0で負けてしまいました。それもあって、パリは最終節のレッドスター戦をかなり警戒しているようです。
倉敷 そうでした。しかしここにきてパリにはダニ・アウヴェスが戻ってきた。レイバン・クルザワも復帰間近のようですし、選手層を比べれば恵まれていますね。
では、リバプールはどうでしょう? パリ戦のようにモハメド・サラー、ロベルト・フィルミーノ、サディオ・マネの3人が抑えられてしまうと、ほとんどの攻撃が機能しなくなる。気になるのが中盤です。前線へのフォローが足りずサラーが孤立するシーンが目立ちました。世界を魅了する3トップがアウェー戦ではなんとまだ1ゴールも奪えていない原因ではないでしょうか。
小澤 リバプールの前線3枚はものすごく速いので、そもそも前線が孤立しがちなサッカーの構造だと思います。カウンターも多いので、最終ラインもそれに追いついて押し上げられないという傾向もあります。狙って前線を孤立させカウンターから得点を狙うチームですから、それで点を奪うことができれば問題ないのですが、さすがにどのチームも強烈な3トップへの対策は講じてきますので、チームとして攻撃におけるプランBを持つことができるかどうかがポイントでしょうね。
倉敷 ここでユルゲン・クロップの手腕が問われますね。プレミアではチャンピオンズほど戦術的に落として込んでくるチームは少ないので大きな問題にはなりませんが、昨季のランナーアップ(準優勝チーム)は研究され、対戦相手は必ず何らかの3トップ対策を練って臨んできます。パス出しのセンスがあるジェルダン・シャキリのコンディションが上がれば良いのですが、ジョーダン・ヘンダーソンに昨シーズンほどのキレがないのが気になります。
前線の控えも課題。ダニエル・スタリッジが入るとリズムが変わってしまうのでここも解決策が必要。ただ守備面はフィルジル・ファン・ダイクが加わったことですでに強固です。やはりリバプールの場合は昨季まで複数得点を保証してくれた3トップが相手の対策の上をいけるかがポイントでしょうね。それでも最終節のナポリ戦は、アンフィールドというスタジアムが勝たせてくれるかもしれません。
小澤 ナポリホームの初戦ではナポリが1-0で勝っていますし、相当熱い試合になりそうですね。今シーズンのナポリを見ていると、アンチェロッティ監督になって攻守のバランスが抜群によくなっているので、リバプールもかなり苦戦するのではないでしょうか。
4-3-3でメンバーも固定していたマウリツィオ・サッリ前監督(現チェルシー監督)の時代と違って、現在のナポリは2トップ気味に速いカウンターを狙ってそのままフィニッシュまで持ち込むこともできる。そのうえ、ドリース・メルテンスとロレンツォ・インシーニェの2人だけでも攻撃を完結させられるという強みもあります。リバプールと比較しても、確実に戦い方のバリエーションを持っていると感じます。
中山 確かに監督がサッリからアンチェロッティになって、ナポリは相手にとって戦いにくいチームになりましたよね。
倉敷 ただ僕はジョルジーニョ(現チェルシー)が抜けた穴がそろそろ露呈するような気がして心配です。小澤さんがおっしゃるように、ホセ・カジェホンが下がってプレーする機会が増えて、完全な3トップというよりは2トップ気味の時間が増えています。メルテンスとインシーニェはたしかに結果を出していますけどね。
小澤 圧倒的に押し込んでカジェホンがディフェンスラインの裏を取るという連係は昨シーズンによく見せていたナポリが得意とする攻撃パターンでしたが、あれはあれで観ていて面白かったですけどね。
倉敷 サッリ時代のアイデアをアンチェロッティはオプションとして使っていますね。これはかなり効果的です。ただこれもまたサッリ時代から続く悩ましい問題なのですが、ナポリは左サイドバックに弱みがある。マリオ・ルイはどうしても安定感に欠けるので、故障により長期の戦線離脱を強いられているファウジ・グラムが戻ってこないと相手に狙われると思います。
小澤 最終ラインもカリドゥ・クリバリ以外の駒は不安材料ですし、ゴールキーパーもダビド・オスピナでは少し厳しいとも感じます。
倉敷 もう少し戦力が欲しいでしょうね。マレク・ハムシクはフルタイム出場だって可能でしょうし、マルコ・ログやピオトル・ジエリンスキもいますけれどエネルギーをもたらす選手はいない。
アンチェロッティに与えられたミッションは、成功を収めるためにあと少し足りなかった部分を埋めることですからグループステージで負けるわけにはいかない。国内リーグ戦は2位につけていますが、すでに首位ユヴェントスとは8ポイント差です(第14節終了時点)。ユヴェントスとの8ポイント差は、滅多なことでは埋まりません。
ただアンチェロッティのナポリはサッリほど同じメンバーにはこだわっておらず選手の消耗が抑えられているのはプラスですね。
中山 最終節でリバプールが勝って、パリがレッドスターに引き分けると、3チームが9ポイントで並ぶことになります。かなり複雑なグループですね。
倉敷 そうなると当該3チームの対戦成績によってリバプールが1位通過になり、ナポリが2位。パリは一転、3位でヨーロッパリーグ行きになってしまいます。UEFA(ヨーロッパサッカー連盟)はなぜこんなグループを作ったのでしょう(笑)。
UEFAの目論見はわかりませんが、最後の最後まで目が離せないグループになったことは間違いありませんね。