蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.48 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.48

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。連載一覧はこちら>>

――すでにチャンピオンズリーグのグループステージ突破を決めているチームの中には、久しぶりに決勝トーナメントに駒を進めたオランダの名門アヤックスがいます。長年アヤックスを見続けている倉敷さんはとくに感慨深いものがあると思いますので、ぜひ今回はアヤックスについて掘り下げていただきたいと思います。



CLで決勝トーナメント進出を決めたアヤックス

小澤 アヤックスがグループステージを突破したのは13シーズンぶりのことです。アヤックスは倉敷さんにとっての心のクラブですから、まずはこの快挙について倉敷さんがどのように感じているのか聞かせて下さい。

倉敷 国内ではフランク・デ・ブール監督の時代に2010-11シーズンから4連覇を達成しましたが、その後は4シーズン連続2位と、たいていPSVの後塵を拝しているんです。今シーズンのPSV戦も3-0の完敗とまったく歯が立ちませんでしたが、なぜかチャンピオンズリーグでは立場が逆転しました。アヤックスはグループステージを突破、対してPSVはグループBの最下位。もちろん対戦相手は違いますがこの明暗は意外でしたね。

 ただ、アヤックスの突破に驚きはありません。ヨーロッパの移籍マーケットでビッグクラブが注目する優秀なタレントが何人もいるからです。とくにセンターバックのマタイス・デ・リフトと中盤のフレンキー・デ・ヨングの2人が注目株で、昨季から主力がチームに残ってくれたら今シーズンはかなり期待できると思っていました。

 デ・リフトは、早咲きゆえに代表デビュー戦では忘れてしまいたいような苦い経験もしたのですが、失敗も良き経験値に置き換え、19歳ながらとても落ち着いたプレーを見せています。21歳のデ・ヨングはヴィレムⅡからアヤックスに加入した選手で、ヴィレムⅡとアヤックスの関係が非常によかったためにアヤックスがわずか1ユーロで譲ってもらったという逸話がある選手です。

 ひいき目で言いますけど、デ・ヨングはおそらくバルサに入ってもすぐに中盤をやれるレベルだと思います。彼とアルトゥールがいたらバルサの中盤の未来は大丈夫。ポジティブなメンタリティーは高く評価されていますし、セルジ・ロベルトに匹敵するユーティリティ性もあります。中盤のみならずサイドバックもセンターバックもこなせる相当にいい選手だと思います。

中山 たしかにアヤックスは2シーズン前にヨーロッパリーグのファイナリストになった時から若手選手が移籍マーケットで注目されるようになりましたが、現在ローマでプレーするパトリック・クライファートの息子のジャスティン・クライファートを含めて、近年はかつてのようなタレントの宝庫に戻りつつある印象があります。その一方で、国内リーグで勝てないこともそうですが、チャンピオンズリーグではダークホースと言われるまでにも至っていません。その原因はどこにあると見ていますか?

倉敷 主力選手をまた抜かれると考えられているからでしょうね。近年アヤックスが勝てなかった原因のひとつは、株式を上場している点にあります。配当金を求める株主のために、チームに留めたい選手であっても売却する必要がありました。ただ、最近はフロントも頑張って若手を売らず、チームの柱になるベテランもキープできました。チームの肝と言えるデンマークのラッセ・シェーネは入団してもう8シーズン目を迎えましたが、間違いなくシェーネが残ってくれたことが現在のチーム状況につながっています。

 ベテランといえば今シーズンはデイリー・ブリント(元オランダ代表ダニー・ブリントの息子)もマンチェスター・ユナイテッドから帰ってきてくれました。彼の経験値は大きなプラスです。もうひとつ、アヤックスが近年結果を出せなかった理由のひとつに絶対的なゴールキーパーの不在がありましたが、現在はサミュエル・エトーが作ったカメルーンの育成システムで育ったアンドレ・オナナがいます。代表のGKでもある彼はバルセロナのカンテラ出身でアヤックスに来てさらに大きく成長したと思います。

小澤 エリック・テン・ハフという監督についてはどのように評価していますか? 現役時代に特筆すべき実績があった人ではないようですが。

倉敷 トゥウェンテなど国内でプレーしたCBでしたが代表歴はありません。指導者になってから注目を集め始めた人物ですが、グループステージ突破は彼の功績が大きいと思っています。テン・ハフはペップ・グアルディオラがバイエルンの監督をしていた時代に、セカンドチームの監督をしていました。ペップと直接やり取りをしながら勉強ができたのが大きな財産になっているのでしょう。ペップとバルサ、そしてバルサとアヤックスの共通点は多くの人の知るところですし、監督としては世界のトップランナーであるペップのアプローチを目の当たりにできた。そこがこれまでのオランダ人監督とは違っている部分だと思います。

中山 それにしてもアヤックスが戦ったグループEは、バイエルンは別格として、もうひとつの椅子をベンフィカ、アヤックス、AEKで争うと予想されたなか、前評判ではどちらかと言えばアヤックスよりもベンフィカ有利と見ていた人が多かったと思います。僕もそのひとりでしたが、いざ蓋を開けてみたら2強2弱という結果になりました。

倉敷 今回のアヤックスは予選2回戦から勝ち上がってグループステージを突破したわけで、その点も評価してあげたいですね。

 低迷の原因にはホームが絶対的なアドバンテージではなかったことも挙げられますが、今シーズンはホームであるアムステルダム・アレーナでは11勝1分けと負け知らず。26試合の公式戦を戦ってノーゴールも2試合だけ。バイエルンなどの強豪からも得点を奪えています。

 古豪復活とは言い切れませんが、ここまでは帰って来ました、とアピールできたと思います。ただこの成果で冬の移籍期間に主力を引き抜かれる危険性は増しましたけど(笑)。

中山 確かに決勝トーナメントに進出したことでより目立ってしまいますしね(笑)。

倉敷 断りきれない金額、と言う言葉もこの世界にはありますからね。たぶん引き抜かれるでしょう……もっても夏まで。バルサなのかシティなのかユーベなのか、どこになるのかはわかりませんがデ・ヨングに100億円、デ・リフトにも80億円くらいの値段がつきそうです。デ・リフトに関する交渉はイタリア系オランダ人のミノ・ライオラが担当していますが、どのクラブのフロント陣と仲が良いのかという記事も現地では出ていますね。

 数多くのオファーが届くであろうアヤックスのスポーツディレクターは昨季からOBのマルク・オーフェルマルスが担当していますが、良い意味でも悪い意味でも彼は腰が重い印象です。選手の売り買いに関して極めて慎重で、アジアの選手の獲得にも消極的なのは残念なのですが、それゆえアヤックスが戦力を温存できているという皮肉な見方もあるわけです。まあ、彼に多くの選手を売るように促すフロント陣もいそうですけどね。

小澤 それでも、現在のアヤックスのサッカーは、しっかりボールをつなげながら、鋭いカウンターも持ちあわせていて、なかなかのレベルだと思います。後方からワイドにロングパスも刺せますし、僕がいちばん覚えているのは、バイエルンとアウェー戦で開始4分に先制された後の展開でした。あたふたせずに、きちんと自分たちでボールを握りながら、逆にバイエルン陣内に入っていって、22分に追いついたという展開です。ああいったゲームができるとは、正直思っていませんでした。

中山 そのような強豪相手の戦い方も含めて、一昨シーズンのヨーロッパリーグ準優勝、そして昨シーズンはチャンピオンズリーグのグループステージで敗退と、アヤックスは地味ながら着実に実力をつけてきたことが今シーズンになって実ったということでしょうね。そのなかで選手たちも成長し、こういう結果が生まれたと。

倉敷 その時のメンバーも残っていますし、新戦力も馴染んでいます。ドゥシャン・タディッチはサウサンプトンではやや沈黙していましたが、アヤックスでは決定的な仕事をこなしています。若いチームですが責任感も感じられるようになりました。

 また伝統的に攻撃的なシステムを好むことで守備が崩壊する傾向にありましたが、チャンピオンズリーグでもクリーンシートが5試合中3試合。経験を積んだブリントがマンチェスター・ユナイテッドから帰ってきたことによってジョゼ・モウリーニョの哲学がチームに反映されるようになりました。「ジョゼ・モウリーニョならこういうやり方をする」という部分をブリントがチームメイトにうまく伝えているのでしょう。

中山 そのブリントやPSVからマンチェスター・ユナイテッドに移籍したメンフィス・デパイなど、少し前の世代のオランダ代表組はビッグクラブに移籍するのが早すぎたんでしょうね。当時タレント不足と言われたオランダ代表が2014年のブラジルW杯で予想外の3位という成績を収めたことで、ルイス・ファン・ハール監督とともに周りから過大評価されたことが、今振り返れば良くなかったように思います。

 ブリントもデパイも実力以上の評価をされてファン・ハール率いるユナイテッドに移籍して、失意とともにプレミアを去ることになったわけですが、結果的にブリントはアヤックスで、デパイはリヨンで存在感を増すようになりました。ただ、もう少し我慢してオランダでプレーを続けていたら、もっと順調なキャリアを重ねていた可能性はあったと思いますし、それを考えるとデ・ヨングやデ・リフトはもう少し大事に育ててから旅立ってほしいですね。

倉敷 クラブより先に代表チームが低迷から復活してきた印象ですね。アヤックスも名門でありながら若い世代のファンにはニューカマーに近いと思いますし、魅力がいっぱい詰まっていたかつてのオランダサッカーをまた多くの人に見せて欲しいと思います。選手を育てて、売る、を繰り返し、いつかまた強者の仲間に戻る過程を日本のサッカーファンにも見て欲しいです。