蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.47 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.47
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。連載一覧はこちら>>
――今回は、第5節を終えた時点でチャンピオンズリーグのグループステージ突破を決めている12チームの中から、優勝候補にも挙がっているアトレティコ・マドリーの強さについてお三方に分析をお願いできればと思います。
倉敷 小澤さん、相変わらずディエゴ・シメオネ監督の采配は巧みですね。
アトレティコを率いるディエゴ・シメオネ監督
小澤 そうですね。11月はディフェンスラインにケガ人が続出してしまって、とくにセンターバックが4人とも戦線離脱するという事態に陥りましたが、それでもなんとかバルセロナ戦(11月24日)にステファン・サヴィッチとリュカ・エルナンデスが間に合って、1-1のドローに持ち込むことができました。そういったことも含めて、やはり今シーズンは選手層が厚くなっている印象がありますね。
それに、今シーズンのチャンピオンズリーグ決勝はワンダ・メトロポリターノ(エスタディオ・メトロポリターノ=アトレティコのホームスタジアム)で開催されますし、しかも昨シーズンはグループリーグ敗退という屈辱を味わっていますから、クラブとしてもかなり力が入っていると思います。
もちろん第3節のアウェーでのドルトムント戦の大敗(4-0)はショッキングなもので、チームにはかなりの落胆もありましたが、折返しの第4節、ホームでドルトムントに2-0で勝ったことが大きかった。それと、このグループではモナコが残念なことになってしまったので、そこもアトレティコにとっては助かった部分になったと思っています。
中山 たしかに。モナコは故障者が続出していたうえに、何を血迷ったのかフロントが近年の功績者であるレオナルド・ジャルディム監督を解任し、監督経験のないティエリー・アンリを招へいするという暴挙に出たことで、一段と迷走してしまいましたからね。リーグ戦でも残留争いをしていますし、チャンピオンズリーグは勝敗を無視して若手選手が経験を積む場所になってしまいました。このグループが2強2弱になった最大の要因ですね。
小澤 アトレティコのサッカーも、かなり選手が変わっているなかで、4-4-2を継続しながらボール保持のサッカーもうまく実践できるようになってきました。その分、以前と比べてカウンターの鋭さと頻度は低下していると思いますが、逆にボールを保持することや、スペースを消された状況でもコンビネーションで崩せるようになってきているので、チームとしての成熟度は上がっている印象があります。
それに加えて、ここにきて新戦力のトマ・ルマルが左サイドでフィットしてきているというプラス要素も大きいと思います。近年のアトレティコは、サイドバックの補強はしてきましたけど、それ以外の獲得選手ではガイタンが大外れしたり、ヤニク・フェレイラ・カラスコもフィットできなかったりして2人ともに中国へ移籍しました。ビトーロもケガが多いですし、なかなか新加入のサイドアタッカーが当たらない中で、お金はかかりましたけれどルマルはいい補強だったと思います。
それと、ロドリの補強も大きかったですね。ここにきて、サウールが調子を落としているので、そのタイミングでロドリがバチッとはまって、アンカーとしてかなり回せるようになってきています。最近の試合で言えば、ゴールキーパーのヤン・オブラクとともにロドリがいちばんの主軸として試合に出場しているというデータも出ています。そういう意味では、スペイン代表でもセルヒオ・ブスケッツに代わってもいいんじゃないかなというぐらいの高パフォーマンスを見せていると思います。
倉敷 彼はゲームメイクがとてもうまいですね。あんなにできるとは思いませんでした。
小澤 唯一の心配は、手術の判断を迷っていたジエゴ・コスタが手術に踏み切り、年明けのCLラウンド16あたりまで離脱すること、その間に可能性は低くなりましたが中国から断れないようなオファーがあり退団もありえるという報道が出ていることでしょうか。
倉敷 アトレティコにケガ人が多いのは、シメオネのサッカーと関係があるでしょうか?
小澤 なかなかきちんとした結論は出ないとは思いますけど、シメオネのサッカーはどうしても選手が消耗してしまうという部分は否めません。しかも、長くプレーしている選手が多いので、多かれ少なかれ、疲労が蓄積しているのではないかと見ています。
倉敷 たしかにそうですね。中山さんは今シーズンのアトレティコをどう見ていますか?
中山 小澤さんがおっしゃったように、全体として攻撃の部分での進化を感じます。たしかにラ・リーガでのバルセロナ戦は守備一辺倒になってしまいましたが、それ以外の試合では攻撃のバリエーションが確実に増えている印象を受けます。
今から3年前、フェレイラ・カラスコが加入した2015-16シーズンにも同じように攻撃の進化を見せ始めていたシーズンがありましたけど、当時は得点力が上がった一方で、守備が破たんしてしまって調子を落としたことがありました。その時シメオネはシーズン途中に原点回帰し、もう一度ディフェンスを構築し直してV字回復をしましたが、今シーズンは同じ轍を踏まないような気がします。ロドリやルマルといった新戦力が当たったことと、トーマス・パーテイが成長していることが、その要因になっていると思います。
小澤 今シーズンは、自陣にこもって守る時間帯は減っています。前からプレッシングをハメに行きますし、ボールを持ったらしっかりつなぐこともできます。やはりボランチの選手が足元でさばけるトーマスやロドリでハマったことが大きいと思いますね。それまではガビが長くプレーしていたのですが、彼がいた時はなかなか足元でつなぐことは難しいですし、ビルドアップ時にあまり関与できないという部分がありましたから。彼が昨シーズンから実質的にはベンチを温めるようになって退団の方向に傾いていたので、今シーズンになってそこがスッキリしたという部分はあると思います。
中山 たとえば4-0で大敗したドルトムント戦も、前半に不運な失点があって1-0で後半を迎えたアトレティコが、後半開始からロドリを投入して攻撃的に出たことがありました。結局、攻撃的に出たことによって後半に3失点してしまったわけですが、これまでのシメオネ采配からすれば、これはすごく大きな変化だと思うんです。
そんななか、次にホームにドルトムントを迎えた試合ではアトレティコらしい試合をしてきっちり2-0で勝利できた。そういった戦い方の切り替えもできるようになったことを考えると、3シーズン前の失敗が生かされているというか、シメオネの持つ引き出しも明らかに増えていると見ていいのではないでしょうか。つまりそれは、守備一辺倒で勝ち上がりながら優勝トロフィーを手にすることはできなかったアトレティコの限界値を超えられるかもしれないという、ある種のシグナルのような気もします。
小澤 監督がチャレンジしているので、選手もそこに乗っかっている感じはしますね。それに、前回話題になったバイエルンやマドリーと違って、アトレティコはルマル、ロドリ、サンティアゴ・アリアスなど新陳代謝が大胆にできています。そこまで絶対的な選手がいなかったという部分はあったにせよ、ビトーロもケガから復帰しましたし、ニコラ・カリニッチもフィットし始めていますし、選手層は確実に厚くなっていますよね。
倉敷 シメオネはやり繰り上手です。移籍で選手を失ってもどんなタイプの強敵にも戦えるチームを毎回作ってくる。しかし、チャンピオンズリーグの本命には推しにくい。シメオネがマンネリ化しないよう工夫してやり繰りしているし、コーチ陣と選手の経験値でベスト4あたりまでは危なげなく計算できます。でも、そこからのプラスアルファに欠ける。アントワーヌ・グリーズマンやジエゴ・コスタが最後まで絶好調のシーズンでなかったらチャンピオンズで勝つことはないのかなという気もします。
小澤 たしかにそうですね。ただ、クラブの予算で見たら、やはり本命と言われるクラブの半分くらいの規模なので、そういう点ではよくやっているという評価をしてあげてもいいかもしれないですね。アトレティコは4億ユーロの予算となりそうですが、バルサの場合は倍の8億ユーロくらいの予算があるわけですし。
倉敷 アトレティコが優勝するなら前線の選手が好調でゴールを決め続ける、という条件付きですが、実は昨シーズンからの上積みはあります。ようやく新スタジアムでもカルデロン時代の凄味が戻ってきたという点です。メトロポリターノでの決勝までいけたら期待できますね。
中山 僕が今シーズンのアトレティコについて注目しているのは、決勝トーナメントで勝ち上がっていくなかで、いわゆる優勝候補に挙がっているような強い相手と対戦する時に、シメオネがアウェーでのドルトムント戦のような攻撃的な戦い方に打って出ることができるのかどうか、という点です。これまで触れたバルサ戦はケガ人の影響でああいう風な戦い方になりましたが、格上相手の大一番の試合では従来どおりの守備的な戦い方をすることを選択して、耐え抜くサッカーで挑むことになってしまうのか。
結局、自分たちの限界値を超えようとチャレンジしていることを最後まで貫けるのか、それを封印してしまうのかで、アトレティコが優勝できるかどうかが決まってしまうような気がします。従来の戦い方に終始したら限界があることはもう十分にわかっていると思うので、シメオネには格上に対してもチャレンジしてもらいたいですね。それぐらいの可能性を秘めいているチームだと思いますし。
倉敷 そうですね。それにしても、アトレティコもシメオネも「もう一度やり直そう」という諦めない気持ちが素晴らしいですね。シメオネは3シーズン前の決勝で、PKでレアル・マドリーに敗れた時はアトレティコを離れると思っていましたが、ここにきて契約更新の話題も出ています。
小澤 延長した場合、監督としては世界最高額の年俸2千万ユーロになるようです。これはペップ・グアルディオラを超える金額です。
倉敷 へえ。もうインテルの話はなさそうですね(笑)。アトレティコは今季のスペイン勢でもっとも安定していますからチャンピオンズだけでなくラ・リーガ優勝のチャンスも十分にあります。シメオネがシーズン後半戦にどのようにチームを進化させていくのか、注目したいですね。