蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.46 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.46

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。連載一覧はこちら>>

――チャンピオンズリーグ(CL)のグループステージもいよいよ残り1節となりましたが、今シーズンは5節を終えた段階ですでに12チームがラウンド16進出を決めています。もちろん開幕前に優勝候補としてお三方が挙げられたレアル・マドリー、バルセロナ、ユベントス、マンチェスター・シティの4チームもその中に入っていますが、今回はすでにグループステージ突破を決めたチームの中から有力チームをピックアップして細かく分析していただきたいと思います。まずは毎シーズン優勝候補に挙がるバイエルンからお願いします。

倉敷 成熟しつつある常連クラブがある一方で、新旧交代の難しさに苦しんでいるのがレアル・マドリーとバイエルンです。中山さん、今シーズンからバイエルンを率いるニコ・コヴァチ監督はいろいろと苦労している様子ですね。



CLは決勝トーナメント進出を決めたが、リーグ戦では苦しんでいるバイエルン

中山 はい。CLではグループにも恵まれてグループステージ突破を決めましたが、国内リーグではかなり苦戦していて、首位ドルトムントに勝ち点9ポイントも離されていますね(第13節終了時点)。ただ、当初からコヴァチがバイエルンのようなビッグクラブの監督を務められるのかという周囲の不安の声があったわりに、開幕4連勝を記録するなどすばらしいシーズンの入り方をしていました。

 ところが、9月下旬から急激に調子を落としてしまった。故障者の影響もありますが、そんななかでコヴァチはローテーションを使って選手をやり繰りしていましたが、それがうまくいっていないという印象を受けます。

 勝っている時は問題ないのですが、勝てなくなるとスター選手から不満の声が噴出するということは予測していたとおりで、実際、ハメス・ロドリゲスを中心にその手のコメントがメディアを賑わせるようになってしまいました。チャンピオンズリーグのベンフィカ戦(第5節)に勝って少し落ち着きましたが、まだまだ危機は続きそうな気配もあります。

倉敷 小澤さんはバイエルンとマドリーの共通点についてどう見ていますか?

小澤 ビッグクラブであるがゆえに、ここ数年は大物選手を新しく獲得することができていないという部分が共通点のひとつだと思います。国内からそれなりにいい選手を獲得していますけど、あくまでもそれは若手や中堅クラスの選手に限られていて、チームの新陳代謝を促すようなビッグネームの補強はありません。どちらもこの夏に監督が交代しましたが、チーム内における選手の序列、あるいは主力選手への依存度は変わっていないので、どうしても蓄積した疲労が露呈してしまいます。

 監督が戦術面で何か新しいものをチームに取り入れるとか、長年プレーする選手たちに新しいモチベーションや刺激を与えられればいいのでしょうけど、正直、まだコヴァチはそこまでのものは持っていないのではないかと見ています。

倉敷 ライバルチームに勝てていないという共通点もありますね。バイエルンの場合はボルシア・メンヒェングラートバッハにも(第7節)、ドルトムントにも勝てなかった(第11節)。さらに、格下のチームを相手にするとやや集中力に欠けるところも似ています。

 マドリーはエイバルに完敗(第13節)、バイエルンもアウクスブルク戦(第5節)やフライブルク戦(第10節)でドロー、極めつけはデュッセルドルフ戦(第12節)で、降格圏にいたチームに一時は2点のリードをつけながら試合終了間際に追いつかれてしまいました。まさに大失態と言える試合を演じてしまった原因のひとつは小澤さんがおっしゃったように選手の疲れにありそうですね。

小澤 何度も言っていますが、とくに今年の場合は、ワールドカップの影響が相当あるのではないでしょうか。スペインもドイツも早期に敗退しましたけど、選手たちはワールドカップのために夏のオフをある程度削りながらシーズンに入ったことは確実ですし。

 あとは、バイエルンもマドリーもセンターバックとゴールキーパーのところでチームを鼓舞してまとめられないという部分が気になります。現在のバイエルンで言うと、マヌエル・ノイアーもジェローム・ボアテングもマッツ・フンメルスもそうですが、後ろからチームのベストパフォーマンスを引き出せているかというと、そうは思えません。そういうところでチームの士気を上げられていないという点は、確かにマドリーと似ている構造だと思います。

倉敷 監督交代の変遷も見ましょうか。マドリーはジネディーヌ・ジダンというカリスマのある監督が突然退任し、フレン・ロペテギにバトンタッチされ、さらに若いサンティアゴ・ソラーリにバトンは託された。バイエルンはチャンピオンズを獲ったユップ・ハインケスから満を辞してペップ・グアルディオラが率いる強者の時代へ突入したわけですが、ペップの時代でもチャンピオンズリーグは獲れなかった。

 そして次の監督はカルロ・アンチェロッティになるわけですが、アンチェロッティほど風通しのいい監督であってもこのクラブは難しい。最後はアリエン・ロッベンやフランク・リベリーらと軋轢を起こして解任。クラブは苦肉の策としてウィリー・サニョルを挟んだあとシーズン途中でユップ・ハインケスを呼び戻すわけですが、それで2度目のチャンピオンズを獲れるほど甘くはない。そういった変遷を経て、今シーズンは元選手で昨季はフランクフルトを率いてカップ戦で実績をあげたコヴァチにスイッチしたわけです。

中山 もうひとつマドリーとバイエルンの共通点を挙げると、そこには「ポスト黄金時代」というキーワードがあると思います。マドリーはジダン監督の下で前人未到のチャンピオンズリーグ3連覇という偉業を成し遂げました。一方のバイエルンもブンデスリーガで誰も成し遂げていない6連覇という記録を更新中です。そういうなかでは、なかなか世代交代をするのが難しくて、小澤さんがおっしゃったように、新戦力として大物を迎え入れることをクラブのフロントも躊躇してしまうのも仕方ないかもしれません。

 そういう意味では、この両チームの低迷は起こるべくして起こったというか、いずれ必ずやって来る時が今シーズンにやって来たということなのではないでしょうか。先日、バイエルンではその黄金時代の中心として活躍してきたロッベンが今シーズン限りの退団を発表し、ウリ・ヘーネス会長によれば、リベリーも今シーズンでクラブを去ることになるようですから、どうやらフロントも世代交代に本腰を入れ始めたと見ていいかもしれません。

倉敷 選手たちのパフォーマンスはどうでしょう。エースのロベルト・レヴァンドフスキはしっかりとゴールを量産できていますね。国内リーグでも7ゴール(第13節終了時点)、チャンピオンズリーグではメッシと並んでトップの6ゴールです。

小澤 ベンフィカ戦でもロッベンがキレのあるプレーを見せていましたが、コンディションさえ整えばバイエルンには世界トップレベルの選手たちが揃っているので問題はないと思います。それだけに、監督が早くチームに安定感をもたらすことができなければいけないと思います。ローテーションを使っていながら、選手の配置にしても本来はサイドバックのヨシュア・キミッヒをボランチで起用するなど、まだ手探り状態なのではないでしょうか。やはり国内リーグ戦で安定感を取り戻すためにも、監督が戦術や選手の配置をもう少し定めるところは定めてもいいのかなと思います。

中山 ローテーションの効果はシーズン後半戦に出てくるケースが多くて、たとえばマドリーをCL3連覇に導いたジダンは、国内リーグで勝てない試合が続いても、ブレずにローテーションを貫き通して最終的に結果を残しました。ただ、それと同じことをコヴァチができるのかというと、そこは疑問が残ります。

 ジダンは突出したカリスマ性の持ち主なので、選手から不満の声が出ることはありませんでしたし、批判的なメディアに対してもある程度コントロールできましたが、残念ながらコヴァチにそれはできません。すでに現在も選手の不満やメディアの批判にさらされているわけで、貫くことが逆に凶と出ることも十分に考えられます。

 それと、コヴァチについてはフランクフルト時代からシステムを使い分けるなど戦術家のイメージがあったのですが、ここまでを見ているとバイエルンでは3バックも採用していませんし、選手に遠慮しているのか、自分の強みをなかなか出せていないように見えます。そこが、中途半端に見える要因のひとつでしょうね。

倉敷 チャンピオンズリーグにおけるここ5シーズンの成績は3シーズン連続ベスト4の後にベスト8が1度、昨季はまたベスト4と、6シーズン前に優勝してからベスト4の壁を乗り越えられない状態が続いています。大事な時に故障や欠場で監督の第一チョイスの3人が前線に揃っていないなど、コンディションのピークをうまく持ってくることができていないのがここ数シーズンの傾向です。そこで気になるのは、相手チームにとって最大の脅威である”ロベリー”の2人です。彼らは徹底した自己管理ができる選手たちですが、故障も多いですね。

中山 多いです。年齢的に仕方ない部分はありますけど、もはやシーズンを通して活躍できる計算はできない選手だと思います。しかも今シーズンは序盤で故障者が続出して、ハメス、キングスレイ・コマン、ティアゴ・アルカンタラ、コランタン・トリッソも不在ですから、メンバー編成はかなり厳しい状況にありますね。かといって、冬の移籍マーケットで即戦力を獲得するとケガ人が戻った時に選手が溢れてしまうリスクもあるので、それも難しい。

小澤 しかもバイエルンはフロントをクラブのOBで固めすぎているので、大物選手を獲得する際、ドイツ国内のマーケットには強いと思いますが、国外から獲得するための目利き役というか、スカウト網、それから国外の代理人とのパイプは意外と多く持っていないのではないかと見ています。今後は、そこの部分にもメスを入れる必要があるかもしれませんね。

倉敷 レアル・マドリーもそうですが、とりあえず今季のコヴァチとバイエルンはここまでチャンピオンズリーグに救われた部分があります。来季は大規模な変革を行なうという噂ですが、今季はどこまで割り切るでしょうか。コヴァチ政権を存続させる上で、年明け2月から始まるラウンド16以降の現実的な目標はどこか? ライバルチームへリベンジを果たしてファンを納得させられるか。冬の移籍期間の動きも含めて、今後の推移に注目してみましょう。