11月24日、鳥栖。横浜F・マリノス戦の後だった。フェルナンド・トーレスにほんの少しだけ、意地の悪い質問を投げた。――君にとって、(古巣の)アトレティコ・マドリードで残留争いした経験が今に生きているのでは?「僕は残留争いをしたことはな…

 11月24日、鳥栖。横浜F・マリノス戦の後だった。フェルナンド・トーレスにほんの少しだけ、意地の悪い質問を投げた。

――君にとって、(古巣の)アトレティコ・マドリードで残留争いした経験が今に生きているのでは?

「僕は残留争いをしたことはないよ。自分がデビューしたとき、アトレティコはすでに2部にいたからね」

 トーレスは即座に否定した。

 実は筆者は、トーレスの2部でのデビュー戦を現場で見ていた。しかし、本当のところを聞き出したくて、あえて自尊心をひっかくような聞き方をした。彼はそのキャリアにおいて、チャンピオンを狙えるようなクラブにしか在籍したことはない。しかもその日は、自身の劇的なゴールで勝っていただけに、東洋人の記者にそんな聞き方をされるとは思っていなかっただろう。怒ってしまうリスクもあった。



キャプテンマークを巻き、サガン鳥栖のJ1残留に貢献したF・トーレス

 この日のトーレスは明らかにストレスを感じさせた。本来の彼なら決めきるシーンで何度もミス。オフサイドの判定では、堪えきれずにボールを看板に向けて蹴って、審判からイエローカードをもらっていた。

 重圧について、話をしたかった。ただ、トーレスのように落ち着き払って答えるスーパースターは、やりとりが予定調和になりがちなところがある。

「このプレッシャーの感覚は、自分にとって新しいものだよ。降格をしないように戦うっていう経験はね」

 そういう言葉を引き出すことができた。スターの度量なのだろう。こちらの意図を汲み取ると、自分とチームの置かれた状況を丁寧に的確に説明した。最後に筆者が礼を言うと、彼も日本語で「どうもありがとう」とそっと微笑んだ。
 
 あらためて、降格争いに巻き込まれたシーズンを、トーレスはどう過ごしたのか?

「寡黙だが、集中力が伝わってくる」
「とにかく真面目で、ジムトレーニングを欠かさない。上半身バキバキ」
「リフティングはヘタだけど、ボールはぴたりと止まる」

 今年7月に入団して早々、サガン鳥栖のチームメイトたちはトーレスの印象をそれぞれ語っている。「フェル」。親しみを込め、そう呼ぶことが多くなった。簡単な英語でのやりとりで、選手同士、話をする機会も増えた。

「(フアン・)エスナイデル(現ジェフ千葉監督)は昔、アトレティコにいてね。(1996-97シーズン)チャンピオンズリーグの準々決勝、アヤックス戦で決めたら勝ち上がっていた(可能性の高い)PKを、GKに止められてしまった。自分はアトレティコのジュニアにいたんだ。当時はすごく叩かれていたよ」

 練習後、トーレスはそんな世間話をするようになった。鳥栖という穏やかな町の日常に溶け込んだ。チームも勝ち点を稼ぎ、徐々に浮上。8月のガンバ大阪戦では、初ゴールも記録した。

 しかし、9月に入ると1勝2分2敗と黒星が先行。勢いに乗るかと思われたトーレスも、調子は上がっていない。マッシモ・フィッカデンティ監督は守ることへの執着が強く、攻撃構築に失敗していた。トーレスも下がって守備をせざるを得ず、ゴールから遠ざかって、悪循環に陥った。パスの出し手が満足に見つからない状況で、トーレス自身がサイドに流れ、中盤に落ち、出し手にならざるを得なかったが、ゴールは決まらない。

 世界の荒波を生き抜いてきたトーレスといえども、そのストレスは計り知れないものだっただろう。

 それが10月、ベガルタ仙台戦から金明輝監督が率いるようになると、確実に変化が生まれた。

「違った練習になって、充実した準備ができている」

 トーレスははっきりと言った。ボールを使う練習が多くなって、守備だけに固執しない、止めて蹴る、という原点に戻った練習に回帰した。トレーニングからボールを運べるようになって、試合では敵ゴールまで近づく機会が増えるようになった。

「(金監督は)トーレスにキャプテンマークを任せることで、士気を高めたんでしょうね。実際、それで守備もさらにするようになって、走るようになりましたから。そこもうまくいったのかもしれません」

 2017年シーズンに鳥栖でキャプテンマークを巻いた豊田陽平は、そんな事情を明かしている。

 事実、トーレスは試合展開に合わせて、自らの献身性を発揮するようになった。プレスバックし、ボールキープして身体を張る、という泥臭いプレーが増えた。それは守備の規律に縛られた状態とは、結果としては同じでも、根本が違った。その証として、横浜F・マリノス戦は苦しみながらも、常にゴールを狙うポジションも取って、決勝点につなげている。それは重圧を飼い慣らした末の一発だった。

――新しいプレッシャーは乗り越えられそう?

 そう訊ねたとき、彼は即答していた。

「もちろんさ」

 最終節の鹿島アントラーズ戦。トーレスは得点することこそできなかったものの、チームプレーに徹し、ドローで残留を決めた。鬱屈した不満はあっただろう。彼の考えるタイミングではパスが出てこない。それでも、先頭に立って戦う姿は神々しかった。

 2018年シーズンは17試合出場3得点で終わった。こんな成績で満たされる選手ではない。2019年シーズンはゴールに向かう本来のトーレスが見られるはずだ。