敵地ゲルゼンキルヘンで、ゲルマン魂がオランダに憑依した――。 11月19日のUEFAネーションズリーグ・グループリーグA最終戦、オランダはドイツ相手に開始20分で2点を許す苦しいスタートとなった。さらに、その後も幾度となくドイツにビッ…

 敵地ゲルゼンキルヘンで、ゲルマン魂がオランダに憑依した――。

 11月19日のUEFAネーションズリーグ・グループリーグA最終戦、オランダはドイツ相手に開始20分で2点を許す苦しいスタートとなった。さらに、その後も幾度となくドイツにビッグチャンスを作られ、完敗間違いなしの試合内容だった。



ドイツ戦で同点ゴールを決めて雄叫びをあげるフィルジル・ファン・ダイク(右)

 だが、85分のクインシー・プロメス(セビージャ)のミドルシュートで1点を返して息を吹き返すと、後半アディショナルタイムに入った瞬間、センターバックのフィルジル・ファン・ダイク(リバプール)のボレーシュートが決まり、2-2の引き分けに持ち込んだ。

 この勝ち点1は大きかった。オランダは2014年W杯優勝国のドイツと、2018年W杯優勝国のフランスを出し抜いてグループリーグ首位通過を決定し、6月にポルトガルで行なわれる「ファイナル・フォー(出場国はオランダ、スイス、ポルトガル、イングランド)」に出場することになったのだ。試合後、ロナルド・クーマン監督は「最後に勝つのがドイツ。だが、今回は我々が最後にゴールを奪ってみせた」と満面の笑みだった。

 3日前の16日にロッテルダムで行なわれたフランス戦では、12本もの枠内シュートを放って2-0で完勝し、攻撃サッカー復活を世界に知らしめた。だが、ドイツ戦は中2日(ドイツは中3日で、15日の試合はロシア相手の親善試合だった)というハンデ戦だったこともあり、プレスは効果的にかからず、ボールもロストしてばかり。開始20分で2失点し、その後もピンチに見舞われ続けた。

 しかし、今のオランダ代表はチームスピリッツがすさまじい。クーマン監督からハーフタイムに「1点を返せば同点に追いつけるぞ!」と檄を飛ばされたイレブンは、プロメスのゴールで監督の言葉を現実のものにしようと息を吹き返し、最後はパワープレーから起死回生の同点ゴールを奪ってしまったのだ。

 試合の流れを変えたプロメスのゴールが決まった直後、スタジアムではオランダサポーターの「イチかバチか、やってみろ!」というチャントが歌われた。ちょうどその時、ドワイト・ローデヴェーヘス・コーチがクーマン監督に渡したメモが、ケニー・テテ(リヨン)→マタイス・デ・リフト(アヤックス)→ファン・ダイクと経由されながら選手に伝わっていた。そのメモには3-2-3-2のシステムで各選手の布陣が記されていたという。

「このメモはサッカー博物館行き、間違いないですね」「今の時代に手紙の伝言がもっとも有効なんですね」とジョークを飛ばすインタビュアーに対し、クーマン監督は「もっともベンチの近くにいたテテを呼んでメモを渡した。選手たちはフィルジル(ファン・ダイク)が前線に上がることから、即座にロングボールを蹴る戦術であることを理解し、それを実行した」と笑顔で答えた。

 2016年のユーロ、2018年のワールドカップと、直近のビッグイベントで2度も予選敗退して暗黒期に入っていたオランダだけに、ネーションズリーグの快進撃は皆、うれしそうだ。フランスに勝った翌日、街に出てみると、図書館やカフェでオランダ代表のことを楽しそうに話す人々がいた。

 オランダという国には、サッカーのDNAがしっかりある。全国紙の2面に、こんな記事が載ったことがある。

「オランダのスーパーマーケットでアルバイトをしている16歳の少年が、アマチュアサッカークラブのトップチームに昇格して試合に出られることになり、『風邪を引いた』と嘘をついてバイトをサボった。すると、彼が同点ゴールのアシストを決めて地元紙に載ったことにより、嘘がバイト先の上司にばれてクビになってしまった。『僕はバイトをサボって試合に出たことを後悔してない』と少年。一方、スーパーマーケットからコメントはまだ取れてない」

 こんな記事がビッグニュースとして載るお国柄である。

 ここ最近のオランダ代表の体(てい)たらくに、オランダ人も忸怩(じくじ)たる思いがあっただろう。

 秋深い10月、オランダがドイツを3-0で下した翌朝、全国紙の『アルヘメーン・ダッハブラット』は見出しに「春(Lente)」とだけ書き、オランダ人の心情を表現した。紅葉すら春の日差しに見えてしまう、待ちに待ったオランダ代表の雪解けの季節が訪れたのだ。

 隣国ベルギーでは、地元新聞が「クーマン・ベイブス」という言葉を作った。「クーマンの秘蔵っ子たち」とでも訳せばいいだろうか。

「アリエン・ロッベン、ウェスレイ・スナイデル、ロビン・ファン・ペルシー、ラファエル・ファン・デル・ファールト、ディルク・カイト……彼らがいたころと比べると、今のオランダはビッグネームがいなくて寂しい」と思う人がいたら、フランスを2-0で破った映像を探してチェックしてほしい。

「今のオランダには、ファン・ダイク、デ・リフト、フレンキー・デ・ヨング(アヤックス)、ジョルジニオ・ワイナルドゥム(リバプール)、ステーフェン・ベルフワイン(PSV)、メンフィス・デパイ(リヨン)……と、なかなかの個性派揃いだぞ」と言いたくなる。マルテン・デ・ローン(アタランタ)の地味さ加減すら、かえって強烈な個性に感じるほどだ。

 なかでも、デ・リフトとデ・ヨングは、スペイン国内で知らない人がいないほどの選手だ。なぜならば、バルセロナ系のスポーツ紙はネタに困ると、アヤックスに所属するこのふたりを一面トップに持ってきて、「バルサ、デ・ヨングを獲得へ!」「デ・リフト、実力間違いなし」とあおっているからだ。デ・リフトとデ・ヨングがスペイン紙の一面トップを飾ったのは、なんと過去に30回ほどある(以前、オランダ紙が数えていたが、その後さらに回数が増えてしまったので、私には正確な数字がわからない)。

 チャンピオンズリーグでは現在、アヤックスがグループEで2位につけ、女子代表チームは欧州チャンピオンに輝き、2019年のW杯出場を決めた。そして、ネーションズリーグで見せたオランダ代表の復活劇――。どん底からの∨字回復に、サッカー大国オランダの真髄を見た。