日本人史上2人目のNBAプレーヤーとなった渡邊雄太は、メンフィス・グリズリーズの一員として今季すでに2試合コートに立った。その実力はすでにチーム内でも認められており、今後さらにプレー時間を増やすことが期待される。 ただ、渡邊が今夏にグ…

 日本人史上2人目のNBAプレーヤーとなった渡邊雄太は、メンフィス・グリズリーズの一員として今季すでに2試合コートに立った。その実力はすでにチーム内でも認められており、今後さらにプレー時間を増やすことが期待される。

 ただ、渡邊が今夏にグリズリーズと結んだのは”2ウェイ契約”。基本はGリーグ(マイナーリーグ)のチームであるメンフィス・ハッスルに所属し、1シーズンに45日間だけNBAでロースター(公式戦に出場できる資格を持つ選手枠)登録が許されるという契約だ。つまり、シーズン中に本契約を結び直さない限り、今季の渡邊はGリーグで多くの時間を過ごすことになる。




Gリーグでの試合後、インタビューに応える渡邊

 渡邊本人が「Gリーグでプレーできているのはありがたいことです。いろんな経験が積めますし、プレータイムももらえる。本当に今はいい状態だなと思っています」と述べているとおり、Gリーグは貴重な実践の場となる。そのマイナーリーグとはいったいどんな場所なのか。

 ハッスルの本拠地は、ミシシッピ州にあるランダース・センター。グリズリーズのホームであるテネシー州のフェデックス・フォーラムから車で20分ほどに位置するが、ここでのゲームは必ずしも「ゴージャスな雰囲気」とは言えない。

 アリーナは8000人以上を収容できるものの、11月9日(現地時間:以下同)のホーム開幕戦の観衆はわずか1786人。これでもまだいいほうで、11月11日の4戦目は1426人。渡邊が出場しなかった11月14日のゲームは489人にすぎなかった。いわば”田舎のローカル・アトラクション”で、「アメリカのプロバスケットボール」という言葉から連想される華やかさはない。

「飛行機はエコノミーです。少し大きい席を用意してもらえはしますけど。ホテルも、この間は相部屋の選手が帯同しなかったのでひとりで優雅に使えましたけど、基本は2人で使用します。そういったところは(NBAとは)大きく違いますね」
 
 Gリーグでの最初の2戦はテキサス州でのロードゲームだったが、渡邊はマイナーリーガーとしての初めての遠征をそう振り返った。飛行機もホテルもVIPなNBAライフを垣間見てきた後だけに、違いを顕著に感じただろう。

 サラリーを見ても待遇差は明らかだ。Gリーグの選手の基本給は年3万5000ドル(約393万円)で、2ウェイ契約選手でも7万7250ドル(約868万円)。これがNBAになると、ルーキーのミニマム契約(最低保障額での契約)でも約83万8464ドル(約9420万円)になる。2ウェイ契約の選手にはNBA で過ごした日のサラリーが日割りで加算されるため、渡邊も最大で50万ドル(約5620万円)程度を手にする可能性があるが、それでも本契約の選手とはかなり差がある。

 豪華でクールなNBAライフへの定着を目指し、Gリーグの選手たちは日々腕を磨いている。NBAの”椅子”には限りがあるため、チームメートも事実上はライバル。渡邊が2018-19シーズンに多くの日々を過ごすであろうGリーグとは、そんな環境なのだ。

 Gリーグの多くの選手たちには、”ハングリーでアグレッシブ”という形容がぴったりくる。試合ではディフェンスを犠牲にしてでも点を取りにいくシーンが目立ち、ハッスルもシーズン最初の5戦連続で110得点以上。スリリングな点の取り合いになる試合は多いが、正直、ディフェンスのよさとバスケIQの高さ、献身的なプレーといった渡邊の長所が最大限に生きるゲームとは思えない。

 Gリーグ選手は全球団からコールアップが可能というシステム(2ウェイ契約選手は除く)もあり、一部のプレイヤーが見栄えのいい数字を意識しているのは明白だ。とくにガード選手のボール独占傾向が目につき、それはハッスルも例外ではない。

 今季最初の6戦ではポイントガードのジェボン・カーターが1試合平均18.2本のシュートを放って20.8得点、シューティングガードのブランドン・グッドウィンも同16.3本で23.3得点。控えガードのマーケル・クロフォードですらも、1試合平均10.5本のシュートを放っており、スタメンの渡邊(同9.0本)よりも多い。ゲーム中には渡邊にはなかなかボールが回ってこない時間帯があり、オフェンス面でリズムに乗るのは容易ではないはずだ。

「最初の2試合はなかなかボールが回ってこないから、『ボールが来たときには自分勝手に攻めなければいけない』という気持ちになってしまっていました」

 11月11日のオースティン・スパーズ戦後に渡邊がそう述べていたとおり、11月3日の開幕戦ではFG2/10で4得点、5日の2戦目はFG3/11で7得点と低調。限られた攻撃機会でよりアグレッシブにと意識するあまり、無理にシュートを打ちにいったことが精度の低さにつながったように見えた。主力のひとりである渡邊が波に乗れなかったことが、開幕2連敗の大きな要因になったことは否定できない。
 
 もっとも、こんな新しい環境でも素早く学び、スランプを長く続けなかったのが適応能力に定評がある渡邊らしいところだ。悔しい2試合を終え、ホームゲームに臨んだ背番号12には、新たな決意が感じられた。

 開幕戦で敗れたリオグランデバレー・バイパーズとの再戦(11月9日)では、39分間コートに立ち、25得点、8リバウンド、2アシスト、2スティール、1ブロック。11月11日のオースティン・スパーズ戦でも、11得点、6リバウンド、2スティール。どちらのゲームでも動きに無駄がなく、上質なオールラウンドプレーで2連勝に貢献した。

「最初の2試合は悪かったですが、何が悪かったかは自分の中で明確でした。だからそこで自信を失うことはなかったです。修正すればこうやって結果がちゃんと出るので、すごく自信につながっています」

 本人の言葉どおり、メンフィスでの2試合では渡邊が目指していたものが周囲にもはっきりと伝わってきた。「積極的に攻めるのは大事だが、シュートは無理に打つべきではない」。このリーグの他の選手たちのスタイルがどうあれ、総合力とチームプレーが信条の渡邊は、普段どおりの姿勢を保てばいい。そう初心に帰ったことが、この2日間で合計13/19というFGの精度の高さにもつながったのだろう。

「得点を取ってアピールするのも大事だと思いますし、周りで見ている人たちは得点が少ないと『これじゃNBAには呼んでもらえないだろう』となるんでしょうね。ただ、自分の強みはそこじゃない。NBAに上がった時、『点を取ってこい』と自分が言われることは絶対にない。自分がロールプレーヤー(チームの中で特定の役割をこなす選手)としてできることを極めていったら、コールアップしてもらえるようになる。そういう部分で自分も勘違いしていましたが、この2試合で修正できたかなと思っています」

 25得点を挙げた11月9日のゲームはもちろんすばらしかったが、渡邊が話したとおりの”らしさ”がはっきりと見えたのは11月11日のゲームだった。ディフェンス面ではガード選手とのマッチアップからスタートし、パワーフォワード、さらにはセンターの選手もガードした。去年のドラフト2巡目指名選手ジャロン・ブロッサムゲームとも対峙し、綺麗に封じ込めて守備力をアピールしている。

「(ブロッサムゲームは)すばらしいプレーヤーです。ただ、彼くらいの選手はNBAでは当たり前。あれくらいはできて当たり前の選手がNBAにはいるので、そこで自分がひけをとっているようでは次のレベルにはいけないと思っています。そういった意味で、今日のマッチアップはすごくいい経験になりました」 

 試合後の渡邊のそんな言葉からは、すでにNBAを経験し、今後もその舞台で生き残っていくという自信が感じられた。

 前述のとおり、Gリーグは華やかさとは無縁で、日々、熾烈なサバイバルレースが行なわれている戦場だ。多くの元NBA選手、NBAまであと一歩の選手が属しているため、決してレベルは低くない。




11月11日に行なわれた試合も、会場は空席が目立った

 開幕当初はグリズリーズから故障者が続出したため、2ウェイ契約の渡邊にも意外に早くNBAデビューの機会が回ってきた。だが、グリズリーズのケガ人は徐々に復帰しており、今後しばらくはGリーグでのプレーが中心になる可能性は高い。

 本人も繰り返し述べているが、NBAでの渡邊はディフェンスと献身的な姿勢でのチームへの貢献が期待されるロールプレーヤー。そんな最高レベルへの定着を前に、まずはディフェンスが軽視される傾向があるGリーグで腕を磨いておくのもいいだろう。必死に得点を取りにくるハングリーなスコアラーたちを相手に、学び、経験し、そしてアピールできる部分は確実にあるはずだ。

「If you can handle the G league, you can handle anything. (Gリーグでやっていけるのなら、他のすべてをこなす準備ができたと思っていい)」

 昨季まで、クリーブランド・キャバリアーズのトレーナースタッフの一員として活躍した中山佑介氏は、GリーグのあるGMの言葉を紹介していた。この言葉はまさに現在の渡邊にも当てはまる。日本バスケットボール界期待の星は、過酷な環境でさらに逞しくなる。ここで学んだことは、近い将来に間違いなくNBAの舞台で生きてくるはずだ。