レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップの2018年シーズンは、11月17、18日(現地時間)にアメリカ・フォートワースで行なわれた第8戦をもって幕を閉じた。 今季の年間総合優勝は、昨季最終戦で室屋義秀に奇跡の大逆転劇を許し…

 レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップの2018年シーズンは、11月17、18日(現地時間)にアメリカ・フォートワースで行なわれた第8戦をもって幕を閉じた。

 今季の年間総合優勝は、昨季最終戦で室屋義秀に奇跡の大逆転劇を許し、土壇場でタイトルを逃したマルティン・ソンカ。初優勝が決まった瞬間の咆哮は、彼がどれほどのプレッシャーと戦っていたのかをうかがわせた。2年越しの、まさに悲願達成だった。

 そんなソンカとは対照的に、昨季の世界チャンピオンである室屋は年間総合で5位にとどまった。全8戦中、3戦でファイナル4へ進出したものの、2位が2度あったのみで結局未勝利。その一方で、0ポイント(12位以下)に終わったレースが3戦もあっては、早々に優勝争いから脱落したのも当然だった。

 歓喜の戴冠から1年。あたかも天国から地獄へと大きく落ち込んだシーズンを、ようやく戦い終えたばかりの室屋に話を聞いた。


チャンピオンとして迎えたシーズンを5位で終えた室屋

 photo by Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

――昨季は自分が主役だった今季最後の表彰式を舞台の下から見て、どんなことを感じましたか。

「今日(の第8戦で)のソンカは美しく勝ちましたよね。僕が言うのも変ですが、昨季は大変だったと思うので(苦笑)、単純にエアレースの仲間としてよかったなと思います。最後の(ファイナル4の)フライトも、クオリティが高くて、まさにワールドチャンピオンのフライトでした。おめでとうと言いたいです」

――今季最終戦は、ソンカ、マット・ホール、マイケル・グーリアンのトップ3が直接対決で年間総合優勝を争う、非常におもしろい展開だった一方で、やはりそこに室屋さんが加わっていない寂しさも感じました。

「まあ、そんな年もあるでしょう(笑)。でも、今日のフライトには手応えがあったし、今季全体を振り返っても、アップダウンしつつも、前には進んでいると思っています」

――年間総合5位という成績も、昨季の優勝を除けば自己最高。おおまかには右肩上がりにあると見ることもできます。

「最後に自分が満足できるフライトをしたいとは考えていましたが、順位はあまり気にしてなかったです。この最終戦に勝てば、4位に上がれたわけですけど、昨季すでに一番になっているので、4位でも5位でも6位でも大差ないかな」

――それにしても、今季はなかなか悪い流れから抜け出せないシーズンでした。この最終戦でも、ラウンド・オブ・8では全体で2番目のタイムを出しながら、スーパーラップを叩き出したカービー・チャンブリスに敗れて、ファイナル4へ進出できませんでした。

「自分のフライトが終わった瞬間は、絶対に勝ったと思いましたからね。今年の運はこんな感じなんでしょうね(苦笑)。でも、勝負にこういうことはつきものなので、この手の勝負運をどうやってつかむかが重要なんだと思います」

――勝負運は待っているだけでは巡ってこない、と。

「運は自分で作っていくものだと思います。もちろん、100%コントロールすることはできませんが、ホントに勝ち続ける人はそういう世界にいるんだと思います」

――今季を振り返ると、開幕戦は2位でのスタートでした。その時点では昨季の勢いが続いているかに見えましたが、流れが変わったポイントはどこだったのでしょうか。

「カンヌ(の第2戦)のファイナル4で、ペナルティをもらったところじゃないですかね。今まではファイナル4でミスをすることがほとんどなかったのに、それがちょっと……、風の影響があったにしても、あそこから何となく、フライトだけのことではなく、普段の身の回りのことも含めて、いろんなことのバランスが少しずつ崩れてきている感じがありました」

――それは、今思えば、ということですか。

「いや、実はカンヌの前から、自分では何となく気づいていました。だから、カンヌではすでにちょっと苦しい感じがあったんです。具体的に何があったということは言いませんけどね」

――具体的なことはともかく、それはメンタル的なことなのか、フィジカル的なことなのか、あるいは機体の問題だったのか。

「すべてを含めた、全体的な流れという感じですね。当時はまだ完全に崩れるというほどではなかったですけど、悪い流れにグッと引っ張られている感じが、アブダビ(での開幕戦)の後くらいからありました。それと戦いながら生きてきたという感じかな(苦笑)」

――ただ、当時の室屋さんはあくまでも突風による不運だったと強調していました。次に地元・千葉での第3戦が控えていたため、水を差さないように、あえてネガティブな話をしなかったのですか。

「いや、この話はシーズンが終わった今だからしてもいいかなというだけで、そういうことは誰に対しても一切言いません。それを口にし始めると、雰囲気がネガティブな方向に引きずられていってしまいますから。シーズン中は、チームだけでなく、その周辺も含めて、リーダーとしてはいい雰囲気を作っていかなければいけない。苦しくても、それは言っちゃいけないと思っています」


最終戦は好タイムを出すも5位。今季は表彰台の頂上が遠かった

 photo by Samo Vidic/Red Bull Content Pool

――今度は機体の改造についてうかがいます。室屋さんは以前、アグレッシブにいろんなことをやりすぎてもよくないという話をしていたことがあります。その点について、今季はどうだったのでしょうか。

「今季はやりすぎでしょうね。やること自体は悪くないけれど、投入するまでのテスト時間に無理があった。もうちょっとテストしてから投入しないとダメですね。操縦感覚の違いだとか、多少の変化はパイロット側で対応できるだろうと思っていましたが、そんなに甘くなかったです」

――やはり思い出されるのは、千葉での第3戦を前に小さな尾翼を投入しながら、すぐに元の大きな尾翼に戻さざるをえなくなったことです。あれが、今季の悪い流れを決定づけるひとつのポイントだったように感じてしまいます。

「自分の能力を過信していたところもありましたね。尾翼が小さくなってもコントロールできると思ったんですけど、そこまでは無理だったという感じです」

――結果的に、今季の流れを左右すると同時に、千葉戦3連覇という偉業達成も逃しました。

「確かに結果としては失敗でしたが、こういうチームの進め方は決して悪くないと思っているし、自分自身は嫌いじゃない。新しいテクノロジーとか新しい部品にチャレンジして、それがうまくいけば、かなり速くなるのも確かなので。ただし、あの尾翼に関しては、今のエアレースでトップの機体を持っているチームが、そこまでのギャンブルをする必要はなかったかなという反省はあります。ジャンプアップして、一気に他を引き離そうという気持ちが強すぎたのかもしれません」

――何をどのタイミングで投入するのか。あるいは、しないのか。そのさじ加減が難しい。

「そうですね。常に研究はしていなければいけないですけど、全体の流れとか、運気が悪いときに挑戦すると、うまくいかないんでしょうね。苦しいときこそじっと我慢して、裏側で研究や努力を積み重ねていくことが必要なんだと痛感しました」

――年間総合での連覇を成し遂げなければならないという焦りが、多少無理をさせたのでしょうか。

「必要以上にいかせたというのはあるんじゃないですかね。さっきも話したように、アブダビの後くらいからちょっと苦しい雰囲気があるなかで、やっぱり苦しいときほど、楽をしてパッと抜け出したい心情になるものなので。それがちょっと行き過ぎたところがあると思います。実際、昨季も一度は苦しい状況に追い込まれながら、ラスト2戦で連勝して世界チャンピオンになって、そのときの雰囲気を知っているだけに、早くこの状況を抜け出してしまいたいという焦りがあったのかなと思います」

――成功体験があったからこそ、”二匹目のどじょう”を狙ってしまった、と。

「昨季はポルト(での第6戦)の後に、ラウジッツ(での第7戦)までの間、スロベニアでずっと調整していたんですが、そのときに操縦技術の研究をするなかで、いろいろな発見があって、どう表現したらいいのかわからないけど……、”抜けた感じ”があったんです。具体的に説明するのは難しいですけど、決してトリッキーなものではなく、非常に安定してレースで使えるテクニックを手に入れたというか。それがあったので、今季も結局最後は勝てるという甘さがあったのかもしれません。

 ただ、どのタイミングで投入するかという問題はあるにしても、操縦技術にしろ、機体のテクノロジーにしろ、常に研究し続けるのは絶対に必要なこと。体操の選手がD難度、E難度と、常に新しい技を開発するのと同じで、それをしないと、これだけ実力が接近しているタイトなレースで勝ち続けるのは、不可能に近いことだと思います」


最終戦で手応えを掴み、新シーズンへ

 photo by Samo Vidic/Red Bull Content Pool

――来季へ向けて、すでに今季最終戦を前に、エンジンを入れ替えたそうですね。

「正直、この最終戦は今季の締めくくりという以上に、来季への第一歩という意味合いが強かった。シーズン途中のタイミングでオーバーホールされたエンジンに換装したのも、完全に来季用です」

――2009年のデビュー以来、今季はチャンピオンとして臨んだ初めてのシーズンでした。振り返ってみて、一番プレッシャーが大きいシーズンでしたか。

「いや、僕自身はそうでもなかったです。自分はそういうことに対してのメンタルトレーニングもして、準備をしているし、その力が十分にあったから、昨季は世界チャンピオンになれたと思うので。そのプレッシャーを感じるようなら、昨季も勝てていなかったと思います。ただ、勝った後の難しさを感じたシーズンではありました。正直、その難しさは言葉で説明するのが難しいし、何を言っても他の人に理解してもらうことはできないと思いますが、レースだけのことではなく、普段の生活も含めて、今季はすごくいい人生勉強になりました」

――まだ公式には日程が発表されていませんが、2019年シーズンのレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップは、2月のアビダビからスタートする予定です。あと2カ月半ほどで、あっという間に開幕です。

「新シーズンを迎えるという感慨もなく、このまま次のレースに向かう感じですよね。実際、今季のアブダビからカンヌ(のレース間隔)と大差ないんだから(苦笑)。でも、逆に言えば、この最終戦はラウンド・オブ・8敗退でしたが、最後のフライトはホントにいい手応えだったので、来季の開幕戦はいい形で迎えられる。エンジンを入れ替えた機体は性能のよさが出ているし、スピードも出ているので、安心して来季に臨めるんじゃないかなと思っています」