小川佳実JFA審判委員長インタビュー(後編)前編を読む>> ロシアW杯でおなじみになったVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)。各国リーグで続々と導入されており、Jリーグでも近い将来、導入される可能性は高い。そもそもVARとは何か。…
小川佳実JFA審判委員長インタビュー(後編)
前編を読む>>
ロシアW杯でおなじみになったVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)。各国リーグで続々と導入されており、Jリーグでも近い将来、導入される可能性は高い。そもそもVARとは何か。また、それが導入されることでジャッジやプレーにどういう影響があるのか。日本サッカー協会(JFA)の小川佳実審判委員長に聞いた。
――VARの導入で、悪質なファウルやシミュレーションは減ると期待できますか。
「ロシアW杯では、明らかなシミュレーションは少なくなっている。相手からコンタクトがあれば選手も感じるし、ケガをしたくないから倒れるプレーは出てきますが。たとえばロシアW杯の決勝戦です。FKから生まれたフランスの1点目。アントワーヌ・グリーズマン選手に対する反則のシーンが、シミュレーションじゃないかと話題になりましたが、実際コンタクトはあったんです。どの程度、影響したかはわかりませんが。
ブンデスリーガの今季開幕戦でVARをチェックするレフェリー
長い目で見れば、退場となるようなプレーも減ってくるでしょう。でも、2014年W杯、2010年W杯では10いくつしかなかったPKが、ロシアW杯では25と倍近くに増えています。つまり、いままで見きれなかったものが見えてくるようになったので、単純に減るかと言われると、そうではないと思います。
でも、それが続いて当たり前になれば、PKは減ることになるのではないでしょうか。選手に自制する力が生まれて、相手に対してフェアな形でプレーしようという精神が膨らみ、結果として減ることが期待できます」
――具体的にVARのレフェリーは、どこで、どんな状態で試合をチェックしているのでしょうか。
小川佳実日本サッカー協会審判委員長
「ロシアW杯期間中、VARを担当する審判員は会場に一切行かず、モスクワのメディアセンターに詰めていました。ドイツブンデスリーガ、ポルトガルのリーグもその方式ですけれど、ある1箇所でやるときはインフラが整っていないといけない。ゼロコンマ何秒以内にデータのやりとりをする必要があるので。日本はそのインフラの値段が高いという話です。
準備段階にある日本では、会場の敷地内の駐車場に機材を搭載した車をセッティングし、その中で行なっています。車の中にはビデオ・アシスタント・レフェリーと、それをサポートするアシスタント・ビデオ・アシスタント・レフェリー。あともう1人、リプレイオペレーターの3人。それに機材をチェックするテクニカルスタッフが1人います。それが最低限のセットなので、こちらもお金はかかります。簡単なことではないです。現在のJ1なら鳥栖から札幌までと、距離も離れていますし」
――導入されるとしたら、J1だけですか。
「そうなると思います。J1は1年間に306試合です。では日本全国で1年間に何試合ありますか。登録チームの数だけでも3万ぐらいありますから、年間10試合やれば15万試合になります。ほとんどの試合はVARなしでやらなくてはならない。でもファンはVARが導入されたJリーグを見れば、都道府県レベルの試合でも、人間の限界を超えたジャッジを求められる。だから私たちは、それがどれほど難しいかを皆さんに伝えていく必要があります。
J2は、やれればやった方がいいでしょうけれど、そこまで人の手はずが整わない。これをうまく動かしていくためには、専門の人を育てた方がいい。将来的にはVAR専門の審判員が現れるかもしれません。レフェリーの経験がある人に限られますが、ロシアW杯の期間中は、FIFAが選んだ人が、ずっとその業務をやっていました」
――レフェリーが判定に対して弱気になり、VARに下駄を預けるようなことはないでしょうか。
「ジャッジした後、VARに『念のため確認してください』というのはあるかもしれない。しかし、判定しないで、『どっち?』と尋ねるのはダメです。時間もかかる。VARの役割は、事実を伝え、そしてリコメンド(提案)することです。ジャッジを促すわけではありません。その提案を受けるか受けないかはレフェリーが決めることです。
逆にいくらリコメンドが入っても、主審は拒否することができます。100%自信を持っているならば。ただし映像を見られてリコメンドされれば、普通は受け入れます。だからVARが入ってきたときには、レフェリーはインプレーでも止めます。で、何があったかを尋ねる。と同時にピッチ上で、『いまVARとコミュニケーションを取っています』という合図を出す。
正式にVARのビデオを確認することになれば、手で画面のフレーミングを形作る合図をする。そして、レフェリーレビューエリアに行って、確認して、決定して、ピッチに戻り、確認終了の合図(手で画面のフレーミング)を出し、『PKです』、もしくは『PKを取り消します』とする」
――選手からの圧力を受けやすくなるということはありませんか。
「この前、静岡で開催されたSBSカップ(日本U-18、パラグアイ、オーストラリア、静岡県選抜が出場)で、VARをオンラインで実施してみました。オーストラリアは国内リーグ(Aリーグ)でもVARを採用していて、選手の中にはリーグでプレーしている選手がいます。彼らはやります。アクションを起こす。ペナルティエリアの中で何かあったら、VARをアピールする。でも、まだ導入されていない日本とパラグアイの選手は一切やらない。
オーストラリアの選手はまずレフェリーに聞いてみようとします。もちろん、これをあまり激しくやるとイエローカードの対象になりますが、レフェリーはより、強くならなくてはいけないですね」
――主審もさることながら、副審の難易度が上昇するような気がします。
「レフェリーがレベルアップしていかないとダメだと思いますが、大変なのは主審より副審です。オフサイドの判定です。
一度レフェリーが吹いてしまうと、プレーは止まりますが、実際、後から見たらオンサイドだったというケースがあります。いまは『疑わしければ上げない』ですが、VARになれば、ある一定の幅はオフサイドだなと思いながらも、旗を上げずにゴーとした方が、後から見直すことができる。PKになったけれどオフサイドでした、得点になったけれどオフサイドでした、と。でも、旗を上げて笛が吹かれたら、そこで終わってしまう。
もちろん実際に試合の現場で、明らかなオフサイドと微妙な状況を線引きすることはすごく難しい。レフェリーも副審の旗が上がったとしても、すぐに吹いてはダメでしょう。インプレー中に吹いてしまうと即オフサイドで決着する。戻る場所がなくなる。オフサイドであることを半ば認識しつつも、アウトオブプレーになったときに確認する方がVARのもとでは理に適っています。
『副審は旗をなぜ上げないんだ』『主審の笛もなぜ遅いんだ』という声も出てくるでしょう。VARを本格導入した場合、積極的に伝えていかなければならないことです」
――VARの時代を迎えつつあるからこそ、冒頭で小川さんがおっしゃったように、ジャッジやレフェリングのことを、むしろ詳らかに報じた方がサッカーの発展につながりますね。
「まず、レフェリーの生活が脅かれることはあってはいけないということがあります。レフェリーの一部はプロですが、多くは他に仕事を持っている公務員や会社員の方です。でも、ネットの書き込みなどが原因となり、生活が脅かされるケースが残念ながらあるのです。プロであるないに関わらず、そのようなことがあってはならないはずです。判定に対して、面白く思ってない人がいることは理解しています。残念ながら、レフェリーが犯罪者のような扱いになってしまい、ポジティブな書き込みはほぼないのではないでしょうか。
しかし、だからといって何もアクションを起こさないのはよくない。レフェリー、審判員の方に話をしながら、理解してもらいながら、どういう形で彼らをサポートしていくべきか。サポートというのは、結局は『伝えていく』ことだと思います」