小川佳実JFA審判委員長インタビュー(前編) ロシアW杯で導入され、一躍、脚光を浴びることになったVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)。今季はスペイン、ドイツなど、欧州の主要リーグでも続々と導入され、サッカーシーンにまたたく間に浸…

小川佳実JFA審判委員長インタビュー(前編)

 ロシアW杯で導入され、一躍、脚光を浴びることになったVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)。今季はスペイン、ドイツなど、欧州の主要リーグでも続々と導入され、サッカーシーンにまたたく間に浸透した。思いのほか早く馴染み、市民権を得ることになった。Jリーグにも近い将来、導入されることになるだろうが、それはいつ頃になるのか。

 一方、サッカーの競技規則そのものも2016年、2017年に大きな変更が加えられていて、その流れに追いつけずにいるファンも目立つ。ファンをリードすべきメディアも満足に応えられずにいる状態だ。シーズンが佳境を迎え、レフェリーのジャッジがよくも悪くも気になる今日この頃である。

 実は日本サッカー協会(JFA)は、ジャッジについてさまざまな情報を広く伝える取り組みを始めている。そんな審判とジャッジの現状、そしてVARへの取り組みについて、小川佳実審判委員長に話を聞いた。サッカー観戦に不可欠な情報は多いはずだ。



ロシアW杯イラン戦でVARをアピールするポルトガル代表クリスティアーノ・ロナウド

「ニュートラルな立場にいるメディアの方々には、ミスはミスとハッキリと書いてもらって構いません。当事者であるレフェリーはわかっています。あらためて見たら『ミスだったな』と。では、主審あるいは副審がその時、なぜ適切なジャッジができなかったのか。ポジショニングの問題、競技への理解度などが関係しているのか。私たちはメディアの方々に、そうした背景を怖がらずに伝えていく必要があります」

 小川氏はまず、協会がジャッジについての情報をメディアに積極的に流すようになった意図から話し始めた。



小川佳実日本サッカー協会審判委員長

「FIFAはジャッジに対する公式なコメントはしないことにしていますが、Jリーグでは試合後、クラブから事象の確認の要請があった場合、審判アセッサーが、その事象についてどのように判定したかについて主審に確認し、該当クラブの関係者と映像を確認します。審判アセッサーは、主審の見方を伝えたうえで、映像からその事象がどうであったかの意見を伝え、場合によっては、『映像からは、PKとした判断は誤っており、適切な判断ではありませんでした』と伝えることにしています。

 ただ、それをクラブ関係者からメディアに伝わることは適切ではなく、また、世の中は混乱してしまうのではないでしょうか。そうした意味もあり、日本サッカー協会はレフェリーの判定に関して、可能な限りオープンにしようと考え、2年半前からメディアの方々に対して2カ月に1回の割合で、報告会を開催しています。

 JリーグのHPで、原博実(副理事長)さんがジャッジについて検証する動画もあります。このようなものも増やしていきたいと思っています。ですが、審判委員会も10人が10人必ずしも同じ見解ではありません。

 たとえば、Jリーグ第29節の横浜F・マリノス対コンサドーレ札幌戦で、コンサドーレ札幌のチャナテイップ選手のゴールがオフサイドで取り消されました。ゴール前のオフサイドポジションで、コンサドーレ札幌の選手がシュートの際、足をポッと上げた。触っていません。GKの視野も妨げていないが、GKに影響を及ぼすインパクトのある動きだと判断されればオフサイド。そうでないと判断されれば得点。これは両方理解できる場面でした。

 では、そこでジャッジしたレフェリーをどう守るか。守ると言うのは、隠すのではなくて、彼らが下したジャッジについて説明を加えていくことです。レフェリーが判断した理由を、僕らの方から発信していかなければいけない。ジャッジする難しさを伝えていくことが、彼らを守ることにつながります」

――プレーの高度化や高速化、映像メディアの進化などにより、ジャッジ自体が難しくなっているのは間違いないと思います。そんななか、ロシアW杯でVARが登場し、スペイン、ドイツ、イタリアなど欧州の主要リーグでも採用されて話題となっています。Jリーグでも導入されるのでしょうか。

「日本では、UEFAチャンピオンズリーグなどで採用されているAAR(追加副審を置く6人制)を2016年から一部のカップ戦で導入していますが、こちらの目的は主にペナルティエリア内周辺のマネージメントです。VARはそれとは違い、そこに至る経緯をすべて見なければいけない。

 VARは今年の2月から準備を始めています。国際サッカー評議会のガイドラインに則ってトレーニングしている最中で、プロレフェリー10人を含む14人のJ1担当主審が、すでに資格の発行を申請できる状況にあります」

――VARで試合の流れが途切れ、「サッカーのよさが失われそうだ」と嘆く人もいますよね。そもそも導入する理由はどこにあるのでしょうか。

「競技規則の理念と精神で謳われている『公平、公正さ』です。ここの部分を担保する人間がレフェリーであって、そのジャッジは競技規則のもとに行なわれる。だから、選手や監督の方々には、こういうジャッジをリスペクトする責任があります。

 しかし一方で、その第5条には、『主審が競技規則およびサッカー競技の精神に従ってその能力の最大を尽くして』とある。レフェリーはこれを尽くさずにリスペクトを求めることはできないと、私はレフェリーたちに話しています。

 そして、これも競技規則で触れられているように、多くの状況において『主観的な判断』が必要になる。とはいえ、その判断に幅を持たせすぎてはいけない。いくら主観的であったとしても、事実とは明らかに違うケースがありますよね。手に当たったと思ったら頭だったとか。

 2年前のゼロックススーパーカップ(サンフレッチェ広島対ガンバ大阪)で、レフェリーがガンバ大阪の丹羽大輝選手のプレーをハンドだと思った。私も映像でそのシーンを見た瞬間、ハンド→PKは妥当な選択だと思った。でも丹羽選手はエッーと怒っている。で、よくよく映像を見たら、ボールは両手の間を抜けて頭に当たっていた。難しい状況でした。

 多くの人もこの瞬間、ハンドと思ったはずです。それは主観ですけれど、事実は手に当たっていない。だとすれば修正した方が公平公正は保たれる。そう考えると、新しいテクノロジーであるVARを導入することに否定的になる必要はないと思います。主観的と言いながらも事実と違っていた場合は、訂正できる方が、公平公正を理念と精神に掲げる競技規則に見合うのではないか、と。

 カメラはJ1で最低12台。多いときは20台。ピッチの隅々までカバーされています。経費的なことが解決されるなら導入した方がいい。オフサイドなんて、競馬でいうハナの差ぐらいまで求められるほど、巷には映像が溢れています。人間の限界を超えたものに関して、テクノロジーに頼るってことはあっていい、と」

――すでにVARを導入している国では、どのような成果が得られているのでしょう。

「すでにVARを導入したセリエAの状況ですけれど、ポジティブになっているとのデータがあります。実際のプレー時間も伸びている。そういう意味ではいいことばかりなんです。ロシアW杯も数値的にはポジティブな数字が出ています。

 ただ、それぞれの試合を見たとき、たとえばポルトガルとイラン(グループリーグ)の試合は、レフェリーそのもののジャッジが不安定で、結果的にVARの情報を通じてオンフィールドレビューが3回も入ることになった。クリスティアーノ・ロナウドがペナルティエリア内で倒れた瞬間を見て、レフェリーはNOというジェスチャーを示しましたが、そこにVARが入り、判定が覆ってPKとなった。となると今度は、このレフェリーにこの後を任せられますかっていうムードになってしまいます。

 ただし、ロシアW杯ではノックアウトステージに入ってから2回しかVARは入っていません。スムーズに行なわれました」
(つづく)