仕立てのいいスーツに身を包んだ出場8選手が、各々の今シーズンを映すかのような笑顔で、ひとつのフレームに収まる--。 写真のなかには、ひじの手術から見事返り咲いた世界1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)や、37歳にしてなお進化を続けるロジ…

 仕立てのいいスーツに身を包んだ出場8選手が、各々の今シーズンを映すかのような笑顔で、ひとつのフレームに収まる--。

 写真のなかには、ひじの手術から見事返り咲いた世界1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)や、37歳にしてなお進化を続けるロジャー・フェデラー(スイス)ら馴染みの顔がずらりと並び、その背後では今回初出場の長身ジョン・イズナー(アメリカ)が、ひょっこり覗き込むように首を伸ばす。



ファイナルズ出場選手8人のセルフィーでシャッターを担当した錦織圭

 ATPツアーファイナルズで、もはや恒例の微笑ましい光景。今年、その世界でもっとも豪勢な「セルフィー(自撮り)」のシャッターを託されたのは、2年ぶり4度目の出場となる、錦織圭だった。

 1年前のこの時期、彼はようやく、ボールを打ち始めたころだった。

 8月上旬に錦織の手首を襲った、腱脱臼のアクシデント--。その数日後には、早々にシーズンを切り上げることを発表する。戦線離脱したこの時、錦織のランキングは9位だった。

 MRI等による精密検査を受け、複数の医師の診断や助言も仰いだ結果、錦織は手術を回避し、ベルギーの医師のもとで保存治療する道を選ぶ。

 まずは、患部のみならず前腕の回転運動を規制するため、ひじまでギプスで固定した日々を過ごした。その後はベルギーで6週間、治療とリハビリやトレーニングに励んだ後、米国フロリダのIMGアカデミーへと戻る。そこでの練習も、最初は軽めのラケットで、柔らかいボールを打つことから始めた。

 11月下旬、錦織はチャリティイベントのために帰国し、久々にファンの前に姿を現した。だが、この時はまだ、ボールを打つ姿を披露することはなかった。復帰時期を問う声には、「1月のブリスベンを目指していますが、2月か3月になるかもしれません」と、まだ目処が立っていないことも明かす。

 ただ、錦織が、確信を持って口にした言葉があった。

 ひとつは、復帰を決める基準は、「すごくシンプル。自分のなかで、治ったと思えたら出るだけ」ということ。

 そしてもうひとつが、「復帰した最初の数週間はとくに大変だと思いますが、それもたぶん、苦しみながら楽しんでできると思う」という、待ち受ける葛藤をも受け止める諦念(ていねん)に似た覚悟。

 1年前のこの時期……彼の手首には依然、痛みと不安が絡まっていたが、それでも、心の針と視線はまっすぐ前を向いていた。

「復帰過程とは、もう言えない」

 そう錦織が断言したのは、5月のローマ・マスターズのときだった。4月下旬のモンテカルロ・マスターズで、アレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)やマリン・チリッチ(クロアチア)らを破って決勝進出。復帰以降、失われていたフォアハンドで鋭くボールを捕らえる感覚が、突如としてクレーコートの大会で甦った。

「毎試合、コートに向かうのが楽しみ」と言ったのも、ローマでのことである。1月下旬にツアー下部大会であるATPチャレンジャー1回戦で、238位選手への敗戦から始まった復帰の旅。それは、シーズンの折り返し地点に相当する全仏オープン終了時点で、3人のトップ5選手を破るまでに至っていた。

 今季の目標は、トップ10に戻ること。そして、ロンドン開催のATPツアーファイナルズに出場すること--。そう公言したのも、この時期のことである。

 全米オープンで復帰後初となるグランドスラム・ベスト4へと躍進した錦織は、多くの上位選手が疲労の色を濃くする全米後も、アジアの長い残暑と欧州の早い冬の気配のなかを駆け抜けた。9月の楽天ジャパンオープンでは、準々決勝で対戦した若手の旗手のステファノ・チチパス(ギリシャ)が、コート上で躍動する錦織のスピードに舌を巻く。

「彼のスピードに驚かされた。コートカバーの広さは、ラファエル・ナダル(スペイン)に匹敵すると思う」

 敗者が素直に称賛すれば、錦織も「取れなさそうだと思うボールも取れているので、動きはいいですね」と認め、その理由を次のように説明した。

「ケガしていた時期にたくさんトレーニングをしたし、トレーニング方法も少し変えていろんなことに取り組んだので、身体が強くなったのは感じます」

 およそ1年前に、新規性を求めて黙々と重ねてきたトレーニングが今、実を結び、ラストスパートを可能にした。レギュラーシーズンが終わった時の錦織のランキングは、昨年8月の離脱時と同じ、世界の9位である。

 2年ぶりに帰ってきたロンドンのツアーファイナルズで、錦織はフェデラー、ドミニク・ティーム(オーストリア)、そしてケビン・アンダーソン(南アフリカ)と同組に入った。過去の対戦成績では、2勝7敗のフェデラー以外は、ティームに3勝1敗、アンダーソンには5勝3敗と勝ち越している。直近の対戦でも、後者のふたりに勝っているのは、戦略面でも精神的にも、錦織にとって大きなアドバンテージとなるだろう。

 出場8選手全員を収めた自撮写真で、錦織の誇らしげな笑顔は、フレームの端に一番大きく写っている。

 チャレンジャーの初戦で敗れ、4月には39位までランキングが落ちたところから追い上げ、飛び込むように出場を果たしたツアーファイナルズ--。苦しみやもどかしさをも「楽しみ」乗り越えた復活のシーズンを、笑顔で終えることを予言するかのような、1枚である。