「まったくプランどおりではないゲームだったと思います」 2点のビハインドを背負いながら、終盤に追いつき、アディショナルタイムのPKで逆転勝ちを収める――。試合前にそんなシナリオを描ける監督など、世界中を探してもひとりもいないだろう。潔い…

「まったくプランどおりではないゲームだったと思います」

 2点のビハインドを背負いながら、終盤に追いつき、アディショナルタイムのPKで逆転勝ちを収める――。試合前にそんなシナリオを描ける監督など、世界中を探してもひとりもいないだろう。



潔い采配で逆転勝利を手中に引き寄せた名波浩監督

 それでも、プランどおりに進行できなくても、勝利の道を辿ることはできる。この日、名波浩監督が振るった采配は、まさにそういうものだった。

 11月3日に行なわれたJ1第31節、ジュビロ磐田はサンフレッチェ広島とホームで対戦した。この試合を迎える前の磐田は勝ち点37しか稼げておらず、J1参入プレーオフに回る16位のサガン鳥栖とはわずか4ポイント差。残留争いに片足を突っ込んでいる状態だった。

 第24節の鹿島アントラーズ戦から第30節のV・ファーレン長崎戦まで6試合勝利がなく、この間、同じ静岡県のライバルクラブである清水エスパルスには1-5の大敗を喫している。順延となっていた10月30日の第28節・湘南ベルマーレ戦で勝利を収め、やや息を吹き返していたものの、苦しい状況にあることに変わりはなかった。

 残留のためにも、勝利こそが求められた広島との一戦。磐田は立ち上がりからアグレッシブな戦いを披露した。

 最前線の川又堅碁をシンプルに使い、そのセカンドボールをつないでサイドに展開。3-4-2-1の特性を生かすべく、ピッチの幅を有効に使って広島に揺さぶりをかけた。

 もっとも、ボールを持ちながらもアタッキングサードでの精度を欠き、なかなかシュートまで持ち込めない。逆に31分、セットプレーから失点し、嫌な流れに陥った。

 その状況を打破しようと、名波監督は後半立ち上がりに最初の一手を打つ。故障をかかえていた右ウイングバックの小川大貴に代えて、FWの小川航基を投入。「広島の2CBが、2トップのほうが嫌かなと思った」(名波監督)という理由で、小川航と川又の2トップとし、最終ラインは4バックに変更した。

 だが、この策は空回りに終わる。「サイドバックが上がった裏を使われた」(名波監督)ことで、広島の攻勢を浴びると、すぐさまサイドハーフの松浦拓弥に代え、右ウイングバックの位置に荒木大吾を投入。再度、3バックの布陣に戻した。

 その直後、布陣変更の隙を突かれて広島に2点目を許したが、3バックに戻した効果はすぐさま現れる。両ワイドをうまく使って相手をサイド深くに押し込むと、そこで得たコーナーキックのチャンスを川又がモノにして、1点差に詰め寄った。

 ただし、ここで再び、名波監督の頭を悩ます事態が起きる。ゴールを決めた川又が負傷し、交代するというアクシデントに見舞われたのだ。

 それでも指揮官は、動じることはなかった。川又と代えたのは右ウイングバックの櫻内渚。荒木をシャドーの位置に上げ、キックオフ時と同じ3-4-2-1に戻したのだ。

 この交代には、布石があった。川又のケガは紛れもないアクシデントだったが、名波監督は試合中に2トップが機能していないと感じていた。

 また、ピッチに立つ選手たちも違和感を覚えていたという。守備の要を担う大井健太郎がその状況を振り返る。

「2トップだとやりづらかったから、(1トップ2シャドーに)戻してくれとベンチに向かって言っていたんです。もちろん、堅碁のケガは残念だけど、結果的にはあの形のほうが広島は嫌がっていたと思う」

 今季の磐田はこれまでにも、3バックと4バック、あるいは2トップと1トップを併用しており、戦況に応じて試合中に変更されることも決して特別なことではない。いくつもの形をこれまでに経験してきたからこそ、違和感を速やかに察知することができる。

「今日で言えば、2トップにしたことがよくないほうに出たと思うけど、うまくいっていないことをチームですぐに気づけたことがよかったと思います」(大井)

 こうして違和感を拭った磐田は、終了間際に途中出場の櫻内のゴールで追いつくと、土壇場で得たPKを同じく途中出場の小川航が沈めて、劇的なフィナーレを迎えている。

 交代選手が結果を出したことはもちろんながら、戦況やアクシデントに応じてすぐさま修正できるのが、磐田の強みとなったのだ。

 うまくいかなければすぐに切り替え、別の一手を打つ――。指揮官の潔さと決断力も、この日の勝利の要因だっただろう。

 采配だけでなく、名波監督のマネジメント能力も特筆すべきものだ。残留争いに巻き込まれるなか、チームはネガティブな状況に陥りかねない。しかし、今の磐田にはそんな空気は微塵もないと、大井は明かす。

「僕は新潟にいたときにも残留争いを経験しましたが、危機感というものは新潟にいたときよりも全然ないですね。それは、名波さんがあえてそうさせないように、明るい雰囲気を作ってくれているから。たとえ悪い状況であっても、ネガティブな声かけは許さないですし、大丈夫といつも言い続けてくれる監督なので。

 もしかしたら、もっと危機感を持ってやったほうがいいかもしれないけど、前向きにトライしていこうという感じなので、今はそういう雰囲気でできていると思います。自分たちは監督のことを信じてやっているので、名波さんのこのアプローチが正解だと証明できるように、残り3試合で表現できればいいかなと思います」

 この日は大黒柱の中村俊輔が負傷離脱し、大久保嘉人も出場停止だった。苦しい台所事情のなか、配置を変え、手駒をやりくりし、最大限の力を発揮させる。スタメンに抜擢された20歳の大南拓磨は、この日がJ1での3試合目。土壇場でのPKのキッカーの大役を21歳の小川航に任せたのも、前向きなトライが許される雰囲気があるからだろう。小川航にとっては、これがJ1初ゴールだった。

 これで磐田は勝ち点40とし、残留に向けて一歩前進した。

「勝ち点40の到達が相当遅くなったけど、連覇を達成した森保(一)さん(現日本代表監督)も、『40を超えるまでが茨(いばら)だ』と言っていた。そう考えたら多少、気持ち的に楽になるでしょう。ただ、残留は確定していないので、まだまだやらなければいけないことはたくさんある」

 劇的な勝利もさらりと振り返り、次の戦いに視線を向ける。残り3試合、磐田の歴史を築いてきたレジェンド指揮官の手綱さばきに大いに注目だ。