蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.45 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.45
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。
――前回に続き、お三方にメッシ不在のバルセロナがレアル・マドリーに5-1で大勝したエル・クラシコを徹底検証していただいています。今回は、後半開始からシステムを変更して流れを変えたレアル・マドリーの反撃に対し、バルセロナがどのように対抗して勝利につなげたのかというところからお話いただけたらと思います。連載一覧はこちら>>
ケガのメッシ不在でも、クラシコで快勝したバルサ
倉敷 ではこの試合のエルネスト・バルベルデ監督の采配について掘り下げてみましょう。バルセロナは、クラシコの4日前に行なわれたチャンピオンズリーグのインテル戦(10月24日)で、ラフィーニャからセメド、アルトゥールからアルトゥーロ・ビダル、コウチーニョからムニルという選手交代を行ない、クラシコではラフィーニャからセメド、コウチーニョからウスマン・デンベレ、そしてアルトゥールからビダルという交代を行なっています。
インテル戦との違いは、コウチーニョをムニルではなくデンベレと交代させた点だけで、あとは同じ。小澤さん、前にも少し触れましたがバルベルデはメッシ抜きで戦うクラシコのレシピを見つけ、インテル戦でそれなりの手応えを得ていたと考えてよいでしょうね。
小澤 そうですね。とくに69分にネルソン・セメドが交代で入り右サイドバックからポジションを上げたセルジ・ロベルトはこの試合でかなり効果的なプレーをしていました。スペースを見極める能力はもちろん、あの身体のサイズでありながらスピードがある選手なので、見つけたスペースにしっかりと入っていけるという特長があります。しかもバルサは1点をリードしていたので、セメドはそれほど攻撃参加せず、チームとしてセルジ・ロベルトをうまく使うことで相手DFラインの背後を狙うことができていました。そこがインテル戦で見つけたレシピだと思います。
実際、この試合でもそれがハマっていたと思いますし、試合を決定づけたバルサの3点目もセルジ・ロベルトのアシストから生まれています。さらに3枚目の交代でビダルを起用して、少し中盤の強度を上げるという狙いも当たりました。そうやって試合をクローズさせたという部分も含めて、バルベルデはインテル戦でメッシ不在に対する解決策を見つけていたのだと思います。
倉敷 マルチタスクをこなせるセルジ・ロベルトは小澤さんがおっしゃったようにスピードでも相手を苦しめていました。また、出場機会に恵まれずハングリーだったビダルは要求されたタスクにはなかったはずのゴールを狙うほどのモチベーションでピッチに入り、実際にゴールを決めてしまいました。彼はこれでユベントス、バイエルン、バルセロナという3つのクラブでレアル・マドリーからゴールを決めた選手になったわけです。中山さんはバルベルデの交代策についてどのような感想を持っていますか?
中山 後半開始からマドリーに押し込まれた際、その苦しい状況をバルベルデがどのように打開するかという点に注目して見ていましたが、見事にマドリーの勢いを止めて、自分たちの展開に持ち込みましたね。あの劣勢になった時間帯で、マドリーはゴールを決め切れませんでしたが、そのときはまだ1点リードしている状態でしたし、バルベルデは焦ってすぐに動くことなく、戦況を見ながら熟考していたと思います。
そして、マドリーに傾いていた流れを止めるための策として、まずセメドをサイドバックに入れてセルジ・ロベルトを前に出すという策でした。小澤さんがおっしゃったように、それによってバルサもセルジ・ロベルトを使いながらチャンスを作れるようになりましたし、マドリーの勢いが弱まりました。さらにその5分後、今度はデンベレをピッチに入れたわけですが、おそらくバルベルデはそこで勝負に出たのではないかと思います。
デンベレを入れるということは、カウンター狙いの意図があったはずですし、あの時間帯のマドリーは攻撃時にかなり人数をかけてイケイケの状態になっていましたから、絶好のタイミングでの選手交代でした。実際に3点目のゴールは、自陣でボールを奪った後に中盤でフリーになっていたデンベレにボールが入って、そこから彼がドリブルで前進して右サイドのセルジ・ロベルトにつないだところから生まれています。まさにバルベルデの描いていたとおりの展開になったのではないでしょうか。もちろん、ゴールを決めたスアレスのヘディングシュートもスーパーでしたが。
倉敷 すごかったですね。野生とか本能という言葉で形容したくなるスアレスらしいゴールでした。
中山 しかも、あのヘディングシュートはほとんど頭を振っていないというか、身体を反らしてから打ったヘディングシュートではなかったですからね。にもかかわらず、あの距離をあれだけ強いシュートで決めるとは、まさにスアレスならではのスーパーゴールだったと思います。セルジ・ロベルトのクロスボールの勢いを最大限利用したハイレベルなテクニックでしたが、何よりもあのスピードのクロスボールに対する反応が尋常ではないと思いました。
彼は昨シーズンのチャンピオンズリーグでパリ・サンジェルマンに大逆転勝利を収めた試合の先制ゴールを決めましたが、あのときもひとりだけ異次元の反応をしてヘッドで決めていました。動物的と言ってもいいほどの反応の良さが彼の特長のひとつだとは思いますが、今回のヘディングシュートを見てあらためてそのことを痛感しました。
さらに言えば、ハットトリックにつながったスアレスの3点目のゴールシーンでは、GKが防げない高さに少しループ気味でシュートして、彼が持つ精密なシュート技術も見せてくれました。それも含めて、今回のクラシコではメッシがいないことによって、よりスアレスのストライカーとしてのレベルの高さがクローズアップされた印象があります。
倉敷 バルサの4点目は83分でした。セルヒオ・ラモスのミスからセルジ・ロベルトがボールを奪い、倒れながらパスを通してスアレスのゴールが生まれました。小澤さん、ああいった場面でしっかり決めるところが特別なステージの選手ですね。
小澤 それだけの価値がある選手だと思いますし、バルサの前線を張れるだけの選手であることを見せてくれましたね。そういう点では、試合の前に倉敷さんがおっしゃっていたように、「メッシがいない分、俺が頑張ろう」というスアレスのエネルギーを感じましたし、これが”メッシ・フレンズ”の力なのでしょうね。
倉敷 ジョルディ・アルバも活躍し、本当に”メッシ・フレンズ”の勝利でした。一方、レアル・マドリーはマルセロが負傷してフィールドアウトしてしまった時点で完全に終わってしまった印象を受けました。
中山 僕もそう思いました。そもそも3点目を奪われたことで絶望的だったわけですが、ダメ押しを食らうようにマルセロが負傷交代してしまいました。現在のマドリーは、マルセロがいないと何もできないチームになっているので、そこでジ・エンドでしたね。
倉敷 マルセロのコンディションも万全ではなかった、イスコも虫垂炎の手術からの復活でした。フレン・ロペテギにとってはいくつかのエクスキューズもあって気の毒な気もしましたね。
中山 クリスティーノ・ロナウドが去ったことで期待されていたマルコ・アセンシオも、今シーズンはあまり調子がよくないですしね。
倉敷 今回のクラシコが行なわれた10月28日は、故ヨハン・クライフのバルサにおけるデビュー45周年記念日だったそうです。かつてクライフが亡くなった直後のクラシコではマドリーがカンプノウで勝ち、バルサは勝利を捧げ損なったことがありましたが、今回はしっかりと勝利を収めることができたわけです。エル・クラシコにはいつもちょっと添えたくなるエピソードがありますね。
では、あらためて今回のクラシコの総括をお願いします。まずは小澤さんから。
小澤 正直、これほどの大差になるとは思いませんでした。最終的には、マドリーはロナウドがいなかった云々ではなく、監督が不在だったということなのでしょうね。現地スペインのメディアでは、実はもうリーグ戦(第8節)のアラベス戦に負けた時にすでに解任が決まっていて、ペレス会長もそれに向けて動いていたと報じられていました。だからこそ、選手も「この監督に指示されても……」という気持ちがあったのではないかと受け止めてしまいます。今回は、そういうクラシコだったと思います。
倉敷 中山さんはいかがですか?
中山 やはりチャンピオンズリーグで3連覇を果たした監督と、その主役だったエースストライカーがいなくなるというのは、これ以上ないというレベルの大きな変化なので、確かに開幕直後のマドリーはすごく良い状態でしたが、その大きな変化の影響がここにきて一気に噴出してしまったということでしょうね。個人的にはもう少しロペテギで引っ張れるのではないかと見ていたのですが、案外早かったですね。
このクラシコの負け方を見ると、マドリーが立ち直るまでにかなり時間がかかるような気がしました。もしかしたら数年単位という話になるかもしれません。これまで誰も成し遂げたことのないチャンピオンズリーグ3連覇という偉業からの反動は、それくらい大きいのではないでしょうか。倉敷さんは、どうですか?
倉敷 クラシコにおいて過去26ゴールのメッシ、過去18ゴールのロナウド。そのふたりを欠きながら今回の一戦は思いがけない大差で終わりました。背景にあったものは監督の采配のみならず、ワールドカップでの消耗と回復、さらに監督人事も含めたフロントワークもあるでしょう。
次のクラシコは2019年3月に予定されています。果たしてその頃の両チームはどんな状況にあるでしょう。偉大なチームは長く停滞しないものです。マドリーがどう復調してくるか楽しみです。また今回は出られなかったメッシのモチベーションにも期待ができそうですね。