蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.44 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.44
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。
今回のテーマは、バルセロナ対レアル・マドリー、「クラシコ」について。ケガで離脱中のリオネル・メッシと、ユベントスに移籍したクリスティアーノ・ロナウドが不在だったクラシコで、何が課題として浮き彫りになったのか。徹底討論しました。連載一覧はこちら>>
メッシ不在でもクラシコで快勝したバルセロナ
――前回に続き、今シーズン最初のエル・クラシコのレビューをお願いします。まずはこの試合で生まれた最初のゴールシーンから振り返っていただけたらと思います。
倉敷 先制点は前半の11分でしたね。イヴァン・ラキティッチから左サイドのジョルディ・アルバにパスが出て、コウチーニョが決めました。これはバルサが1分32秒間にわたって30本のパスをつないだ後に生まれたとても美しいゴールシーンでしたが、小澤さんはこのゴールをどのように見ていましたか?
小澤 先制点が生まれる前の時間帯でも、バルサはジョルディ・アルバとコウチーニョがナチョ・フェルナンデスを引き付けて、ジョルディ・アルバが左サイドの裏のスペースをとるという攻撃を何回も見せていました。結果的にあのシーンでは、中盤でセルヒオ・ブスケツから落としたパスが、フリーだったラキティッチからオーバーラップしたジョルディ・アルバに出たわけですけど、実はその前に伏線となるようなシーンが何度もあったので、マドリーとしては対策を怠っていたと言われても仕方ないと思います。
そもそもバルサがアルバの攻撃力を活かして左サイドから攻撃を仕掛けてくることは分かっていたはずで、フレン・ロペテギ監督がどのようなゲームプランを立てていたのかという疑問が沸きます。実際は何も対策を打ってなかったのではないかと思わざるをえませんし、僕としては開始3分間を見たときにほぼ勝負はついていると感じていました。逆にバルサのエルネスト・バルベルデ監督は、ダニエル・カルバハルが不在で、おそらくアルバロ・オドリオソラではなくナチョで来るだろうと予想していたと思いますし、しかもラファエル・ヴァランが不調なのでマドリーの右サイドを狙おうと考えていたと思います。両監督のゲームプランからして、勝敗が決まってしまったとも言えるでしょう。
中山 それと、このゴールシーンでもうひとつ気になったのは、マドリーの選手の反応の鈍さでした。ジョルディ・アルバからのマイナスクロスに対して、ゴール前にはヴァランとセルヒオ・ラモスが急いで戻っていましたが、カゼミーロ、マルセロ、そしてトニ・クロースはまったくスプリントしていなくて、ジョギング程度の走りでゆっくり戻っているんです。対するバルサは、ルイス・スアレスがニアにダッシュして、その背後にはコウチーニョとラフィーニャの2人もダッシュでゴール前に入ってきています。要するに、その走るスピードの違いによって2人がボックス内で完全にフリーになれたわけです。
そのシーンを見たとき、明らかにマドリーの集中力が欠けていると感じましたし、ロペテギもこの試合に対して選手をマネジメントできていないと思いました。解任濃厚という立場では難しかったのかもしれませんが、試合前に選手にしっかり鞭を入れるべきですし、とくに試合開始早々からマドリーは押されていたので、叱咤するなどしてもっと選手を動かさないといけなかったのではないかと感じました。
倉敷 バルサ側から見れば、メッシ不在でも同じ攻撃のオプションをそのまま使えることがよくわかったシーンでした。
続いて前半30分、スアレスがPKを決め、バルサが2-0とリードを広げるシーンです。クラシコ史上初めてVARが発動されました。このペナルティキックの場面はヴァランのスアレスに対するファウルに対し、審判を務めたホセ・マリア・サンチェス・マルティネスは当初ノーホイッスルでした。しかしVARから連絡を受け、スペインでは珍しくモニターチェックまで行なって最終ジャッジを下しました。
中山 驚きましたね。ラ・リーガではこれまでほとんどVAR判定の際に主審がモニターチェックすることはなかったんですが、やはり世界が注目しているビッグマッチだと真面目に時間を割いてモニターのところまで走って確認するんですね(笑)。
倉敷 普段も真面目なのでしょうが(笑)。
中山 おそらく主審もその作業を省いてしまっているんでしょうね。そんなイメージで見ていたので、今回はファウルの判定云々の以前に主審がモニターチェックに行ったことに注目してしまいました(笑)。
倉敷 この主審は3度目のクラシコ担当でしたが、過去のクラシコでカルバハルを退場させたこともあってより慎重に、と考えたのかもしれません。
小澤さん、これはチャントという文化の話ですが「こういう風にしてあいつらは勝つんだ」というようなビッグクラブに対するやっかみチャントが世界各地にあります。スペインにも「こうやっていつもマドリーは勝つ」というチャントがありますが、VARの導入によって今後はなくなってしまうかも知れませんね。
小澤 なくなりそうですよね。VARによって正しいジャッジが下されることになってくれば、さすがに微妙なシーンを主審が見逃すということが今後はなくなるでしょう。チャントの話で言うと、「アシ・ガナ・マドリー」、つまり「こうやってマドリーは勝つ」というどのスタジアムに行っても謳われているチャントが消えてしまうかもしれませんが、僕らからすると少し寂しい部分はありますね。仕方ないですけど。
倉敷 マドリーの名誉のために付け加えておきますが、VARが導入されたことによる損得をデータで見ればわずか勝ち点1ポイントしか違わない。少なくとも今シーズンはマドリーがジャッジで得をしているという指摘はあたらないわけです。
さて、VAR判定により得たPKはスアレスが決めたわけですが、他愛のない、もしもの話として、もしこのPKをメッシが蹴っていたら決めていた? それとも外して試合に影響を与えていた? どんなことを想像しますか。
小澤 メッシでもPKを決めていたのではないでしょうか。ティボー・クルトワは、マドリーに来てから少しオーラが失われたというか、少し元気がないように見えますし。最終ラインからチームメイトを鼓舞するという点では、まだケイロル・ナバスのほうがいいと僕は思っています。
中山 もしメッシがPKを蹴っていたら、それはスアレスが蹴っていないということになるので、この試合のスアレスのハットトリックもなかったかもしれませんし、後半にスアレスがあれだけのハイレベルなシュートを2本も決められたかどうか怪しいところです。PKの1点によってスアレスが気持ち的に乗った可能性もありますからね。メッシがPKを決めていたら、後半はメッシのゴールショーになっていた可能性は十分にありますし。
倉敷 では後半戦に話題を移しましょう。まず小澤さん、マドリーはシステム変更をしました。これは大きな出来事でしたね。
小澤 そうですね。ヴァランに代わってルーカス・バスケスが入ったので、カゼミーロが最終ラインに下がって3バックにしました。ヴァランが前半で負傷したため、これはロペテギが仕方なく行った采配でした。システムとしては3-5-2ではありますが、中山さん、前線の配置はどう見えましたか? 僕はイスコがトップ下で、ベイルとベンゼマの2トップに見えたので3‐4-1-2だと思いましたが。
中山 前線はベンゼマとベイルの2トップで間違いないと思います。ただ、イスコはこの試合でも前半から自由にポジションを変えていたので、確かにトップ下のようにも見えました。また、クロースとルカ・モドリッチの関係性が横並びではない時間が多かったので、クロースがアンカー、その前方にモドリッチとイスコが位置していたようにも見えました。ただ、その辺りはフレキシブルにやっていたと思います。
小澤 いずれにしても、ここのポイントとしては、マドリーがなぜ3バックにしたのかという部分です。当然これは、前半に自分たちの右サイドをバルサに何度も突破されていた点の修正なのですが、このシステム変更によってマークがはっきりしたと思います。
前半はインナー(中央)に入ってくるコウチーニョを右サイドバックのナチョが見て、ナチョの背後のスペースにジョルディ・アルバが上がってくるところからチャンスを作られていましたが、後半はルーカス・バスケスがウイングバックの位置に入ってアルバにマンツーマン気味で対応したことでそのスペースをケアできました。ある意味、3バックにして守備の局面ではマンツーマンでしっかり抑えようという狙いははっきりと見えました。
また、左に入ったマルセロとルーカス・バスケスのウイングバックが相手のサイドバック、ジョルディ・アルバとセルジ・ロベルトを完全につかみに行ったので、ある程度高い位置でプレッシングがかかるようにはなりました。
中山 そうですね、僕もルーカス・バスケスの起用が大きかったと感じました。彼が右サイドに入ったことで、前半に穴になっていた右のスペースをしっかり埋めることができました。とくに後半立ち上がりの時間帯は、一転してマドリーが中盤を支配するようになりましたし、ボールを奪われても左のマルセロは高い位置を維持しつつ、右のルーカス・バスケスが最終ラインに下がって最終ライン全体を左にスライドさせるので、5バックになることもありませんでした。このシステム変更によってジョルディ・アルバも前半のように前に出て行けなくなりましたし、試合の流れが大きく変わりましたね。
倉敷 その流れの中でマドリーを背負って立つマルセロの魂のシュートが決まります。後半立ち上がりのいい時間帯(50分)でした。この試合でプルバックできたシーンもおそらく最初ですね、このゴールシーンを振り返って下さい。
小澤 マドリーがボールを循環させる中で、最終的にイスコがボックス深い位置に斜めに侵入してマイナスのクロスを入れたという点が、ひとつのポイントでした。バルサはどうしてもディフェンスラインが素早く横にスライド対応してきますので、マドリーは斜めの抜け出しに対して斜めのパスが入って、攻撃でもっとも大きなポイントになる「ニアゾーン」をとってマイナスにクロスを入れた段階でビッグチャンスが確実になったと思います。
ゴール前にはベイルとベンゼマがいましたが、マルセロも左サイドからしっかりゴール前に入ることができたのも、3バックに変更した効果と言えます。最後はマルセロがうまく胸でトラップして、しっかりシュートを決めることができましたね。
倉敷 その後もマドリー攻勢の時間が15分間くらい続きます。バルセロナのバルベルデ監督は失点直後に修正点を選手に伝えていましたが、レアル・マドリーの3バックに対してどのような修正をしたのか、中山さんはどう見ていましたか?
中山 まずベンチから指示した段階では、おそらく相手が3バックに変更したのでまずは様子を見ること、そして自分たちがあまりリスクをかけて攻めるようなことがないように、しっかり相手の狙いを見極めることに集中させたのではないでしょうか。いずれにしても、マドリーのシステム変更によって突然ゲームが動き出したことは間違いなく、今回のクラシコのハイライトは後半開始から約30分間に集約されていたと思います。そこにこの試合の面白さが詰まっていました。
小澤さんが指摘したイスコが斜めに走ってニアゾーンでボールを受けたシーンも、前半には見られなかったプレーでしたし、何もできなかった前半から見事に試合の流れを変えたという意味では、素直にロペテギの采配を賞賛したいですね。
倉敷 ゴールポストを叩いたモドリッチのシュートなど、マドリーはバルサ相手にもいつものように多くの決定機を作り出しましたが、決められない。危惧されていた通り、決定力を欠いたことが重くのしかかります。クリスティアーノ・ロナウドの幻影を見たファンも多いでしょうね。
小澤 モドリッチのポストを叩いたシーン以外にも、ベンゼマのヘディングシュートも決定機でした。そこをきちんと決められないのはマドリーにとっては痛かったと思います。今までは、そういったチャンスを逃さずにしっかり決めてきたことでチャンピオンズリーグ3連覇の偉業を果たしたわけですから。バルサよりシュート本数で上回りながら、逆にカウンターで仕留められてしまっているところが、今のマドリーのチーム実情を象徴していると思います。
倉敷 僕がよく知っている強いレアル・マドリーは自分たちに波が来ている時間帯にマルセロが攻め上がって、コーナーキックをとって、セルヒオ・ラモスがゴール前でひと仕事していました。でもここ数試合のマドリーにはそういったシーンが殆ど見られません。マルセロと並ぶ旗頭であるセルヒオ・ラモスの存在感が薄いのが気になりませんか。
中山 この試合に関しては、最後の失点シーンもセルヒオ・ラモスのイージーミスから生まれたゴールですし、試合を通してパフォーマンス自体が良くなかったし、セルヒオ・ラモスらしさがなかったと思いました。結局、退場することもなかったですしね(笑)。
倉敷 そう、退場はしませんでしたね。そこも話題の一つでした。退場することはないけれど、もっと存在感は示して欲しかったですね。彼もクラシコの顔なのですから。
中山 とにかく後半の立ち上がり10分間で、確かにマドリーはマルセロが1ゴールを決めることができましたが、それ以外にもチャンスを作りながら前線の3人は誰も点をとれなかった。試合を通して見た場合、結局はスアレスというゴールハンターがいるチームとそうではないチームの差になったと言えるでしょう。
もっとも、後半立ち上がりの時間帯でセルヒオ・ラモスやベンゼマのヘディングシュート、それからモドリッチのポストに当たったシュートにしても、結局は指揮官が何か重い荷物を背負った状態で指揮を執っていて、もうすぐいなくなるといったような状態のチームでは、そういったチャンスをものにできないのでしょうね。勝っているときは、そういうチャンスを逃しませんから。
倉敷 メンタルは大きな要素ですね。では、次回は失点した後のバルサの反撃について振り返りましょう。