蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.43 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.43

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。

 今回のテーマは、やや一方的な結果になった、バルセロナ対レアル・マドリー、「クラシコ」について。ケガで離脱中のリオネル・メッシと、ユベントスに移籍したクリスティアーノ・ロナウドが不在だったクラシコを徹底分析します。連載一覧はこちら>>

――今回は、お三方に今シーズン最初のエル・クラシコ、ラ・リーガ第10節に行なわれたバルセロナ対レアル・マドリーを徹底検証していただきたいと思います。

倉敷 まず今回のクラシコはどのような視点から注目を浴びていたのか、その整理から始めましょう。



クラシコで敗戦し、監督が交代となったレアル・マドリー

小澤 選手という視点から見た場合、バルセロナはメッシがセビージャ戦で右腕の橈骨(とうこつ)を骨折して3週間の離脱を強いられていましたので、メッシがいないということが最大のトピックスだったと思います。一方のマドリーは、今シーズンからエースのロナウドがユベントスに移籍しましたので、これまでバロンドールを毎年争ってきたクラシコの2枚看板が、2007年12月以来、約11年ぶりに不在となったことも話題になりました。

 選手目線で見たときの盛り上がりという部分では、少し注目度が下がってしまった印象はありましたね。そもそも彼ら2人は億単位でSNSのフォロワーを集めているほど世界的に注目度の高い選手なので、仕方ない面はあると思います。

 ただ、バルセロナは直前のチャンピオンズリーグのインテル戦で、メッシ不在の中でラフィーニャを起用し、チーム全体がバルサらしくボールを握りながら敵陣に押し込んで相手を圧倒するサッカーをして勝利していました。今シーズンのインテルはルチアーノ・スパレッティ監督がとても強いチームを作っているので、その相手にメッシ抜きで圧勝できたことは大きかったと思います。

 また、両チームの直近5試合を見た場合、どちらも黒星がありましたが、どちらかというとバルセロナの方がやや良い状況でこの試合に臨むことができていたと思います。とくにマドリーは、フレン・ロペテギ監督がこの舞台に立つことすら怪しかったという状況でしたので、ロペテギにとっては崖っぷちに立たされた状況で迎えた大一番でした。従って、ロペテギがどのような博打を打ってくるのか、というところにも注目していました。

中山 現地の報道では、クラシコに勝とうが負けようが、もはや解任されることは確実と言われていましたから、最後の舞台になるかもしれない今回のクラシコでロペテギがどんな采配を見せるのか、僕も注目していました。

 とはいえ、ここまでのロペテギのチーム作りを見ていると、おおよそのメンバーとシステムが予想できてしまうという傾向がありました。基本布陣は4-3-3を採用することがほとんどですし、メンバーも大きく変わらないので、相手にとっては今シーズンのマドリーは予想しやすく、対策を立てやすいチームになっていると思います。昨シーズンまでのジネディーヌ・ジダン監督であれば、対バルサはもちろん、試合ごとにメンバーやシステムを変えていましたが、それと比較するとロペテギはワンパターンという印象は否めません。

 さらに、最大の得点源だったロナウドがいなくなったことに加え、カリム・ベンゼマ、ガレス・ベイル、新加入のマリアーノ・ディアスと、点を獲るべき選手があまり獲れてないという状況がありました。マドリーがそういった得点欠乏症の状態にあったことを考慮すると、当然ですが、戦前の予想はホームということも含めてバルサ有利と見ていました。マドリーは直近のチャンピオンズリーグのブルゼニ戦で勝利を収めましたが、決して内容が良かったわけではなかったので、多くの人がそのように予想していたと思います。

倉敷 では前半から見ていきましょう。小澤さん、マドリーは過去にバルサを苦しめた戦術をいくつか持っています。昨シーズンはオールコート・マンツーマンでバルサを苦しめたので、試合前日の記者会見でもロペテギには「プレッシングはどうするのか?」という質問が出ていました。でも、マドリーは普通に試合に入っていった印象があります。いかがですか?

小澤 普通でしたね。昨シーズンまではロナウドひとりが守備をしないことが許されていたので、カリム・ベンゼマとガレス・ベイルが守備面でもハードワークしていたところがありましたが、今シーズンはその反動なのか、2人の守備が少し緩くなっている印象があります。そうなると、なかなかチームとしてハイプレスというわけにはいかないので、基本的にはピッチを3分割した場合に「ゾーン2」と呼ばれているハーフウェイライン付近のエリアでセットして、バルサにボールを持たせて守備に入るという形をとっていました。

倉敷 中山さん、試合はマドリーがミディアムテンポで入ったことによって、バルサの守備はずいぶん楽でしたね。

中山 そうでしたね。そもそもマドリーも本来は自分たちでボールを保持しないと良い形は作れないチームなのですけど、この試合では中盤の攻防でバルサに圧倒されていましたから、ボールを保持しながら攻めることがほとんどできていませんでした。数少ないチャンスにしても、パスをつないで相手を崩すのではなく、前線のベイルに1本長いパスを出してフィニッシュまで持ち込むといった形に終始していた印象です。とにかく、前半のマドリーは何もなかったというか、厳しい戦いを強いられていましたね。

 一方のバルサは、自分たちの形で多くのチャンスを作っていました。とくにマドリーの右サイドバックのナチョ・フェルナンデスの周りのスペースをうまく活用していて、フィリペ・コウチーニョ、アルトゥール、ジョルディ・アルバの3人で数的優位を作って、開始から面白いようにチャンスメイクしていました。バルサの先制ゴールも左サイド攻撃から生まれましたが、その前にも2回ほど左から大きなチャンスを作っていましたので、ある意味、この先制点はとても論理的なゴールだったと思います。

倉敷 マドリーが右サイドに問題を抱えていたというのは明らかだったと思いますが、ナチョとベイルの関係をどう分析しますか。

中山 この試合ではベイルが守備に戻り切れていないシーンが目立っていました。ジョルディ・アルバがサイドのスペースにスルスルっと出てくるのをベイルも認識していたはずですが、ナチョに指示を出すだけで、自分自身が戻ることをサボっていたように見えました。そこでナチョが遅れてサイドに引っ張り出されてしまうと、当然ですが、簡単にクロスを入れられてしまいます。しかもこういったシーンが頻繁に起こりながら、前半のうちに修正できていませんでした。

 基本的に、マドリーの前線のイスコ、ベンゼマ、ベイルの3人は、イスコが自由に動くことによって試合中に何度もローテーションするのですが、ボールを保持できない試合だと、どうしても守備に回ったときに戻るべき場所までの移動距離が長くなってしまいます。マドリーとしては、こういう劣勢の展開になったときは、ある程度スタートポジションを守りながら守備をセットするといった方法に切り替えるべきだったのではないでしょうか。

倉敷 小澤さん、対するバルセロナですが、チャンピオンズリーグのインテル戦で”メッシ抜き”のレシピをおおよそ完成させていた、ということでしょうか。

小澤 そうですね。メッシがいなくなったことによって、攻撃面ではひとりの力で相手を剥がす、最終的なフィニッシュ局面でゴールを決める、あるいは決定機を作るという部分を引き受けてくれる選手がいなくなったわけですが、その反面、ラフィーニャが入ったことによって、相手にボールを奪われた後の攻撃から守備への切り替えの局面では、全員がボールに対して素早くアタックをかけて、高い位置でボールを奪い返すといったプレッシングが機能するようになったと思います。

 それと、個人的にはキーマンはアルトゥールだと思っていて、この試合でも左インサイドハーフに入りながら、開始早々からルイス・スアレスと2トップのような形をとるように前に出て行って、相手のセンターバックにプレッシャーをかけることができていました。その時は、セルヒオ・ブスケツとイヴァン・ラキティッチがダブルボランチを組む形になるわけです。

 実はこのやり方は、ジダン時代のマドリーがルカ・モドリッチを使ってよく見せていた方法なんです。最近は4-3-3のインサイドハーフが前に出て行って中盤の並びを少し変化させるこの形をうまく使っているチームが増えていて、現在のバルサがその典型で、とくにこの試合の序盤はこの形を機能させていました。逆に、マドリーはモドリッチが前に出て行った時に周りの選手が連動していないので、プレッシングがかからないシーンが目立っていました。

倉敷 ロペテギ監督の解任発表の声明文で「チームには8人のバロンドール候補がいる」と表現したようにマドリーには優秀な選手が数多くいました。ただ、ハイプレスなどロペテギが採用できなかった戦術があるとすれば、コンディションには大きな問題を抱えていたと推察できます。その点はいかがでしょうか?

小澤 そこは間違いなくあるでしょうね。現在のマドリーはケガ人が多くて、この試合でもマルセロが後半途中に負傷交代をしていますし、代わって出場したマリアーノもケガをしました。また、コンディションの部分で言うと、ロペテギ監督が就任したことで新しいアシスタントコーチとフィジカルコーチも一緒に来たわけですが、フィジカルコーチのオスカル・カロがまだ33歳と若くて、その分選手たちになめられないようにと考えたのか、私生活や食べ物など選手にかなり細かくコンディションの部分で強く指導してしまったようで、それに対して主力選手たちから反感を買っていたようです。

 オスカル・カロはまだ30代前半でありながらスペイン代表を率いたロペテギに買われていたほどの優秀な人材だと思いますし、彼のメソッドやコンディショニングは間違いないのですが、やはり選手との信頼関係があってこそのフィジカルトレーニング、コンディショニングです。そこのところで齟齬があったのではないでしょうか。それによって、マドリーの主力のコンディションがあまり上がってこなかったという現象が出てしまったのだと思っています。

倉敷 マルセロが「前のコーチに戻したほうがいい」とコメントしたことも話題になりましたね。コンディションとは関係ないかもしれませんが多くの注目を集めていたのがゴールキーパーを誰にするのか、ということでした。結局、ティボー・クルトワが選ばれましたが中山さんはこの選択についてどう思いましたか?

中山 基本的に、クルトワが加入した今シーズンは、チャンピオンズリーグがナバスで、リーグ戦がクルトワといった起用方法をしていたので、この試合でもクルトワがスタメンになると予想していました。それ自体は悪くないと思いますし、この試合のクルトワのパフォーマンスも好セーブがありましたし、上々の出来だったように思います。

 ただ、これはクルトワだけの話ではないのですが、全体的にマドリーの選手は調子が良くないですね。ラファエル・ヴァラン、モドリッチ、ナチョ、イスコやマルコ・アセンシオもそうですが、トップフォームには程遠い状態にあります。

 やはりW杯の疲労の影響も大きいと思いますし、とくにヴァランが心配ですね。2試合連続で不用意なファールをしてPKを与えてしまっていますし、もともと気持ちが強い選手ではないので、肉体的な疲労がメンタルに悪影響を及ぼしているような気もします。戦術的な要素もいろいろあると思いますが、この試合で問題を抱えたマドリーの右サイドの選手は、いずれも調子が良くない状態だったということも大きかったのではないでしょうか。

倉敷 さきほど小澤さんが指摘してくれたコンディションの問題は、この試合の大きな鍵ですね。ちなみにクルトワはアトレティコ・マドリーとチェルシー時代に過去12回バルサと対戦して20失点。アトレティコ時代だけを見ると、バルサに対してはリーグ戦6試合で0勝2分け4敗という記録が残っています。

中山 バルサとの相性が悪いんですね。

倉敷 相性は悪いです。アトレティコにとってはアウェーゲームでしたが2011-12シーズンに5-0の負け、その翌シーズンも4-1の負け、いずれもキーパーはクルトワでした。アトレティコという守備の強いチームにいながらですからこの数字は意外ですね。

 コンディションの話に戻しますが、W杯の疲労というエクスキューズはベイルとベンゼマには関係ありません。W杯に出場していないのになぜあまり調子がよくないのか? 

中山 開幕直後は2人とも調子が良かったんです。でも、その後に一気に下降線をたどっている印象を受けます。とくにフィニッシュのところですね。ベンゼマはこの試合でも決めなければいけないシーンが2つくらいあったと思いますが、そういう大事なところでシュートがなかなか決まりません。

 近年はロナウドのゴールのお膳立て役というイメージが定着していますけど、彼はもともとストライカーなんですよね。リヨン時代からゴールを決める才能がものすごく高い選手だったんですが、ここ数年はシビアなフィニッシャーの役目をロナウドに任せてしまったことで、本当に決めなければいけないシーンで、ゴールハンターとしての能力が錆びついてしまったのではないでしょうか。錆びを落としてピカピカに磨き上げるまでには、かなり時間がかかるような気がします。

小澤 彼ら2人はロナウドが移籍したことでチーム内の序列が高くなったことにより、少し気が緩んでいるところがあると思います。そこは、僕はロペテギのマネジメントの失敗だと思っていて、彼らがこのチームの顔としてきちんとゴールを決めて結果を出さなければいけない選手であるにもかかわらず、彼らのお尻を叩けなかったロペテギの問題もあったのではないでしょうか。

 この試合のパフォーマンスを見ても、本当だったらこの2人を戦犯に挙げて批判すべきレベルだったと思いますし、実際に彼らは高い給料をもらっているクラックなので、監督もそういうアプローチをすべきだったと思います。また、フロレンティーノ・ペレス会長がロナウド放出を既定路線と考え、自分が好んで獲得したベイルをチームの顔にしたいという願望を長年抱いてきたのだとしたら、会長としてもベイルに対して「もっとしっかりしなさい」と言うくらいでないといけないと思います。

 ただ、ベイルが得しているのは、いまだにスペイン語を満足に話せないので、メディア対応をまったくせず、スペインのメディアも彼からコメントがとれないので叩けないという事情もあります。ミックスゾーンに出てくることすらないですし、まずはクラブや広報の責任ですが、彼がメディアの前に出たくないから逃げている部分はあるんじゃないかと見ています。

倉敷 なるほど。しゃべらなければ叩かれないということですね。参考にさせていただきます(笑)。それでは、次回は得点シーンのところからレビューしたいと思います。