スーパーフォーミュラ選手権の2018シーズン最終戦が10月27日、28日に三重県・鈴鹿サーキットで行なわれた。これまで6戦を終えて、ドライバーズランキングのトップはニック・キャシディ(KONDO RACING)。2位の石浦宏明(JMS…

 スーパーフォーミュラ選手権の2018シーズン最終戦が10月27日、28日に三重県・鈴鹿サーキットで行なわれた。これまで6戦を終えて、ドライバーズランキングのトップはニック・キャシディ(KONDO RACING)。2位の石浦宏明(JMS P.MU/CERUMO・INGING)に4ポイント差をつけて、この第7戦を迎えていた。



最終戦で優勝を果たし、逆転王者に輝いた山本尚貴

 最終戦は優勝者にボーナスポイントがつくため、トップから5ポイント差の3位で追いかける山本尚貴(TEAM MUGEN)も、優勝すれば逆転でチャンピオンを獲得できる。だが、キャシディにポールポジション(ボーナス1点が付与)を奪われると、王座獲得への条件はさらに厳しくなる。逆転でチャンピオンになるために、山本は第1ステップとしてポールポジションの獲得が最重要課題だった。

「今週はライバルのポジションとか、ポイントのことは一切気にしない。考えないつもりです。シンプルに、『自分が勝つことだけ』に集中します」

 金曜日の記者会見に登場した山本は、すでに鋭い眼光を放っていた。

 迎えた土曜の公式予選。キャシディや石浦が落ち着いた様子でマシンに乗り込んだのに対し、山本は終始、険しい表情だった。コックピットに座るとヘルメットのバイザーを閉じ、自分の表情がわからないように周囲の情報をシャットダウンしていた。

 そのときの状況を、のちに山本はこう語っている。

「バイザーを閉じれば、周りとのコンタクトを遮断することができ、『無』になれる。自分の空間を作り出すことができたので、自然と集中力を高めることができた」

 その結果、山本は高い集中力で予選Q1、Q2、Q3すべてのセッションでトップタイムをマークする。0.001秒単位の僅差で争われるスーパーフォーミュラの予選において、山本は最終的に2番手以下に0.3秒近い大差をつけ、今季2度目のポールポジションを獲得した。

 逆転王者へ、まずは第1ステップをクリア。ライバルのキャシディは4位、石浦は11位に終わり、山本に有利な雰囲気が漂い始めてきた。しかし、マシンを降りた山本に喜ぶ様子はまったくない。記者会見でライバルのポジションに対する質問が飛び交ったが、感情を表に出さない姿勢を貫いた。

 実は今週末、山本は勝負どころで最高のパフォーマンスを発揮できるように、ある種の「ゾーン」を自分の空間に作ることを徹底していた。

「本当はファンと触れ合って、ヘルメットをかぶったら(集中する)スイッチを入れられるのが理想です。でも……やっぱり結果が伴わないと、応援してくれる人は増えないし、味方も増えません。今回は自分にハッパをかけている部分も少なからずありました」

 山本は意識的に、無愛想な振る舞いをして自身を奮い立たせることがある。ジェンソン・バトンとともに勝利したスーパーGT第6戦・SUGOでも、チームの雰囲気を壊さないために最後まで感情を表に出すことをしなかった。ただ今回は、さらに磨きがかかっていた。

「先日、スタンレーレディスゴルフトーナメントを観に行く機会があって、プロゴルファーの『自分の空間の作り方』にヒントを見つけました。ゴルフはメンタルスポーツですし、集中力が削がれてしまうと結果が出ない。どれだけ集中して自分の100%を出せるか、それが大事だとあらためて感じました」

 自分の空間にゾーンを作ろうと徹底していたのは、このような学びもあったからだ。

 そして日曜日。スーパーフォーミュラでは決勝レースの前に、ファンをグリッド内に入れる「グリッドウォーク」が開催される。だが、山本はサングラスをかけて周囲とのコンタクトを遮断。ここでも自分の空間に「ゾーン」を作り、ポールポジションの周辺は異様な空気に包まれていた。

 そしてスタートが切られると、山本は抜群のタイミングでトップを死守。ソフトタイヤを履いた前半は好ペースをキープし、後続を引き離しにかかった。これに対し、ミディアムタイヤのキャシディは一時5番手に下がったものの、安定したペースで山本との差を徐々に縮め始める。

 中盤に入ると、山本はブレーキ温度が安定しない問題に悩まされ、ペースをコントロールしながらの走行となった。それに乗じたキャシディは2番手まで浮上し、山本に急接近。その差は一気に縮まり、残り5周で両者の差は2秒となった。

 最後は、山本とキャシディの一騎打ち。優勝したほうが今年のシリーズチャンピオンとなる。最終ラップに入ったとき、両者の差はわずか0.8秒。鈴鹿での最終決戦は、ここ数年で一番の盛り上がりとなった。そして、トップでチェッカーを切ったのは山本。0.6秒差で逃げ切り、今季3勝目を挙げた。

 この優勝により、山本はドライバーズランキングでキャシディを1ポイント上回って大逆転。2013年以来となる2度目のスーパーフォーミュラ王者に輝いた。

「正直、苦しいレース終盤でしたが、ニック(・キャシディ)があそこまで全力で追い詰めてきたからこそ、僕も最後まで気持ちで負けないようにがんばることができました」

 パルクフェルメに戻った山本は、正々堂々と戦ってくれたキャシディのもとへ向かい、健闘を讃えあう握手を交わした。これも、人への気遣いを忘れない山本らしい配慮だ。

「ニックにとって初めてチャンピオンのかかった1戦で、最大のチャンスでした。彼もいろんな期待とプレッシャーを感じていたので、(2位という結果は)ショックだと思います。だけど、『おめでとう』と声をかけてくれて、あらためてニックのすばらしさを感じました。

 その後、ここまで支えてくれたみんなの顔を見たら、感情を抑えることはできませんでした。最高以外の言葉が何も出てこないくらい、特別な瞬間でした。重圧がかかったぶん、その反動で得た喜びがあって……。モータースポーツのすばらしさを、身をもって体感した1戦でした」

 レースが終わるまで閉じていた感情が、最後になって一気にあふれ出た。表彰式で号泣する様は、それまで抱えていたプレッシャーの大きさを表しているだろう。鈴鹿サーキットに訪れた観客からの拍手と声援は、ずっと鳴り止むことはなかった。