第19戦・メキシコGPを4位でフィニッシュしたルイス・ハミルトンが自身5度目の戴冠を決め、大観衆の前でドーナツターンを決めて喜びを表現した。 マシンから降りたハミルトンのところへ、チャンピオン争いに敗れたセバスチャン・ベッテルがインタ…

 第19戦・メキシコGPを4位でフィニッシュしたルイス・ハミルトンが自身5度目の戴冠を決め、大観衆の前でドーナツターンを決めて喜びを表現した。

 マシンから降りたハミルトンのところへ、チャンピオン争いに敗れたセバスチャン・ベッテルがインタビューを早々に切り上げて歩み寄り、声をかけた。

「辞めないでくれよ、僕には君という来年戦う相手が必要なんだから」



ドーナツターンを決めて観衆を沸かせたルイス・ハミルトン

 アスリートは最高の好敵手がいてこそ磨かれ、光り輝く。来季の雪辱を期すベッテルにとって、ハミルトンという当代最強のライバルがいなくなることほど残酷なことはない。

 しかし、自身も4度の王者であるベッテルは、激しい戦いの末に勝利を掴み獲ったその達成感の大きさを知っているがゆえに、ハミルトンが新たな挑戦へのモチベーションを見出すことができず、F1から去ってしまうのではないかという不安を抱いたのだ。

 5度目の王座を獲得したハミルトンは、それを味わうように、この1年を振り返った。

「去年だってすばらしい1年だった。それを終えたとき、どうすれば自身の限界をさらに超え、今まで以上に能力を絞り出すことができるだろうかと考えた。だけど結局のところ、これといった何か特別な方法論なんてない。最良のバランスを見つけ、いい流れを作り上げて、キャリアで最高のレースができたことが、今ここに座っている理由なんだと思う」

 シーズンが始まってみれば、フェラーリはかつてないほどの速さを誇り、これまで絶対王者であり続けたメルセデスAMGをしばしば凌駕した。

 それはハミルトンとメルセデスAMGにとって、これまでになく厳しいシーズンを意味していた。

「今年は本当に厳しい1年だったし、すばらしいバトルに満ちたシーズンだった。これは多大なる努力によって成し得たもので、自分たちの限界をさらに押し上げる本当に大きなチャレンジだった。

 夏休み前のハンガリーGPの時点で、自分たちが最速でないことはわかっていた。しかし、それでも勝つことができたんだ。フェラーリにとっては衝撃的な事実だったかもしれない。

 そしてモンツァ以降はさらに強く、僕らは階段を上がり続けた。このメキシコでだってフェラーリのほうが速かったけど、僕らはそのマシンパッケージを彼らよりもうまくオペレートすることができた。それがポイントだったんだ」

 自分たちの限界を超えること――。そのためにベッテルとフェラーリの存在が果たした意味は大きかった。ライバルが強力だったからこそ、ハミルトンとメルセデスAMGはさらに上を目指し、自分たちの限界を超え続け、未知の領域へと辿り着くことができたのだ。

「今年1年を通して、僕らは何度も試されてきた。最速のパッケージではなく後れを取った週末でも、僕らは自分たちを信じることを忘れずに何かを手に入れ、勝利を勝ち獲ったりしてきた。マシンから特別なラップを引き出したり、特別な時間だと感じたことが何度もあった。本当に魔法のような経験だったと言っていいだろう」

 独走優勝のレースよりも、心が躍るような激しいバトルに満ちたレースのほうがいい。ハミルトンはことあるごとに、そう口にしてきた。今もその言葉に変わりはない。

 そういう意味で、ベッテルとフェラーリが速さを見せ、ハミルトンの牙城を脅かし続けた今シーズンは、ハミルトンにとってタフであると同時に最高の日々だった。

「僕はモンツァで繰り広げたようなレースが好きだ。あれこそが僕が求めるレースだし、ああいう好バトルが毎戦のように繰り広げられれば、僕としてはこんなにうれしいことはない。

 ライバルと直接やりあい、どちらが先にブレーキを踏むか、どちらが速いのか、それを決めるのが究極の競争だと思う。プレッシャーがかかる状況で、いかにメンタルの平穏を保てるかという勝負でもある。僕はそういう競争は大歓迎だし、実際に今年はそういう場面が何度もあった。プレッシャーのなかで、自身の能力を証明してこられたんじゃないかと思っているよ」

 今年、ハミルトンの肉体はさらに磨きがかかっていた。しかし、磨かれたのはそれだけではない。

 ヴィーガン生活を始めた昨年の後半から、今年はさらにトレーニングも進化させ、メンタルにも磨きをかけてきた。ミスが少なく、抜群の安定感を誇ったのは、そのためだ。

「僕自身も今まで以上に身体を鍛え、メンタルも鍛えてきた。そうやってあるべきエネルギーを手に入れ、日々の暮らしのなかで正しいバランスを築き上げたんだ。さまざまな面を鍛え上げることで、僕は今まで以上に優れたパフォーマンスを発揮できるようになった」

 ハミルトンの言う「さまざまな面」とは、サーキットの外での暮らしのことだ。

 世界中をプライベートジェットで飛び回り、ファッションや音楽業界の友人、セレブリティたちと派手な生活を送る。そんなハミルトンの姿に、「アスリートにふさわしくない」と批判の声を上げる人も少なくない。

 しかしハミルトンは、そんなクリエイティブな生活がポジティブな活力をもたらしてくれるのだと言う。もちろん、身体を鍛えるトレーニングはどんな場所にいても欠かさない。マシンから速さを引き出すための技術的な努力も惜しまない。見えないところで努力をするのは、彼にとって当然のことだ。

 その努力をしたうえで、自分の心にプラスになる創作活動や旅にも勤しむ。それが、レースにもプラスに働く。

 たとえば、トミー・フィルフィガー。メルセデスAMGのスポンサーであり、そのブランド確立に対する情熱がハミルトンにも大きな影響を与えたトミー・フィルフィガー本人は、メキシコGPを訪れ、ハミルトンの栄誉を称え、かたく抱き合った。そんなレース外の活動や交友が、ハミルトンのメンタルをさらに強くした。

 それが冒頭の言葉のなかでハミルトンの言う「最良のバランス」であり、今のハミルトンは肉体も精神もこのうえなく充実した状態にあると言える。

「クリエイティビティと向き合うというのは、ネガティブな要素なんてなくて、すべてがポジティブなんだ。僕のやることに対して、人それぞれいろんな意見があるだろうし、批判的なことを言う人もいる。僕だってすべてが完璧ではいられないし、間違ったことを言うこともあるだろう。

 でも、ひとつだけ確かなのは、僕は自分のやりたいようにやるということだ。こんなふうに僕の人生を生きられるのは、僕だけだ。誰にも、それをねじ曲げる権利なんてない。僕は最良の自分であるために、正しいことをやろうとしている。

 自分のなかの異なるマインドに触れるコース外での活動は、ある意味ではレーシングドライバーであることと無関係のように思えるかもしれない。しかし、そうやって脳を刺激し、知識を得ることは力になる。新たな経験は知識となり、旅をすればそれだけ新たな経験と知識を得ることになる。

 僕には、それはポジティブなことにしか思えない。すばらしいブランドを築き上げたトミー(・ヒルフィガー)のような人と触れあうことで、僕は自分自身を刺激し新たなことを吸収しようとしているんだ」

 ある意味でそれは、勝利のためにどこまでもストイックで、常人には理解できない孤高の世界だ。だからこそ、常人は自分の理解が及ばないことに拒絶反応を示し、批判する。

 今季、ベッテルがコース上で何度もミスを繰り返すたびに多くの批判が沸き起こったが、彼ほどのドライバーがマシンを接触させたり、スピンを喫したりというのは、それだけ彼が高いレベルでマシンを操り、極限まで攻めていることの証でもある。

 そして、コース上で同じスピードで競い合うハミルトンは、ベッテルの戦っている次元の高さ、その次元で戦っていれば人間とはミスを犯してしまう不完全な生き物であるということ、そこから立ち上がることで自分を磨きさらに強くなれることを知っている。


ファンに抱えられたハミルトンは

「5度目」をアピール

 だからこそ、ベッテルに対して批判の声が高まったとき、ハミルトンはSNS上でベッテルのことを批判する者たちに苦言を呈した。自分たちの戦っている世界がいかに過酷で高度なものか、それは当事者にしかわからないはずだと。

 それはハミルトン自身が、ベッテルという好敵手がいてくれたからこそ、ここまで成長してこられたのだと、誰よりもよくわかっているからだ。そしてそれは、ベッテルも同じだ。

 メキシコGPの戴冠直後に「辞めないでくれよ」とベッテルに言われたハミルトンには、その思いが痛いほどわかっている。

「彼があれだけすばらしい競争相手でいてくれたことに、心から感謝している。彼のすばらしいスポーツマンシップであり、僕らの間にある互いのリスペクトの念だ。今シーズン、ずっと僕らの間にはそれがあった。

 彼は今日だって、ファンタスティックなドライビングをしていた。フェラーリという名門で、何年も栄冠から遠ざかっているなかで戦うプレッシャーは、ひとりの人間の肩で背負うにはあまりにも重すぎる。

 しかし彼は、どれだけつらい局面に直面してもそこから立ち上がってきた。まさしく今日のレースのようにね。彼が日々強さを増していることも知っているし、だからこそ僕も立ち止まることなく、自分を鼓舞し続けることができたんだ」

 彼らはこれまでになく高い次元で戦い、自らを磨いてきた。そこには、その次元で戦う者にしかわからない世界がある。だからこそ彼らは、互いにリスペクトし合い、互いの存在に感謝する。

 彼がいたからこそ到達することのできた高み。5度目の戴冠を果たしたハミルトンを、4度の王者ベッテルが祝福し、互いが互いを尊敬し求め合う。常人には計り知ることのできない世界が、そこにはあった。