もし、自分が湘南ベルマーレの関係者であれば、残りの15分は試合を直視できなかっただろう。 埼玉スタジアムで行なわれたルヴァンカップ決勝。湘南は1点をリードして勝利を目前にしながら、追い込まれた横浜F・マリノスの猛攻を浴び続ける。次々に…

 もし、自分が湘南ベルマーレの関係者であれば、残りの15分は試合を直視できなかっただろう。

 埼玉スタジアムで行なわれたルヴァンカップ決勝。湘南は1点をリードして勝利を目前にしながら、追い込まれた横浜F・マリノスの猛攻を浴び続ける。次々にエリア内にボールが運ばれ、あわやというシーンを立て続けに迎えた。



ルヴァンカップ初制覇に涙を浮かべて喜ぶ曺貴裁監督

 それでもライトグリーンの戦士たちは、決して屈することはなかった。20歳のレフティがぶちこんだ虎の子の1点を、文字どおり身体を張って守り抜き、悲願のルヴァンカップ初優勝を成し遂げた。

 振り返れば2年前の2016年10月22日、湘南は大宮アルディージャに敗れ、通算4度目となるJ2降格の憂き目にあっていた。

「降格してしまった責任は、選手には1%もない。僕がやらせたことに対する結果として、残れなかったと思っている」

 試合後、無念の表情で試合を振り返る曺貴裁(チョウ・キジェ)監督の言葉は、ひとつのサイクルの終焉を予感させた。

 2012年から湘南を指揮する曺監督は、5年間で2度のJ1昇格を成し遂げた一方で、このとき自身2度目のJ2降格となった。「湘南スタイル」と呼ばれるアグレッシブなスタイルはインパクトを残しつつも、継続的に結果を出すことができない。その責任を感じた指揮官は、この時点で任を退くであろうと思っていた。

 しかし、翌年も指揮を執る決断を下した曺監督はJ2を圧倒的な強さで制して、今季、3度目のJ1へと舞い戻ってきた。その不屈の精神と、選手のやる気を引き出すマネジメント力は特筆すべきであり、指揮官の信念はクラブのアイデンティティを形作るものでもあるだろう。

 もっとも、今季のJ1でも苦戦中だ。残り5試合となったJ1では残留争いに巻き込まれ、予断を許さない状況が続く。一方でルヴァンカップでは快進撃を続け、準々決勝で前年王者のセレッソ大阪、準決勝では柏レイソルを下して、クラブ史上初めてとなるルヴァンカップのファイナルの舞台にたどり着いている。

 曺監督には、グループリーグを勝ち上がった時点で、優勝できる確信があったという。決勝の前にも「優勝するよ、おまえら絶対」と送り出したそうだ。決して選手たちに自信を与えるために言ったわけではない。なにより選手たちの成長を感じていたからこその言葉だった。

 試合を決めたのは、その成長の体現者のひとりである2年目の杉岡大暉だった。東京五輪世代のウイングバックは36分、エリアの外でボールを拾うと、間髪入れずに左足を一閃。「一回思い切ったプレーをしとかなきゃ」という積極性がもたらしたスーパーゴールだった。

 しかし、そのゴールシーンを巻き戻せば、「湘南スタイル」を象徴する前への意識が備わっていたことがわかる。縦パスを入れ、味方がファウルを受けて倒されてもなお、こぼれ球を拾って縦につける。相手に触られふたたびルーズボールとなっても、鋭い出足でまたしてもマイボールにする。足を止めず、プレーを続行する。その縦への連続性が、杉岡の決勝ゴールの呼び水となったのだ。

 立ち上がりから仕掛け続けたハイプレスも、勝利の要因だ。後方からつなぐ横浜FMのビルドアップの精度を狂わせ、高い位置で次々にボールを奪い取った。もっとも、奪っても最後の場面のクオリティを欠き、なかなか決定機に結びつけられなかったことも、逆説的に「湘南スタイル」を象徴しているかもしれない。

「湘南っていうチームはスター選手もいないですし、代表選手がいるわけではないですけど、みんながサッカーに真摯に取り組んで、仲間にも自分にも強い要求をしてここまで勝ち上がってきた。本当に努力の賜物だと思います」

 10番を背負う秋野央樹が言うように、湘南にはひとりで試合を決定づけられるような圧倒的な個性は存在しない。それでも、みんなが同じ目的意識を持って前を向き、ミスをカバーし、決して手を抜くことなく、90分間走り続ける。その自己犠牲の精神こそが、強化な組織を形作る。ひとりのスーパースターがいれば、決して「湘南スタイル」は生み出されなかっただろう。

「いつかは、というのは正直ありましたね。ベルマーレにタイトルをもたらすんだ、という。こんなに早く来るとは正直、思っていなかったですけど、予選を突破したときから行くんだという想いは持っていました」

 今季、浦和レッズから加入した梅崎司は、感慨深げに優勝の味をかみしめた。この日、キャプテンマークを巻いてチームをリードした31歳のベテランは、優勝できた要因を次のように説明した。

「キャプテンとして何か言おうかとか考えたりしてたんですけど、それほど必要なかった。とにかく自分たちらしくできる言葉だったり、行動だったりというのを考えました。そこがよかったのかなと思います。絶対にタイトルを獲らなきゃいけないという義務的な心理ではなかったので、本当に『僕らのサッカーを日本に知らしめよう』ということだけを伝えたし、それがこうやって形になったのかなと」

 湘南の選手たちにとってこの決勝の舞台は、タイトルを獲るためだけに戦っていたわけではない。培(つちか)ってきた揺るぎないスタイルを、多くの人たちに見てもらう、いわばお披露目会でもあったのだ。そこには、自分たちのサッカーに対する揺るぎない自信があるからに他ならない。

 象徴的なのは、ハーフタイムに選手たちに向けられた曺監督の言葉だ。

「お互いを信じあって、我々らしく闘おう。残り45分、楽しもう」

 信頼がなければ、走り続けることはできない。ひとりでもサボれば、成り立たない。そして、自信をもって楽しくプレーできなければ、結果はついてこない。ひたむきに、はつらつと勝利に向かって走り続ける「湘南スタイル」にはチームスポーツの原点があり、だからこそ、その姿に心を打たれる。

 もちろん、筆者は湘南の関係者ではない。でも、本音を言えば、残り15分はハラハラドキドキの連続だった。いつの間にか、「湘南スタイル」に魅了され、心を動かされたひとりである。