標高2250mのメキシコシティで行なわれる第19戦・メキシコGPは、さまざまな要素がいつもとは違うレースになる。富士山の5合目でレースをするのを想像すれば、それがいかに特殊なレースなのかがわかるかもしれない。 気圧が780ヘクトパスカ…

 標高2250mのメキシコシティで行なわれる第19戦・メキシコGPは、さまざまな要素がいつもとは違うレースになる。富士山の5合目でレースをするのを想像すれば、それがいかに特殊なレースなのかがわかるかもしれない。

 気圧が780ヘクトパスカル台と低く、空気は平地よりも実に22%も薄い。だが、普段からフィジカルを鍛えているドライバーたちは、息切れや高山病のような症状に陥ることはなく、「ストレートが長く高速コーナーが少ないので、体力的にはそれほど厳しくない」という。



メキシコGPでは旧型のスペック2を選択したトロロッソ・ホンダ

 もっとも大きな影響を受けるのは、マシンだ。

 空気が薄いぶん、空気抵抗は減る。しかし、発生するダウンフォースも減るため、マシンは滑りやすくなる。どのチームもモナコと同じマキシマムダウンフォースのパッケージで走るが、得られるダウンフォースは超高速モンツァ専用ロードラッグパッケージ以下だという。

 そこでカギとなるのは、脚回り。メカニカル面でいかにしっかりとグリップさせられるかという点だ。

 これについてはレッドブルが自信を見せる。

「ダウンフォース面で大きくパフォーマンスを失うから、メカニカルグリップが重要になる。その点、僕らのマシンは空力面だけでなく、メカニカル面も非常に優れているからね。実際にいつもこのサーキットでは、僕らは他のサーキットよりもコンペティティブだ。恐ろしいほど長いストレートがあるにもかかわらず、僕らが速いのは、そんな理由があるからだ。」(マックス・フェルスタッペン)

 見た目では長いストレートが目立つが、1周のうちの”滞在時間”でいえば、実は1周1分15秒のうちの大半は低速コーナーで過ごす時間だ。つまり、低速コーナーで空力に頼らず、メカニカル性能で速く走ることができるマシンが速い。それがレッドブルなのだ。

「間違いなく、このサーキットで僕らは速い。メルセデスAMGはここでも速いだろうけど、僕らにも十分チャンスはあると思う。ここは低速コーナーが多くて、走っていて楽しいわけじゃないけど、ウチのマシンは低速コーナーで速いからね。標高の影響も、僕らには追い風になる」(ダニエル・リカルド)

 2250mという標高の高さと気圧の低さは、パワーユニットにも影響を与える。

 空気が薄ければ、エンジンに取り込まれる酸素量が減り、燃焼によって発生するパワーが減る。自然吸気エンジンの場合は、22%という気圧の低さがそのまま22%のパワーダウンにつながるが、今のパワーユニットはターボ付きなので、ターボチャジャーで空気を圧縮してやれば、気圧の低さはカバーできる。

「ただし、そのためにはターボの回転数を上げなければなりませんし、それには制約がある。それだけでなく、ターボに関連するさまざまな部分にも影響が出る。そういった制約を考えていくと、通常どおりのパワーを取り戻すところまではいかない、というのが現実です」(ホンダ・田辺豊治テクニカルディレクター)

 現状では、レッドブルが使用するルノーはメルセデスAMGやフェラーリと比べて大きくパワーで劣っており、普通のサーキットでは歯が立たない。しかし、どのパワーユニットもフルパワーが発揮できないメキシコではその差が小さくなるため、レッドブルにとってはこれも追い風になる。

「パワーユニット面でみんながフルパワーで走ることができないから、そのぶんだけパワー差が圧縮されるんだ」(リカルド)

「標高のおかげでエンジンの差は少し小さくなるだろう。メルセデスAMGやフェラーリにとっても楽ではないだろうからね。予選でトップに立てるチャンスがあるとは思っていないけど、決勝ではいい戦いができると思う。オースティン(アメリカGP)よりもいいレースになるはずだ。僕らにとっては間違いなく、このメキシコGPがシーズン終盤戦で最大のチャンスだよ」(フェルスタッペン)

 ルノーは昨年、このメキシコの標高にうまく対応できず、もっとも負荷のかかるターボにトラブルが続発し、大幅にパフォーマンスを抑えた走りをしなければならなかった。昨年はレッドブルのフェルスタッペンがルイス・ハミルトンとセバスチャン・ベッテルのタイトル争いの隙をぬって優勝できたものの、今年はこのような問題は起きないという。

 一方、メルセデスAMGは前戦のアメリカGPで、リアのホイール改修を強いられたこと、決勝前に水タンクを交換したところマシンバランスが大きく変わってしまったこと、そして予選後にリアの最低内圧が上げられてブリスターが起きやすくなったことで失速し、優勝を逃した。メキシコGPでメルセデスAMGが同じ失速を繰り返すとは考えにくいが、彼らもレッドブルには警戒している。

「昨年もフェラーリとレッドブルがトップ3に入り乱れたように、ここではパワーの差が縮まり、レッドブルはそういう条件下で力を見せてくる。今年も力強いライバルになると思う」(ハミルトン)

 その反面、フェラーリはストレートを武器にメキシコGPに自信を見せる。

 アメリカGPでもフェラーリは、コーナリングが速いメルセデスAMG勢に対してストレート速度で上回り、それを武器に予選で0.06秒差に肉薄。決勝ではキミ・ライコネンが優勝をかっさらった。1.2kmというシーズン最長のストレートを誇るアウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスで、それが大きな武器になるだろう、というのがフェラーリだ。

「ひとつ目に、僕らは最高速が速くて、ここは長いストレートがある。そしてふたつ目に、ここではダウンフォースレベルが低い状態で走らなければならない。マキシマムダウンフォースのパッケージでも、そういうフィーリングは得られないんだ。今年の僕らは去年よりもストレートがコンペティティブだし、ここで僕らが最速であることを期待しているよ」(ベッテル)

 メキシコの標高は、中団グループの争いにも影響を及ぼすかもしれない。

 シーズン途中のチーム名称変更で失った前半戦のポイントを足せば圧倒的なランキング4位に位置するフォースインディアの松崎淳エンジニアは、メキシコGPに向けてこう語る。

「このサーキットではエンジンパワーだけでなく、冷却なども含めた総合力が勝負になります。フェラーリはここでも強いはず。ルノーが苦しんでくれることを願っていますが……ここはマキシマムダウンフォースのパッケージでの勝負ですから、我々としては厳しい。とはいえ、中団グループは各チームともそれほど大きな差があるわけではなく、50歩100歩の状態です」

 ルノーとランキング4位を争うハースの小松礼雄エンジニアは、ルノーが手強い相手になるだろうと言う。

「ランキング4位獲得のためには、1台入賞くらいでは十分ではなく、毎戦2台入賞を果たさなければなりません。ルノーは昨年、ここではダメでしたが、彼らが同じミスを繰り返すとは思っていません」

 そのルノーは前戦アメリカGPで6位・7位入賞を果たしており、コース特性の似たメキシコGPでも好走を見せられるはずだと自信を見せている。

「去年のような問題が起きるとは思っていないよ。ドイツGP以降は長らくタフなレースが続いていたけど、オースティンでは久しぶりに本来のパフォーマンスを発揮することができた。計算上、ここはコース特性がCOTA(サーキット・オブ・ジ・アメリカズ)に似ているし、我々にとっては空力パッケージも似たようなものなんだ。だから、ここでも好走ができると期待している」(ニコ・ヒュルケンベルグ)

「ここ数戦の苦戦から、僕らはレース週末に対するアプローチを考え直したんだ。オースティンではそれが功を奏したといえる。それと、ウチのクルマが得意な低速コーナーが多く、パワーセンシティビティが少し低くてクルマに合っていたということもある。そういう意味では、メキシコもパワーセンシティビティが低く低速コーナーが多いから、ダブル入賞が可能なサーキットだよ」(カルロス・サインツ)

 そんななかで、トロロッソ・ホンダはどう戦うか。マシンパッケージとしては、アウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスと相性が悪いわけではない。

「コース特性自体は、僕らのマシンに合っていると思う。いくつかのビッグブレーキングがあり、低速コーナーも多い。(空気が薄く)ドラッグが少ないから、マシンの空力効率がそれほど求められないということもある。

 なかには他よりも大きくパフォーマンスを失うエンジンもあるだろうし、冷却面で厳しくなるから、その影響も出てくる。ブレーキの冷却も通常以上に求められる。エンジニアが対処すべき要素が非常に多いから、興味深いね。エンジニアたちが高地に対してしっかりと対応できれば、コンペティティブな走りができるし、チャンスがあると思うよ」(ブレンドン・ハートレイ)

 ただし、アメリカGPで投入したスペック3改のうち、ピエール・ガスリー車のほうは同じ時期に製造された個体がベンチ上で壊れ、同じ問題をはらんでいる可能性があるため、ここでは新品を投入して残り2戦に向けてストックを作っておくことになった。そのため、ガスリーは最後尾からのスタートを強いられる。

 田辺テクニカルディレクターによれば、「モノによってはかなり早い段階で壊れ、もう1戦決勝を走り切れるかどうかというレベル」だといい、そのリスクは避けた格好だ。

 ハートレイはペナルティを免れたが、本来の計画よりも前倒しで投入したスペック3は未完成な部分もあり、メキシコGPの特殊なコンディションに対するセッティングを行なう余裕がないため、ホンダは2台ともに熟知したスペック2で戦うことを決めた。

 トロロッソのジョナサン・エドルスによれば、スペック3とスペック2の差は、「予選Q3進出と17位に終わるくらいの差」だといい、かなり大きい。前述のとおりフルパワーで走れないメキシコでは、それよりも差が小さくなるとはいえ、スペック2では厳しい戦いを強いられることになるだろう。

 アメリカGP後に報じたスペック3のマイレージ問題に加えて、メキシコでは高地に対する対応という点でも、メキシコシティの標高の影響を受けてしまった。

 チームによってさまざまな事情を抱えながら、メキシコシティの特殊なレースが幕を開く。