Tリーグ・日本生命レッドエルフ総監督 村上恭和インタビュー「私にとっては久しぶりの大舞台。そりゃあ、わくわくしていますよ」 10月25日、Tリーグ女子開幕戦でTOP名古屋と対戦する日本生命レッドエルフの総監督を務める村上恭和(やすかず)…

Tリーグ・日本生命レッドエルフ総監督 村上恭和インタビュー

「私にとっては久しぶりの大舞台。そりゃあ、わくわくしていますよ」

 10月25日、Tリーグ女子開幕戦でTOP名古屋と対戦する日本生命レッドエルフの総監督を務める村上恭和(やすかず)は、そう言って笑顔に勝負師の顔をにじませた。日本生命を日本リーグの常勝チームに育てあげ、オリンピックでは女子代表監督として2012年のロンドン五輪、2016年のリオデジャネイロ五輪と2大会連続で日本を団体戦メダル獲得に導いた名将は、どんな未来をTリーグに重ねているのだろうか。




早田ひな(左から2番目)、平野美宇(右から2番目)らを擁するレッドエルフ

――Tリーグがいよいよ開幕します。女子の開幕ゲームに臨む心境から聞かせてください。

「オリンピックで味わったようなドキドキ感を味わえたら最高ですね。対戦相手はTOP名古屋ですが、うちのチームには平野美宇と早田ひなの高校生コンビに、石垣優香や前田美優、森さくらという日本のトップ選手がいますから、もちろん勝利をつかみにいきます。何より、会場に来てくださったお客さんが卓球の魅力を堪能できるゲームをお見せしたいですね」

――日本生命は日本リーグの強豪チームでした。Tリーグへの参戦を決めた最大の要因はなんでしょうか?

「日本生命を率いて30年近くになりますが、日本リーグの前後期あわせて計58シーズンに出場して、31回の優勝を果たしました。個人的にはそうした結果に満足感もありましたし、不適切な表現かもしれませんが、『もう十分に役割は果たしかな』と。そんなときに日本卓球界をさらに発展させるためのリーグができるのですから、これまでの卓球界を支えてきたトップチームとして参加すべきだと考えました」

――村上総監督の世代の卓球人にとって、日本に卓球のプロリーグが誕生すること自体に、特別な感慨があるのではないですか。

「私たちの世代が中学の部活で卓球を始めたころは、卓球のプロリーグなんて想像もできませんでしたからね。松下浩二チェアマンと最初にプロリーグの構想について話しあったのは、確か2007年の世界選手権ザグレブ大会のときだったと記憶しています。あくまで個人的なやりとりでしたし、当時はまだ夢物語だったプロリーグ構想が現実味を帯びてきたのは、2012年のロンドン五輪で女子代表が銀メダルを獲ってからだと思います。

 それまでは世間で知られている選手は福原愛だけでしたが、メダルを獲って平野早矢香や石川佳純たちの名前も広く知られるようになった。第3代国際卓球連盟会長で、卓球を五輪種目にするために尽力された荻村伊智朗さんが『オリンピックでメダルを獲れば、日本の卓球界は変わる』とおっしゃっていましたが、その通りになった。

 日本リーグを30年続けても観客は増えませんでしたが、ロンドン五輪に続き、4年後のリオ五輪でも女子が団体戦で銅メダル、男子も水谷隼がシングルスで銅メダル、団体で銀メダルを獲って、世間の注目度が劇的に変わった。そうしたなか、2020年の東京五輪を迎える前にTリーグがスタートするのは、最高のタイミングだと思います」

――それはどんな理由からですか。

「東京五輪でメダル獲得が期待される卓球の人気は、2020年まではかなり盛り上がっていくことが予想されます。でも、オリンピックが終われば、必ずその熱は冷めていく。そのときに受け皿となって卓球界を支えるのが、Tリーグです。Tリーグをスタートさせるなら、祭りの後の受け皿として、東京オリンピックの前に作っておくべきだとずっと考えていました」

――リオ五輪後に女子代表監督を退かれたとき、村上総監督は「これからは自分がやりたかったことに専念したい」と語っていました。そのやりたかったことと、Tリーグの理念はつながっているのでしょうか。

「つながっています。私が残りの人生をかけてやりたかったことは、ジュニア世代の育成と卓球の普及活動です。Tリーグは参戦する条件として、2年以内に6歳以下の子どもたちを育成するシステムを構築するよう各チームに求めています。6歳以下というのはこれまでになかったカテゴリーですが、私たちがすでに始めている全国の幼稚園・保育園に卓球台を贈る取り組みは、そのままTリーグのジュニア育成の構想につながっていきます」

――昨年3月に設立した一般社団法人「卓球ジュニアサポートジャパン」の事業ですね。発足時の会見では、全国1000カ所に子供用に開発されたオリジナルの卓球台を寄贈したいということでしたが、現段階で事業はどれぐらい進んでいますか。

「これまでに南は沖縄の石垣島から、北は北海道の幼稚園や保育園に約160台を贈りました。Tリーグの条件と照らして言えば、日本生命レッドエルフの地元である大阪・泉州地区では貝塚、岸和田、熊取町の幼稚園や保育園に計26台贈っています。貝塚には公立の保育園が11施設あるのですが、日本生命の選手やコーチによる巡回指導も行なっています。

 最近は2週間に一度、うちのコーチが保育園の保育士さんたちにも卓球を指導しています。プロの指導者がいなくても、幼稚園や保育園の現場で保育士さんたちに子どもたちと卓球を楽しんでほしいからです。今は地元の貝塚だけの試みですが、目標としている全国1000カ所に同じような取り組みが広がれば、卓球の裾野はかなり広がっていくと思います」

――そうなれば、明らかにこれまでとは違う育成の環境がうまれますね。

「とにかく、卓球という競技にふれる入口を充実させることが重要です。福原愛の活躍を見て、伊藤美誠や平野、早田の”高校生トリオ”が頑張ったように、これからはTリーグで活躍する選手たちの姿を見た子どもたちが『ああいう選手になりたい』と憧れるし、お父さんやお母さんたちも子どもに卓球をさせたいと思うようになるでしょう。そうしたとき、両親や身近な人に卓球のプレー経験がなくても、幼いころから卓球の適切な指導を受けられる環境があれば、そうした子どもたちにもトップ選手になれる可能性が広がっていきます」

――日本生命レッドエルフの練習コートを見ると、早田選手や森選手といったトップ選手と同じコートで、小学生の女の子たちも練習していますね。

「あの子たちは来春から中学にあがって、体育館に併設されている寮で生活しながらこのコートで練習を続けます。今は他府県からスカウティングしていますが、地元でのジュニア育成の環境が整えば、将来は貝塚生まれの日本代表選手が誕生するかもしれません。トップの勝ち負けだけを意識するのではなく、育成システムの根っこのところからひっくり返していかないと、本当の意味で中国を越えることはできません」

――そうした展望の一方で、世間のTリーグに対する認知度が低いという指摘があります。

「確かにメディアへの情報発信も少ないようですし、参加チームとTリーグ機構との連携もスムーズとはいえない状況かもしれません。開幕してからも、いろんな形で壁にぶち当たることもあるでしょう。でも、1年目にダメだったところがわかれば、次から変えていけばいい。そのあたりは臨機応変に対応すればいいと思います」

――世間が最も注目する東京五輪の代表選考は、ワールドツアーの獲得ポイントによる世界ランキングをもとに決められます。Tリーグでの成績がまったく反映されないことも、新しいリーグの求心力を弱めているような気がします。

「代表選考についても、2024年のパリ五輪から見直しも含めて検討していくべきだと思っています。中国は国内の超級リーグでの成績が選考基準の1つで、ナショナルチームに入っている選手は1チームに2人までしか所属できない規定もある。個人的には、国内リーグでの成績を選考基準のひとつに入れるべきだと思います。選手たちはプロになってもお金だけを求めるわけではありませんから」

――新たな歴史の1ページ目となる開幕試合ですが、舞台は両国国技館です。試合前のセレモニーを含めた演出にも注目している人は多いと思います。

「私自身もサプライズ的な演出を楽しみにしています。これまでの体験でいえば、2013年にパリで開催された世界選手権の男子シングルス決勝の前に行なわれたエキジビションマッチがすごく印象的でした。地元フランスのジャン=フィリップ・ガシアンとジャン=ミッシェル・セイブが登場し、20年前の1993年世界選手権の決勝を再現したんです。あのときの感動を超えるような演出を期待していますし、両国国技館で卓球の魅力がつまった素晴らしい時間を多くの人と共有したいですね」