ブレンドン・ハートレイにとって、今週末は人生で初めて「F1で2回目」のサーキットで戦うレースになる。 ル・マン覇者でありWEC(世界耐久選手権)王者としてポルシェのワークスチームで戦っていた彼は、1年前のここでトロロッソのドライバーに…

 ブレンドン・ハートレイにとって、今週末は人生で初めて「F1で2回目」のサーキットで戦うレースになる。

 ル・マン覇者でありWEC(世界耐久選手権)王者としてポルシェのワークスチームで戦っていた彼は、1年前のここでトロロッソのドライバーに指名され、急転直下のF1デビューを果たした。



ブレンドン・ハートレイは昨年のアメリカGPでF1デビューした

「去年ここでデビューを果たして、初めてスターティンググリッドに並んだときは、とても特別な気分だったよ。とにかくすごくハッピーだった。

 ここで初めてF1マシンをドライブしたときのことも忘れられない。セクター1の高速セクションでは、首が右に左に引きちぎられそうだったよ(笑)。あのときは初めてのF1で、週末の間に学ぶことがものすごく多くて本当に大変だったけど、それもいい思い出だ」

 リザルトは決して派手ではないが、この1年間でレーシングドライバーとして大きく成長できたと、ハートレイ自身は実感している。

 技術的なことでいえば、温度に敏感なピレリタイヤの扱い方が話の中心になる。しかし、F1はそれ以外にもメンタルという大きな要素が必要だったと、この1年間を振り返る。

「ピレリタイヤの扱い方というのが一番のチャレンジだったし、新しいチームでイチから仕事のやり方を学んでいくのも簡単なことではなかった。だけど、F1でのプレッシャーとの戦い方は、僕が今までいた世界とは一線を画すものだった。

 F1では常に大きな注目を浴びているし、必要以上のプレッシャーがのしかかる。そんななかで自分の仕事に集中し、自分自身の能力を最大限に発揮するのは簡単なことではなかった。レーシングドライバーとしては大きく成長することができたと思う」

 ハートレイが語る「プレッシャー」には、当然、シートを巡る噂も含まれる。来季のシートはおろか、シーズン途中に交代なのではないかという噂が、シーズン序盤から流れる異常な状況だった。

 結果的に代役のドライバーは見つからず、ハートレイに余計なプレッシャーを与えただけだったが、来季のシートを巡ってふたたびハートレイは厳しい状況に立たされている。ライバルと思われたドライバーが次々と12月に開幕するフォーミュラEへの転向を明らかにする一方で、トロロッソ・ホンダは今季のF2選手権で2位につけるタイ人若手ドライバー、アレックス・アルボンと交渉しているという噂が流れてきた。

 そんな数々のプレッシャーと戦うことで強くなれたのだと、ハートレイは語る。

「タフな状況は人間を強くする。シーズン序盤にシートを失うという噂が出たとき、あれで僕は強くなった。ああいうことにどう対処すればいいのか、ということを学んだ。僕はシーズン中盤にマインドを変えたんだ。以前よりも、もっと自己中心的になるべきだと思った。

 F1はマシンをドライブするだけではなくて、コース外でもいろんなことが進行している、ものすごく複雑な世界だ。だから、マシンを自分好みにセットアップする方法や、周りの人間からできるだけ多くを引き出す方法も学ばなければならない。外から見えない部分も含めて、自分の時間の使い方なども、もっと自己中心的にすることで、重要なことにもっと集中すべきだと思ったんだ。

 それによって、僕は大きく成長することができたと感じている。WECのときに比べて、格段に強いドライバー、強い人間になれたと思う」

 ハートレイは人間として強くなり、ドライバーとして速さを増した。

 ただ、シーズン中盤戦はトロロッソ・ホンダがパフォーマンスを落とし、2台ともに入賞ができない低迷が続いた。そのことが、ハートレイの成長を見えづらくしていたのかもしれない。

「信頼性や運など、僕の力ではどうすることもできないことで失ったレースも多かったし、レース戦略も僕の望みどおりにならなかったこともあった。過去に1周目の混乱に巻き込まれたのは自分のミスとは言わないけど、正しくない時に正しくない場所にいたことで起きたわけで、振り返ってみれば1周目の戦い方はもっと改善の余地があったとも思う。

 でも、僕自身のペースや安定性はシーズンを経るごとにどんどんよくなっていった。ただ、それに反してシーズン中盤戦はチームが力を落としていて、ポイント獲得のチャンスがなかった。それが残念だね」

 日本GPでは自己最高の予選6位を獲得し、いよいよハートレイの番かと思われたところで、決勝は大きくつまずいてしまった。

 チームはレース後のデータ解析を行なった結果、マシンセットアップが空力偏重で予選に偏りすぎていたと分析している。高速コーナーを速く走るためのセットアップは、予選で速さを見せた反面、決勝ではタイヤに厳しいマシンにしてしまったのだ。

「僕らは高速コーナーが多い鈴鹿に対して、セットアップの方向性を少し変えたんだ。鈴鹿は路面が比較的スムーズだということもあった。それがタイヤマネージメントに影響を及ぼしてしまったんだ。

 僕もピエール(・ガスリー)もタイヤ温度を正しいウインドウに収めることができなくて、タイヤを長く保たせることができなかった。空力性能を追い求めたがゆえに、決勝でのタイヤマネージメントを苦しくしてしまった」

 その点はしっかりとデータを分析し、対策を施してアメリカGPの週末に臨んでいる。

 さらにフロントウイングやフロアなど、待望のアップグレードが完成して持ち込まれた。ただし1セットしか完成しておらず、この新パーツはピエール・ガスリー車に搭載されてデータ収集と確認作業が進められる。テストドライバーのショーン・ゲラエルがフリー走行に出走することになっており、サーキット・オブ・ジ・アメリカズ未経験のガスリーではなく、2年目のハートレイのほうが1セッションを譲ることになっているからだ。

 日本GPでは大きな進歩を見せたホンダのスペック3パワーユニットだが、この1週間でデータ分析とベンチテストでのさらなるセットアップ熟成が進められ、オースティンではさらにパワーが増す見込みだ。

「今回はHRD Sakura主体でやってきました。最初は(日本GP後にそのまま残って)トロロッソのエンジニアにも助けてもらいながらやりましたね。まだ最終確認を続けているような状況ですが、きちんと全体をもう一度見直して、モード(の中の一部)でどうこう対処ということではなく、根本から見直しをかけてちゃんと走れるように準備してきました」(ホンダ・田辺豊治テクニカルディレクター)

 ただし、日本GP後に見つかった問題に対処するため、ホンダはスペック3に対策を施差なければならず、アメリカGPには2台ともに対策品の新スペックを投入することになった。そのため。2台ともグリッド降格ペナルティで最後尾からのスタートが義務づけられる。

 残りわずかなチャンスで自分の実力を示さなければならないハートレイにとっては、決して楽な状況ではない。レッドブルもトロロッソもホンダもガスリーも、来季に向けたテストと割り切ることができるが、ハートレイにはそんなことを言っている余裕はない。

 それでも鈴鹿の予選のようにふたたび好走を見せれば、来季のシート確保へとまた一歩近づくかもしれない。まさに正念場のハートレイだが、レースに臨むアプローチは何も変わらないという。

「僕は来年の契約をレッドブルとの間で結んでいるので、僕としては目の前のレースに集中するだけだ。開幕から3戦後はチーム内で僕のポジションに疑問符がつくような状態だったし、正直言ってアスリートとしては馬鹿げた状況で理想的ではなかった。

 でも、僕はそれによって強くなれたし、今シーズンはずっとそのなかで戦ってきたんだ。目の前のレースで自分自身の能力を最大限に発揮すべく、全力を尽くすだけだよ」

 初めてとなる「2年目のサーキット」で、F1の波に揉まれて強くなったハートレイはどんな走りを見せてくれるのだろうか。