2018年のタイトル争いは、いよいよ佳境を迎えた。 というよりも、ルイス・ハミルトンのタイトル決定が目前に迫っている、と言ったほうがいいかもしれない。早ければ次の第18戦・アメリカGPで、自身5度目の戴冠が決まる可能性が出てきたのだ。…

 2018年のタイトル争いは、いよいよ佳境を迎えた。

 というよりも、ルイス・ハミルトンのタイトル決定が目前に迫っている、と言ったほうがいいかもしれない。早ければ次の第18戦・アメリカGPで、自身5度目の戴冠が決まる可能性が出てきたのだ。



タイトル争いで厳しい状況に追い込まれたセバスチャン・ベッテル

 オースティンでハミルトンがセバスチャン・ベッテルより8点以上多く獲得すれば、タイトルが決まる。ハミルトンが優勝すれば、ベッテルは3位でもタイトル決定を阻止することができないのだ。

 21戦で争われるシーズンの中間地点であった第10戦・イギリスGPを終えた時点で、フェラーリのベッテルがランキング首位に立っていたことを覚えている者は、もう少ないかもしれない。

 シーズン前半戦、フェラーリは速かった。

 しかしそれは、メルセデスAMGが自分たちのマシン性能をフルに引き出せていなかったからだ。今季のF1は中団グループもそうだが、チーム間の差が極めて小さく大接戦だ。ほんのわずかな差で順位が大きく変わってしまう。メルセデスAMGがタイヤをうまく理解できず、常にマシンポテンシャルをフルに使い切れなかったことが、フェラーリにとって追い風になった。

 メルセデスAMGのトト・ウォルフ代表はこう語る。

「フェラーリはスパで非常に強力だったし、我々自身は当初の目標値どおりのパフォーマンスを発揮することができなかった。あれ以来、我々は毎戦のようにアップデートを投入し、マシンパッケージを最適化し続けてきた。

 そして、タイヤとともに空力がどのように機能するのかを究明して理解し、ドライバーが気持ちよく自信を持って走ることができるマシンに仕上げた。そのおかげで、モンツァ、シンガポール、ソチと我々は大きく前進することができ、鈴鹿も含め、特性の大きく異なるサーキットのいずれでも、優れた性能を発揮するマシンに仕上げることができたんだ」

 ハミルトンは、モンツァでマシンのフィーリングが大きく向上し、あれがターニングポイントだったと言う。マシンの空力アップデートもさることながら、空力とタイヤの使い方のマッチングを理解することが大きな進歩につながったと。リアブレーキの熱をホイール内側に逃がし、タイヤを内側から温めるブレーキドラムカバーなど、細かなアップデートはこれに応じたものだった。

「シーズン中盤戦を迎えたころ、僕らはまだマシンのことがきちんと理解できず、タイヤの使い方がはっきりと掴めないでいた。しかし僕らは、このマシンのことを解明したんだ。エンジンが向上し、空力効率が向上し、マシンのスタビリティも向上した。

 そして何より、僕らのマシンに対するフィーリングが向上した。モンツァで今シーズン最高の仕上がりになった。あれがターニングポイントだったね。今の僕らはマシンの持っている力が100だとすれば、僕らは102を引き出しているような状態だ」

「パワーでは依然としてフェラーリがやや上回っている」とウォルフは言う。しかし、ベルギーGPから投入されたスペック3でその差はかなり縮まったという。

「フェラーリのパワーユニットは非常にパワフルだし、我々の目標だ。今もパワーとストレートライン速度で向こうがアドバンテージを持っている。ただし、シーズン序盤や中盤ほどの差はなくなっている。その理由はわからない。我々がスペック3でパフォーマンスを向上させたことも事実だが、それはひとつのピースでしかない」

 フェラーリの速さが失われたというよりも、後半戦に入ってからのメルセデスAMGの進歩がすさまじかった。

 フィアット会長のセルジオ・マルキオンネが急逝して以降、フェラーリ内部ではお家騒動が勃発しているという。事実、首脳陣は次の政権を巡って、政治的な駆け引きを繰り広げているようだ。

 テクニカルディレクターを務めるマティア・ビノット自身がその渦中にあるだけに、その余波でマラネロ(フェラーリの本社工場)は技術的な方向性を見失ってしまっているのではないかとの見方もある。しかし、ベッテルはそれを否定する。

「技術的な方向性を見失っている、ということはないよ。マシンは着実に進歩し続けているし、計画どおりに開発も進んでいる。ライバルと比べてどうかは別として、僕ら自身はあるべき地点に到達できているし、望みどおりのところにいるんだ。

 僕らのマシンは優れたマシンだけど、シーズンを通して一度たりとも圧倒的な最速のマシンだったとは思わない。予選でも決勝でも接戦だし、スパのように勝ったレースでも予選で前にいたわけではなかったしね」

 その一方で、フェラーリは自分たちのミスによる取りこぼしが目立った。フランスGP、ドイツGP、イタリアGP、日本GPと、ベッテルの接触やクラッシュによるロスが目立つ。

 接触自体は、僅差のなかでのバトルだけに仕方がない。マシンの速さが格段に増した現行レギュレーション下では、ひとたび限界を超えれば、これまでとは比べものにならない速さでマシン挙動はブレイクするため、どんなドライバーでも対処は不可能だ。

 問題は、ベッテルがそこまでプッシュしなければならない、コース上でリスクを冒さなければならない状況をフェラーリが自ら作ってしまっていることだ。レース戦略の拙(つたな)さのせいで、ウェットコンディションでも焦ってプッシュしなければならなかったドイツGPがその最たるものだろう。

 また、チームプレイを徹底していればモンツァ1周目の接触も避けられたし、日本GPでは予選でギャンブルをする場面ではなかったにもかかわらず、タイヤ選択ミスを犯して後方グリッドからの追い上げを強いられたことが接触につながった。

「最悪だったのは、ドイツGPだ。ただ、もっとも重要なのは、何が起きたのかがきちんと理解し、説明できることだ。もちろん、勝ちたかったよ。でも、くよくよ悩んだりはしていない。過去に目を向けず、そこから学んで二度と起きないようにすれば、あとは前を向くしかないんだ。

 たしかに、ここ数戦はタフなレースが続いているよ。もっといいところにいられたはずだった。そうなってしまったのには理由がある。それを理解したのなら、僕らは前を向いて戦い続けるしかない」

 ベッテルはそう語るが、フェラーリはミスを犯し続けている。日本GPでも、本当にベッテルのタイトル挑戦を援護するなら、キミ・ライコネンにスローダウンさせて、ひとつでも上の順位でベッテルをフィニッシュさせるべきだった。だが、その指示が出されることもなかった。

 過酷な戦いのなかで、一度のミスは仕方がない。メルセデスAMGとてオーストリアで戦略ミスを犯して勝てたはずのレースを失ったが、彼らの強さは失敗から学び、徹底的に自分たちを強化しようと努力することだ。

 しかし、フェラーリにはそれがない。失敗を繰り返したことで、フェラーリは第10戦・イギリスGP以降の7戦でわずか1勝。6勝を挙げたハミルトンが、気づけばベッテルに67点ものリードを築き上げていた。

 メディアやファンに対して非常にオープンで、自分たちのミスまで含めてしっかりとありのままに語るメルセデスAMGと、ファン対応やメディア対応は最小限に抑え、内に籠もろうとするフェラーリ。自分たちの弱さと向き合い、認めることで強くなっているメルセデスAMGと、政争のなかでミスを認めれば首が飛ぶため、ミスから眼を逸らして外に向けても口をつぐむフェラーリという、その正反対の姿勢にチームのあり方がはっきりと表れている。

 メルセデスAMGは一切の油断なく、タイトルへと着実に近づいている。ロシアGPでチームオーダーを発令し、バルテリ・ボッタスにハミルトンへ勝利を譲らせたのも、彼らの徹底したタイトルへの執念ゆえだ。ウォルフは語る。

「もし最後に5ポイント差でタイトルを逃したら、私は、タイトルよりも目の前のバルテリの結果を優先した地球で一番の大馬鹿者になるだろう。

 2007年、残り2戦の時点で、ルイスは今のポイント制に換算して45ポイントのリードを持っていたんだ。しかし、彼はタイトルを逃した。2戦で45点を逆転されることなど、誰が想像する? あり得ないと思うだろう。しかし、レースは日曜の結果で決まる。必ずしも最速のクルマが勝つとは限らない。

 今年の中盤戦もそうだった。我々は決して最速ではなかったが、それでも何勝も勝利を手にしたんだ。リードなど一瞬にして消える。外から見ればそんな風には見えないだろうけど、我々はそれがモータースポーツの恐ろしさだと思っている。何が起きてもおかしくない世界なんだ。だから、我々は手綱を緩めないんだ」

 今のメルセデスAMGとハミルトンに、連覇へ向けた綻(ほころ)びはない。ハミルトンが言うように、今シーズンのターニングポイントは、とうの昔に通り過ぎてしまっていたのだ。