オーナーズファイル(6)エリオット・マネジメント/ミラン() 誰もが予想したように、それは失意のうちに終焉を迎えた。…

オーナーズファイル(6)
エリオット・マネジメント/ミラン

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 誰もが予想したように、それは失意のうちに終焉を迎えた。



新オーナーのもとでシーズンをスタートさせたミラン photo by Getty Images

 2016年にミランがリー・ヨンホンに買収されるという報道が流れたとき、ロッソネーリ(ミランの愛称)は中国人富豪の手に渡るものと思われた。

 リーの素性はほとんど知られていなかったものの、シルビオ・ベルルスコーニ元イタリア首相が保有する会社、フィニンベストは7億4000万ユーロ(当時のレートで約976億8000万円)でこのミステリアスな中国人ビジネスマンにクラブを売却することで合意。しかしながら、リーの総資産について疑いが持たれ、虚偽の銀行書類が発見されると、契約の締結までに時間を要した。

 その後、アメリカのヘッジファンド会社、エリオット・マネジメント(EMC)がリーに約3億ユーロを貸し、2017年4月になんとか売却が成立。ただし最終的には、この借金がリーのオーナーシップを短命で終わらせることになる。

 のちに『フィナンシャル・タイムズ』と『ニューヨーク・タイムズ』が報じたところによると、リーが語っていたことはすべて偽りの可能性がある。他人の名義で登録された複数の会社が連なる彼のオフィスはもぬけの殻で、家賃も滞納していたという。リーは常々、「巨額の資産を保有している」と主張していたが、中国の複雑なビジネス環境と厳しい規制のもと、彼がいかに資金を国外に持ち出すのかが懸念されていた。

 それでもリーは、クラブ買収後に総額1億5000万ユーロ超を投じて新戦力を獲得した。しかし、ミランのピッチ上のパフォーマンスは上がらず、ピッチ外では財政悪化が表面化。UEFAはファイナンシャル・フェアプレー規則(移籍金や人件費などの支出が収入を上回ることを禁じる規則)に抵触するとして、ミランの欧州カップ戦出場権を剥奪した。

 さらに、EMCからのローンの一部返済時期が迫ると、リーは3200万ユーロを用意できなかった(ローンの利息は年率11%と高額で、リーは現在、総額約4億ユーロの負債を抱えている模様)。結果、クラブは再び競売にかけられそうになったが、2018年7月にEMCがミランの経営権を握ることになり、新たなオーナーがまた誕生した。

 では、EMCとは一体どんな会社なのか? 現在74歳の創設者ポール・シンガーが率いる同社の41年の歴史は物議の的になっている。

 ニュージャージーのユダヤ人一家に生まれた元弁護士のシンガーは、アメリカ共和党の最大の寄付者のひとりで、1%の超富裕層の支持者として知られる。巨額の利益を上げるアクティビスト投資家(企業に圧力をかける株主)であり、破綻しそうな国家や世界の貧困層を食い物にする「ハゲタカ投資家」とも評される。そうした手法は「不道徳なもの」と見なされることが多い。

 シンガーは1977年に、友人や知り合いのビジネスマンから集めた100万ドルの資金を元手にEMCを創設。財政難に苦しむ諸企業の株を大量に取得し、侵略的に経営権を握り、強引な再建計画に基づいて企業価値を回復させては売却し、投資家や株主に最大限の利益をもたらした。

 多くの場合、そのプロセスには数多の解雇者や大幅な年金の削減が含まれている。オリバー・ストーン監督の映画『ウォール街』でマイケル・ダグラス扮する主人公が述べた有名なスピーチ、「強欲は善なり」を地でいく人物と言える。

 シンガーはそうしたアプローチで、自身と彼の投資家に莫大な利益を計上した。2018年初頭の記録によると、EMCの企業価値は390億ドルで、約400人を雇用している。シンガーの個人資産は30億ドルと見られているが、おそらく実際はもっと多いはずだ。

 それらの成功の陰で、エリオット社はその無慈悲で攻撃的な手法を非難されてきた。もっとも物議を醸したのは、政府債務の買収である。標的は深刻な財政状態にあったペルーやコンゴ共和国、そしてアルゼンチンだった。

 2001年暮れにアルゼンチンがおよそ1300億ドルの債務不履行(デフォルト)に陥ると、同国の通貨は急下落し、国民の預金は凍結され、全体の約6割もの人々が貧困に喘ぐようになった。そんななか、アルゼンチンの債権者の9割超が国債の原価の3分の1を国から返済させることで合意したが、シンガーたちは納得しなかった。

 取り決めが合意される前に、EMCの子会社NMLキャピタルの主導により、少数の投資家が不履行債務の一部を額面の数%で取得していた。そしてNMLは、アメリカで訴訟を起こして全額返済(利息を含めて13億3000万ドル)を求めた。

 彼らはアルゼンチン海軍の船舶がガーナに停泊していた際、押収を試みたほどだ。当時のクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領は、移動に使用する専用ジェット機が押収される可能性を危惧し、民間のフライトを使用していた。

 結局、訴訟は2014年にNML側の勝利で終結。アルゼンチン政府は債権者との交渉を続けたものの和解には至らず、期限までに債務の支払いは行なわれなかった。同国はアメリカ連邦地裁の命令によって海外での資金調達の道を封じられ、NMLら債権者は他国でも同様の訴訟を起こすなど、標的にされた国の経済は悪化の一途を辿ることになる。

 そんな中、2015年末にアルゼンチンに新たな大統領が就任すると、事態を収束させるためにEMCに有利な契約が結ばれた。未収利息を含めた約50億ドルが「ハゲタカファンド」──アルゼンチンでシンガーたちはそう呼ばれている──たちに支払われることになったのである。EMCはその半分、約25億ドルを懐に収めている。

 当然ながら、このような手法は多くの政治家や貧困撲滅を願う活動家から厳しく非難された。それらの巨額のカネはシンガーのような人に渡るべきではなく、恵まれない当該国の医療や教育、インフラの整備に使われるべきだったと。

 そうしたハゲタカファンドに対し、イギリスのゴードン・ブラウン元首相は「倫理的に許しがたい」と発言し、国連は「本来であれば貧困改善や医療、教育に使われるべき公的資金が疑わしいところへ流用されている」と述べた。またEMCが起こした種類の訴訟は、イギリスやベルギーなどでは禁止されている。

 EMCはそのようにして、うんざりするほどの富を得た。では、ミランの行く末はどうなるのか?

 シンガーはアーセナル好きのサッカーファンだが、おそらく、彼らがフロントを務める期間はそう長くないだろう。現在、ミランはEMCのやり方で運営されており、利益の最大化に長けたビジネスリーダーが要職に就いている。たとえば、ロスチャイルド投資銀行の元副会長であるパオロ・スカローニが暫定CEOに着任したように。

 リーが債務を返済できなくなる以前、スカローニはイタリア国内のメディアに「EMCはフットボールクラブにまったく興味がない」と話している。

「(ポール・シンガーの息子でEMCのロンドンオフィスを経営する)ゴードン・シンガーはフットボールクラブの会長になりたいと思っていないはずだ」とスカローニは言った。その後、ポールの親しい友人でアーセナルのCEOを務めていたイバン・ガジディスが、噂通りに新CEOのポストに収まることが決まった。

 EMCはミランの経営を安定させるべく、すでに5000万ユーロを投じている。これはUEFAのご機嫌をうかがうためのようにも見え、実際にスポーツ仲裁裁判所は、ミランに一度は剥奪された欧州カップ戦出場権を与えた。その理由は「(ミランの)現在の財政状況は、オーナーが代わったことにより、まともになった」からである。

 いずれにせよ、ハゲタカファンドと呼ばれるEMCは、リーのもとで困窮していたミランを買収した。それが計画されたものか、気まぐれによるものかは定かではない。ただしこれだけは言える。シンガーはここでも十分な利益を上げない限り、身を引くことはないだろう。

■著者プロフィール■
ジェームス・モンタギュー

1979年生まれ。フットボール、政治、文化について精力的に取材と執筆を続けるイギリス人ジャーナリスト。米『ニューヨーク・タイムズ』紙、英『ワールドサッカー』誌、米『ブリーチャー・リポート』などに寄稿する。2015年に上梓した2冊目の著作『Thirty One Nil: On the Road With Football’s Outsiders』は、同年のクロス・ブリティッシュ・スポーツブックイヤーで最優秀フットボールブック賞に選ばれた。そして2017年8月に『The Billionaires Club: The Unstoppable Rise of Football’s Super-Rich Owners』を出版。日本語版(『億万長者サッカークラブ サッカー界を支配する狂気のマネーゲーム』田邊雅之訳 カンゼン)は今年4月にリリースされた。