2018年の日本GPはトロロッソ・ホンダにとって、悲喜こもごものレースとなった。 世界屈指のテクニカルサーキットであり、マシンの総合力が問われる鈴鹿サーキットは、各チームの実力を丸裸にする。その場所でトロロッソ・ホンダは、予選で6位・…

 2018年の日本GPはトロロッソ・ホンダにとって、悲喜こもごものレースとなった。

 世界屈指のテクニカルサーキットであり、マシンの総合力が問われる鈴鹿サーキットは、各チームの実力を丸裸にする。その場所でトロロッソ・ホンダは、予選で6位・7位という好結果を勝ち獲った。しかし、決勝ではズルズルと後退し、2台ともにポイントを獲得することすらできなかった。

 日本GPで彼らが経験した「明と暗」を振り返っていきたい。



鈴鹿に訪れた大勢のファンからサインを求められるピエール・ガスリー

 雨まじりの難しいコンディションで行なわれた予選でQ3に進出し、6位という自己最高の結果を手にしたブレンドン・ハートレイは、少し感情的になっていた。

「すごくいい気分だったよ。インラップは少しエモーショナルになってしまった。普段はそんなことないけど、この半年間のよかったこと、悪かったこと、さまざまが思い出されて……。僕自身が成長してきたことはわかっていた。だけど、それを結果で証明するチャンスがなかなか巡ってこなかった。

 ピエール(・ガスリー)に0.1秒や0.05秒の差で予選の結果が大きく違ってしまったり、レース戦略がよくなかったり、運が思うようにきてくれなかったり……。自分自身はどんどんよくなっているのに、それを証明するチャンスがないからフラストレーションが募(つの)っていた。でも今日、それがようやく果たせた。だから今日は、最高の気分だよ」

 これまで思うように結果を出せず、周囲からの評価が下がっているのも自覚していた。自分自身としては成長しているにもかかわらず、ほんのわずかな差でピエール・ガスリーとの順位差が大きなものになっていることに焦りもあった。それがようやく、結果という形で示すことができたのだ。

 トロロッソは日本GPに向けて、サスペンション周りに新たなフィロソフィを投入し、レーキ(前傾角度)セッティングを変えた。金曜のフリー走行でリアエンドのディフューザー後方に大がかりな気流センサーを装着し、データ収集を行なっていたのはそのためだ。

 風向きの変化に弱いSTR13の空力特性は、これによってかなり改善されたようだ。チーフレースエンジニアのジョナサン・エドルスはこう説明する。

「鈴鹿は非常に高速コーナーが多いサーキットなので、空力パッケージの性能を安定させることが大きな効果をもたらす。だから我々はここに新パーツを投入し、最初のフリー走行でブレンドンのマシンにセンサーを装着してデータ収集し、風洞やCFDと実走の誤差を確認した。このアップデートがうまく機能したので、2台ともに週末を通して実戦使用することにしたんだ」

 ドライバーたちも走り始めは、コーナー入口での不安定さやコーナー途中でのフロントの抜けを訴えていた。だが、セッティングの調整によって金曜の走行を終えるころには、ふたりとも満足のいく挙動に仕上がっていた。

 空力的には第9戦・オーストリアGPで投入したフロントウイングが機能せず、細かなアップデートも第10戦・イギリスGPを最後に投入できていない。「大まかに言えば、空力パッケージはシーズン序盤戦のままだ」と、ガスリーも進歩の遅さに不安を述べていた。しかし、今回のメカニカル面のアップデートで、STR13はかなりポテンシャルを取り戻したと言えそうだ。

 そしてなにより大きかったのが、パワーユニットの進歩だ。

 日本GPに向けて、ホンダは前戦ロシアGPの金曜に使用したスペック3のパワーユニットを実戦投入してきた。ベンチテストでさらなるセッティングの熟成を進め、ロシアで直面したシフトアップ時のオシレーション(回転数振動)やドライバビリティを改善してきたのだ。

 ハートレイは、その恩恵を最大限に享受した。

「メディアで報じられている馬力数とか、ラップタイムで0.5秒とかいうのが実際にどうなのか、本当の数字は知らないよ。だけど、中団グループはとてもタイトだからパワーユニットの進化がもたらしてくれた効果は大きかったし、スペック2のままではQ3進出は難しかっただろう。

 先週スペック3を投入したときは、ドライバビリティに関して少し後退していた。アップシフトもよくなかった。それを1週間で直すのは、大変なことだったはずだよ。ミルトンキーンズとHRD Sakuraでダイナモで走らせてセッティングしてきた努力が実を結んだんだ」

 一方でガスリーは、パワーユニットに少し苦労させられた。

 金曜午後のフリー走行2回目で燃料タンクに問題が起き、タンク内のパーツ交換で約1時間をロスしてしまった。

「フリー走行2回目に向けて最後のエンジンかけをしようとしたとき、『あれ?』ということになって、燃圧が出なくて燃料がエンジンに送られてこない状態でした。そこから急遽作業に入ったんですが、燃料システムにトラブルが出てしまい、原因となった部品が燃料セルのなかにあったので、その交換にちょっと時間がかかってしまいました。2時間かかる作業なので通常よりは早く終わったんですが、セッションはかなりロスしてしまいました」(ホンダ・田辺豊治テクニカルディレクター)

 エドルスによれば、燃料タンク内のパーツ交換は本来ならばフロアを外し、モノコック下にあるERS(エネルギー回生システム)のバッテリーも取り外して下側から燃料タンクにアクセスするので、作業は2時間以上かかる。そうなればフリー走行は絶望的となるため、燃料タンクの小さな給油口側からメカニックが腕を突っ込み、ライトを当てながら手探りでパーツ交換を行なった。それによって、なんとか最後の15分間に間に合わせることができたのだ。

 それでも、このタイムロスによってガスリーのパワーユニットのセッティングが十分に進められなかったことも事実だった。

「本当なら5位には入れたはずだ。アップシフト時にオシレーションがあって、パワーが低い状態だったんだ。逆にそれが改善すれば、さらにパフォーマンスを向上させることができるとも言えるけどね。

 ドライバビリティもまだ改善の余地がある。その問題のせいで予選セッティングの確認ができなかったし、予選でもQ1からずっとパワーの低い状態で走らなければならなかった。なんとかリカバリーしようとしたけど、最終的にブレンドンほどアグレッシブな設定で走ることができなかった」(ガスリー)

 正確に言えば、ハートレイとガスリーでエンジンの出力に違いはなかった。ただし、ガスリーはセッティングが煮詰め切れておらず、スペック3のポテンシャルがフルに使い切れない状態だった。もし十分に走行できていれば、ガスリーのドライビングスタイルに合わせてこうした状況を避けるセッティングも可能だったが、鈴鹿に関してはそこまで煮詰め切れなかった。

 本来の直感に基づくドライビングではなく、こうした特定の条件を避けるようなドライビングが求められ、ガスリーにとっては運転しづらい状態だったという。それをガスリーは「ブレンドンほどアグレッシブではなく、パワーが低い状態」と語ったのだ。

「通常であれば金曜に走ったデータを元にセッティングを煮詰め直し、フリー走行3回目で最終確認してそのまま予選に行きます。しかし今回は金曜に十分走り込めなかったこともあって、トルクのデリバリーなど問題があったところの最適化を図ったら、逆に悪かったところが戻ってきてしまったんです。

 それを探っているうちに、最後に赤旗が出てしまって最終確認ができなかった。よって、フリー走行3回目で走ったデータをもう一度全部おさらいし、細かいところを見直して予選直前までに現状で最適と思われるものを入れたんです。いいところを寄せ集めて走ったような状況でした」(田辺テクニカルディレクター)

 もし、ガスリーが十分に予選に向けて準備できており、STR13のマシンパッケージが持つポテンシャルをフルに発揮できていれば、5番グリッドを獲得することもできたかもしれない。常にハートレイよりも0.2~0.3秒は速く走るガスリーの腕を評して、チーム内からもそんな声が聞こえてきた。

 ホンダは予選後にさらなるセッティング変更を進め、信頼性確保を理由にFIA(国際自動車連盟)にデータの書き換えを申請した。ただ、一度は認められたものの、決勝直前のグリッドに向かう走行を終えた段階でFIAがデータをチェックし、その申請は取り消されることになった。

 本来、予選後のマシン変更は認められていない。信頼性確保のためのメンテナンスパーツ交換のみ、その変更はFIAの承認のもとで認められるが、予選を走ったのと異なるスペックにする場合は、いかなる状況でもピットレーンスタートとなる。信頼性のためとはいえ、今回のホンダのセットアップ変更もパフォーマンスの向上につながる以上は認められない、というのがFIAのスタンスだった。

 難所の鈴鹿で好走を見せ、予選では6位・7位というトロロッソ・ホンダ過去最高の結果を手に入れた。だが、フリー走行をスムーズに走ることができなかったしわ寄せは、じわじわと彼らを追い詰め始めていた。

(後編に続く)