F1は、ときに走る実験室などと呼ばれることがある。自動車産業の黎明期から中期までは、速さや耐久性を問うモータースポーツは、市販車両の技術開発の場でもあった。しかし、市販車の技術がある程度進歩すると、速さや勝ち負けを追求する競技の世界との乖離…

F1は、ときに走る実験室などと呼ばれることがある。自動車産業の黎明期から中期までは、速さや耐久性を問うモータースポーツは、市販車両の技術開発の場でもあった。しかし、市販車の技術がある程度進歩すると、速さや勝ち負けを追求する競技の世界との乖離が広がる。

その結果、モータースポーツから市販車両への技術フィードバックが停滞した時期もあった。環境問題などが騒がれた1980年代前後のことだ。ほどなく、燃料噴射やエンジン制御にコンピュータ(ECU)が市販車や競技車両にも導入されたことで転機が訪れる。エコ目的で導入されたECUは、プログラムしだいで動力性能も向上させることができる。ECUによる制御技術は、市販車でも競技車でもお互いのフィードバックが可能になった。

レースレギュレーションとのせめぎ合いは続いているものの、エンジン、トランスミッション、ブレーキ、サスペンション、ハイブリッドシステム、そしてテレメトリシステムにデータロガー、背後に控えるビッグデータストレージやクラウドサービスと、IT技術なくして車両や競技は成立しないまでになった。

EV時代にフォーミュラEが生まれたように、現在、モータースポーツが車両開発に寄与することを疑うメーカーは少ない。

◆じつは多くの業界が依存するアマゾン

クルマとITというと、多くの人はテスラ、グーグル、NVIDIA(GPU)を連想するかもしれない。いまやIT技術はWordやExcelで業務処理をしたりインターネットでメールを送るといった社会の表層的な処理技術ではなく、インフラと化している。ITを、生活やビジネスのインフラとして考えた場合、忘れてはならないのはアマゾンである。

GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)の一角をなす企業だ。略語上「四天王」の中では末席だが、アマゾンは、リテールからロジスティックス、生活・ビジネスのクラウド基盤(Amazon AWSというストレージやサーバー、その上で稼働するOS、データベースなどミドルウェアまでをカバーするITサービス基盤)まで押さえている。アマゾンの動きひとつで運輸業界が右往左往し、世界的な小売チェーンが廃業に追い込まれるほどの存在だ。

たとえば、AWSがなければ、おそらくウーバーなどのベンチャーは、スタートアップ時にサービスを構築できなかっただろうし(AWSを利用すれば、自社でサーバーを購入したりデータセンターを契約する必要はない)、あまたのオンラインゲームはまともなサービスを維持できないだろう(時間や季節で変動するユーザーリクエストに対し、時間や日にち単位でサーバーを増減できる)。そんなアマゾン(AWS)は、当然モータースポーツの世界にも活用されている。

◆トップカテゴリレースではデータ解析コンサルタントを活用

北米インディカーシリーズで佐藤琢磨選手が所属しているRLLレーシング(Rahal Letterman Lanigan Racing)と、国内スーパーフォーミュラに参戦しているリアルレーシングは、車両開発からレースシーズン中のメンテナンス、セッティングを支援するデータベースやシステムなどバックエンド部分にAWSを活用している。

競技車両の設計や開発に3Dモデリング、シミュレーションなどコンピュータを活用するのは今や常識だが、そのデータの管理にAmazon S3のようなクラウドストレージがつかえる。膨大な設計データ、機密データでも、クラウドならば安全に保管できる。また保護されたネットワーク(VPNなど)を利用すれば、オフィス、サーキットなど場所を問わず必要なデータにアクセスできる。

もちろんレース中の細かい車両データの解析にコンピュータは不可欠という。RLLレーシングとリアルレーシングは、レースウィーク中、予選から決勝までの車両セッティング管理、シリーズを通じた戦略、車両開発を含む中長期のチームマネジメントにもITシステムを活用している。データの収集や解析には、AWSのミドルウェアの他、RPAという自動化技術を利用している。

リアルレーシングは2016年から、RLLレーシングは2017年からアビームコンサルティングと契約し、データ管理と分析を依頼している。レースの世界にビジネスコンサルティングが通用するのか、と考えがちだが、マネジメントという視点では共通点も多くむしろ必然性さえある。チームが重視するのは、ドライバーのコメントとデータ分析による情報を組み合わせた意思決定だ。

◆見えない状況をデータで可視化しチームに気づきを与える

分析チームの声は、ときとしてチームに気づきを与えてくれる。例えば、コーナーの区画ごとのタイムを細かく分析し、連続するコーナーで前後のコーナリングスピードの違いから、最適な速度、ラインを導きだす。ドライバーは感覚的に理解していることだが、実際にどのコーナーでトップスピードを目指すのかの判断に、データが役に立つという。限られた予選タイムの中での試行錯誤が最適化される。

タイヤは路面温度によって内圧が変わる。それによって車高がミリ単位で上下する。データにより想定した車高より1ミリ高い場合、どうやって車高を下げるか。サスペンションジオメトリか、空力か。この判断もタイヤの摩耗データがあれば、どちらがいいかわかる。昨年のあるレースでは、この状況で空力で対処したところ、ラップタイムが2秒ほど縮んだという。

◆マシンの故障、レース中の事故、トラブルを予測する

インディカーでも同様なマネジメントを行っているというが、オーバルコースや最高速度380km/hという特殊な事情への対応が求められる。空力のセッティングはさらにシビアになり、スリップストリームでのダウンフォース低下も的確に予測、制御しなければならない。ポイントはレース展開の予測だ。インディカーではセーフティーカーが勝負を左右することが多い。RLLレーシングでは、故障や事故の予測、それによるセーフティカーによる誘導時間などを予測しているという。

高度な予測には、クラウドサービスが不可欠ともいえる。車両のテレメトリデータをレース中にモニタリングし、PCなどで可視化、解析することは多くのチームが行っていると思う。しかし、確率的予測や機械学習による予測にはそれなりのCPUパワーが必要だ。ノートPCに予測エンジンや学習済みAIを搭載することは不可能ではないが、現地のPCは、データの収集(およびストレージへの転送)、簡単な解析や前処理、表示・グラフ化などフロントエンド処理(エッジコンピューティング)が求められる。解析や学習は継続的に行う必要があるので、予測エンジンはクラウド側にあったほうがいい。

以上のように、クラウドを活用することで、重いリソース(データやサーバ)はクラウドに保管し、サーキットではノートPCなど最小限のコンピュータでほとんどの解析処理、グラフ化がまかなえる。

AWS Autotech Day 2018(9月28日)《撮影 中尾真二》

AWS Autotech Day 2018(9月28日)《撮影 中尾真二》

AWS Autotech Day 2018(9月28日)《撮影 中尾真二》

AWS Autotech Day 2018(9月28日)《撮影 中尾真二》

AWS Autotech Day 2018(9月28日)《撮影 中尾真二》

AWS Autotech Day 2018(9月28日)《撮影 中尾真二》

インディカーレースでのポイント《撮影 中尾真二》

インディカーレースでのポイント《撮影 中尾真二》