第16戦・ロシアGPに投入されたホンダの「スペック3」パワーユニットは、パワー要求値の高いソチ・アウトドロームにもかかわらず、金曜フリー走行でピエール・ガスリーが8番手のタイムを叩き出し、大きな希望をもたらしたといっても言いだろう。ス…

 第16戦・ロシアGPに投入されたホンダの「スペック3」パワーユニットは、パワー要求値の高いソチ・アウトドロームにもかかわらず、金曜フリー走行でピエール・ガスリーが8番手のタイムを叩き出し、大きな希望をもたらしたといっても言いだろう。



スペック3が投入されながら冴えない表情のピエール・ガスリー

 しかし、走り終えたばかりのドライバーふたりに感想を求めると、意外にもその口は重かった。もちろん、表面上はパワーユニットの進歩をポジティブに語りはしたが、言葉とは裏腹にその口ぶりからは第7戦・カナダGPでスペック2を投入したときのような、沸き立つ興奮は感じられなかった。

「とてもうまく機能してくれたと思うよ。まだ初日だから十分な経験のないなか、全開で走ってリスクを冒す必要はないし、安全策で走ったけどね。でも、第1ステップとしてはポジティブだった」(ガスリー)

 マシンをドライブしていて、1000馬力近いエンジンの出力が30馬力程度上がったとしても、その差を感じ取ることは難しいと言われる。F1のなかでは非力とはいえ、もともとマシンのトラクション性能を大きく上回るパワーを持っているのだから、加速時に加速Gの違いを感じることもない。

 ところが、データ上では大きな出力アップが確認でき、実際にラップタイムも大きく向上したにもかかわらず、ドライバーたちの口ぶりは冴えなかった。

「あまりの加速Gで首が痛いよ、もっとトレーニングが必要だね!って言えればよかったんだけど(笑)、F1マシンというのはもともとものすごい馬力があるわけで、そこにいくらかのパワーが加わっても、それを感じ取るのは簡単ではないよ。このサーキットでふたつのパワーユニットを比較したわけではないし、前戦のシンガポールはフルダウンフォースでパッケージもセットアップもまったく違うから、直接の比較は難しいしね」(ブレンドン・ハートレイ)

 土曜日からはスペック2に戻すことになり、図らずも同じサーキットで直接新旧スペックを比較することになった。それでもドライバーたちは、両者で大きな差があったとはいわなかった。

 その理由は、スペック3が決してスムーズな滑り出しとはいかなかったからだ。

「アップシフトがすごくハーシュ(引っかかりが感じられる状態)だ」
「最終セクターのトルクが思いどおりの状態じゃない」

 フリー走行でドライバーたちは無線でそう報告し、パワーの向上とは別次元の、通常運用の部分で彼らにとってナチュラルに感じられない状態であることを訴えた。

 パワーユニットメーカーはベンチテストでさまざまな状況を想定してシミュレーションを行ない、セッティングを煮詰めてからサーキットへと持ち込んでいる。ただ、どうしても台上試験と実走ではズレがあるものだ。最初から完璧なエンジンなどなく、実際に走りながらセッティングを煮詰めていくのが当たり前である。

 初日の走行を終えた時点でスペック3の煮詰め度合いを聞くと、ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう語った。

「50%というほどではありませんが、90%や95%というほど高くもありませんね。ギアボックスであったり、車体と合わせていかなければならない部分もありますし、ここは低速コーナーの連続ですから、ドライバビリティなども改善の余地はあります。

 基本的なところは問題もなく、(性能面も)手応えがあって、まったく走れないわけではありません。十分に走れるレベルではあります。ただ、レースに臨むにはまだもうちょっと手を入れて、きちんとする必要があるということです」

 ホンダのエンジニアは、ドライバーたちからのフィードバックとデータを突き合わせながら作業にあたったが、ソチのレース週末中に100%に近い状態にするのは難しそうだった。そのため予選・決勝は、スペック2に戻して戦うことを決めたのだ。

 ICE(内燃機関エンジン)の燃焼特性が変わったことで、シーズン当初から良好だったドライバビリティの特性もやや変わり、改めてファインチューニングが必要になった。

「初めてコース上で走らせてみれば、ダイナモとは違うところもあるものだよ。大きな問題ではなくてマッピングなどの調整をやって、これからもっとパフォーマンスを引き出していかなければならない。鈴鹿とそれ以降のレースで、しっかりと使い切れるようにすることが重要なんだ」(ガスリー)

 最大の問題になったのは、シフトアップ時のオシレーション(共振)と呼ばれる現象。

 シフトアップした際、一旦落ちるエンジン回転数が収束するまでに時間がかかり、結果的に振動を発すると同時に、ギアボックスのシフトアップに時間を要してしまうのだ。

「シフトアップしたときにエンジン回転数が落ちた後のハンチング(収束するまでのブレ)ですね。そのあたりもダイナモでは確認して持ってきていますし、(ダイナモと実走で)ある程度の差があることは想定していました。ですが、実際に走ってみると想定以上の差があったんです。

 ダイナモで(実走状態の)実車と同じ揺れを作るというのはなかなか難しくて、それをいろいろやり過ぎるとギアボックスの痛みが早くなり、ギアボックスが壊れてしまいます。なので、ダイナモでテストをするときは、多少痛みが少なくなるようなセッティングでテストをしています。ただ、そういう条件でテストしてきた結果が、実走での挙動とは想定外に差があったということです」(田辺テクニカルディレクター)

 金曜の夜にホンダはトロロッソ側と協議し、急遽ロシアGP明けの月曜からトロロッソ側のエンジニアも合流して英国ミルトンキーンズのHRD UKにあるベンチで、オシレーションやドライバビリティなどさらなる煮詰め作業を行なうことに決めた。ソチでの実走データをもとに、さらに精緻で実走との誤差の少ないシミュレーションを行ない、鈴鹿に向けてセットアップを熟成させようというわけだ。



ロシアGP決勝でのトロロッソの2台は早々にリタイアした

 ロシアGPで使用した2基のスペック3はそのまま鈴鹿へと運ばれ、ミルトンキーンズでは同じ仕様のテストコンポーネントが走ることになる。

「急遽チーム側の協力を得て、チーム側のエンジニアも来て、月曜にミルトンキーンズのHRD UKでギアボックス込みのダイナモでテストをします。同じスペックのパワーユニットとギアボックスでテストをして、きちんと仕上げて持っていきます。やるしかないと思っています」

 グリッド降格ペナルティが決まっていたため、トロロッソ・ホンダの2台は予選のことは考えず決勝のためだけにセットアップを施し、スペック2に戻した予選でもフルアタックはしなかった。決勝ではブレーキトラブルでわずか4周でのリタイアとなり、土日はほとんど得るものがないレース週末になってしまった。

 しかし、ソチの金曜日に走ったデータと経験をもとに、ベンチテストでしっかりと煮詰め込んでスペック3を日本GPに持ち込めるのなら、決してこの週末の意味がなかったわけではない。

 そう言い切るためにも、ホンダとトロロッソはこのわずか3日間のインターバルの間にも最大限の努力を続けている。