第16戦・ロシアGPを目前に控えた木曜日――。ソチ・アウトドロームのピットガレージに並んだトロロッソ・ホンダの2台のマシンには、ホンダのパワーユニットRA618Hの改良型スペック3がすでに据えつけられていた。ようやくホンダのパワーユニ…
第16戦・ロシアGPを目前に控えた木曜日――。ソチ・アウトドロームのピットガレージに並んだトロロッソ・ホンダの2台のマシンには、ホンダのパワーユニットRA618Hの改良型スペック3がすでに据えつけられていた。
ようやくホンダのパワーユニット改良型
「スペック3」がデビューする
システムチェックのためにファイヤーアップを行なうそのエンジン音は、心なしか、これまでのスペック2よりも荒々しく、そして大きく聞こえた。
「今回、パワーユニットをアップデートしました。カナダGPに投入したときと同じくらいの大きなものと言えます」
ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはそう話した。新スペック投入のためにいつも以上に確認事項が多く、朝からトロロッソやホンダ内でのさまざまなミーティングに追われ、ようやく話を聞けたのは、あたりがすっかり暗くなってからだった。
「ICE(内燃機関エンジン)は燃焼系、MGU-H(※)には信頼性の部分に手を入れています。これまでMGU-Hを使ってトラブルが起きたように、部分的に弱そうなところに手を入れたかたちです。TC(ターボチャージャー)も信頼性がアップする方向に、いくつかの部品を換えています」
※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。
当初は2戦後の第18戦・アメリカGPをターゲットに開発されてきたスペック3だが、その完成が早まったことで、今週末のロシアGPに間に合った。ここでペナルティを消化して、来週の日本GPで使うことができるのは、ホンダにとって願ってもないことだった。
「それなりのパフォーマンスと信頼性を確保できたということもありますし、鈴鹿でぶっつけ本番ではなく、その前にきちんと確認しておきたい部分があって、今回投入することになりました。我々にとっては、やはり日本GPというのは大きいですしね」
レッドブルと組むことになる2019年に向けて、今年の後半戦に投入するのは小さめのアイテムにとどめ、堅実なスペックでデータ収集に専念しつつ、開発リソースは早い段階から2019年型に集中させたほうがいいのではないか……という声もホンダ内にはあったという。
しかし、浅木泰昭体制で臨む今季のホンダは、小さなアイテムを捨てて大きなアイテムだけに絞り、それをスペック3として完成させた。来季も同じレギュレーションが続くからには、ここでの踏ん張りと前進、そしてなにより実戦でそのスペックのデータ収集とノウハウを蓄積することが、来季の躍進につながると考えたからだ。
その結果、スペック3はシーズン中の開発としてはかなり大きなものに仕上がった。
一部では35馬力や40馬力といった数字がまことしやかに報じられて、その噂がひとり歩きしているが、ソチの1周ラップタイムで0.5秒――つまり25kW(約34馬力)というのは、かなり非現実的な数字だ。
ピエール・ガスリーに0.5秒のゲインを期待しているかと聞くと、あり得ないと言わんばかりに呆れ、驚いた顔でこう言った。
「0.5秒のプレゼントなんて、クリスマスでもなきゃ無理だよ(笑)! 実際にどのくらいなのか、正確な数字はまだわからない。ホンダ側の推定はあるだろうけど、実際のところは明日走ってみないと。走る前からあまり大きなことは言いたくないしね」
ただ、そこまでではないとしても、スペック3がもたらすゲインはかなり大きなものになりそうだ。
少なくともホンダは、ここでスペックCとスペックBの狭間で揺れるルノーを完全に凌駕するつもりだ。田辺テクニカルディレクターは言う。
「ある程度、それが見えるレベルのパフォーマンス向上が確認できたので投入しています」
ただし、理論値としてそれができていても、コース上の実走で再現するのは簡単なことではない。気温や湿度が違えばエンジンの燃焼は変わり、セッティングの調整が必要になる。今のパワーユニットは燃料流量が制限されているため、同じ燃料量でICEがパワーアップを果たしたということは、燃焼効率が上がったということであり、排気温度・排気圧は下がる。
つまり、ターボ過給が低下し、MGU-H発電量も下がる。そのバランスも取らなければならない。ルノーがスペックCで苦労しているのは、そういうところだ。
ホンダもスペック3の走行初日となる金曜フリー走行では、各コンポーネントのキャリブレーション(測定)を行ない、セッティングを煮詰めていかなければならない。どこでどれだけ発電し、どこでどれだけ放電してパワーに変えるか……というエネルギーマネジメントの再調整も必要になる。ファクトリーでのベンチテストと実走状態の違いを把握し、設計上の理論値まで限りなく近づけていく作業が必要だ。
その一方で、マシン側もスペック3のパワーを受け止める準備ができていなければならない。
コーナーの立ち上がりでトラクションが悪かったり、マシンの挙動が不安定だと、いくらパワーがあってもドライバーはスロットルペダルを踏めず、そのパワーを使うことができない。パワーアップがそのままラップタイムにつながらないことがよくあるのは、そういうことだ。
前戦のシンガポールGPでは、得意と期待した市街地サーキットで惨敗を喫した。
週末を終えた段階では、「セットアップ以前にマシンに根本的な問題がある」「マシンパッケージの改良が進んでいないことで、相対的な競争力が乏しくなってしまっているのではないか」と語られていた。だが、その後のデータ分析で、セットアップの方向性に問題があったことがわかったという。
「金曜はグリップ不足でアンダーステアにかなり苦しんだけど、それに対する対処が間違っていたという結論に至った。路面コンディションが少し変わったこともあって、僕らのセットアップ変更はオーバーリアクションだったんだ。また、セットアップだけでなく、タイヤも温度や内圧などがセンシティブでうまく使いこなすことができなかったので、方向性を間違えてしまった。
シンガポールのサーキットは僕らのマシンに合っていると思っていたけど、実際にはそれほどではなかった。なおかつ、他チームが僕らよりもいい仕事をした。いろんな要素が組み合わさった末の、あの結果だったんだ」(ガスリー)
空力開発が思うように進んでおらず、最後に投入されたのは第10戦・イギリスGPのフェラーリ風ミラーだ。目玉であった第9戦・オーストリアGPの新型フロントウイングは失敗に終わり、チーム開発陣は方向を修正して、アメリカGPを目処に修正版パッケージの開発を続けている。
ソチ・アウトドロームは全開率が高く、全開区間も長い。低速の90度コーナーも多く、その点ではシンガポールに似てもいる。
そういう状況で、トロロッソ・ホンダがスペック3のパワーをきっちりとラップタイムに結びつけられるかどうかは不安が残る。
いずれにしても、年間3基を超えるペナルティで、2台ともに最後列グリッドからのレースとなることは確実なのだから、今週末は目の前の結果に一喜一憂して変に欲をかくのではなく、今後に向けたデータ収集と検証、ノウハウ蓄積のための週末としなければならない。
もちろん、スペック3に寄せる期待は大きい。しかし、チームも、ドライバーも、そして見守る側の我々も、そのことをしっかりと肝に銘じてロシアGPに臨まなければならない。