2018年アジア大会・フェンシング女子フルーレ団体で金メダルを獲得した宮脇花綸に独占インタビューを敢行。4回に分けてお送りする。

「アスリートの世界はハイリスク・ローリターン」

フェンシング日本代表にまで登りつめた宮脇花綸だが、かつては「五輪を目指すのが怖かった」と語る。その考えに変化を与えたのは、高校1年生の冬に「あるレジェンド」と話したことが大きかったと明かす。五輪を目指すようになった宮脇だが、このあと初めて挫折を味わうこととなる。「最初、乗り越えることができなかった…」宮脇の競技人生に迫る。

宮脇花綸(みやわき・かりん)5歳からフェンシングを始める。小学4年時に同世代の部門で全国優勝。2016年にジュニアのW杯で優勝すると、2018年5月、シニアのグランプリ大会で準優勝し、日本ランキング1位に到達。2018年8月のアジア大会では日本史上初となる女子フルーレ団体の金メダル獲得に貢献した。高い洞察力と巧みな剣さばきが武器の頭脳派フェンサー。

アプリのダウンロードはこちら