インディカー・シリーズ最終戦を前に、チャンピオン獲得の可能性を残していたのは4人。しかし、現実的にはポイントリーダーのスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)と、ポイント2番手のアレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オー…

 インディカー・シリーズ最終戦を前に、チャンピオン獲得の可能性を残していたのは4人。しかし、現実的にはポイントリーダーのスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)と、ポイント2番手のアレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)に絞られていた。

 2人の点差は29点。しかし、最終戦はダブルポイントという特殊な条件があり、ロッシが勝てば、たとえディクソンが3位に入っても、逆転してチャンピオンになれる状況にあった。

 ディクソンは過去4回もチャンピオンになった経験を持つニュージーランド出身のベテラン。対するロッシは参戦3年目の若手アメリカンで、もちろん無冠だ。今年はルーキーの当たり年で、最終戦にも将来有望な2人のドライバーが出場。新旧ドライバー対決もインディカー・シリーズを面白くしている。



5回目のチャンピオンに輝いたスコット・ディクソン

 高速コーナー、ブラインドコーナー、ハードブレーキングが必要なタイトターンが巧みに組み合わされ、そこに激しいアップダウンも加わるソノマのコースは、グリップが低いことと、風が吹いてマシンのハンドリングに大きな影響を与えることで有名だ。セッティングとドライビング、両方のスキルが試されるサーキットで、チャンピオンバトルを行なうのに相応しい。

 土曜日の予選でポールポジションを獲得したのは、ライアン・ハンター‐レイ(アンドレッティ・オートスポート)。彼はプラクティスから自信に満ちた走りを見せており、チームメイトのロッシは気圧され気味で予選結果は6位だった。

 3段階ある予選のファイナルにはキッチリ駒を進めたものの、インサイダーとしてハンター‐レイの速さを知っているロッシは、”何かをしなければ”と焦ったようで、ファイナルではブラックタイヤ投入という失敗を冒した。レッドタイヤでの一発勝負で敵わないなら、ブラックでの連続周回に活路を……という考え方は外れた。

 対するディクソンは予選2位。スタート直後の混乱にも巻き込まれにくいフロントロウを手にし、有利な状況をさらに確かなものにした。ただ、ポールポジション獲得によるボーナス1点を惜しくも獲り逃したのが、ロッシにとって救いだった。

 快晴の決勝日、ソノマには多くのファンが集まった。雲ひとつない空に、「スタート・ユア・エンジンズ!」のアナウンスが威勢よく響き渡った。声の主はベイエリア出身のヒップ・ホップ・スター、MC・ハマー。ポルシェフリークでもあるハマーは、地元のプロスポーツを長年にわたって熱烈にサポートしており、今年のチャンピオン争いの盛り上げにひと役買った。

 スターティンググリッドでは上位陣のほぼ全車が予選で使ったレッドタイヤを選んでおり、ルールをフル活用し、最も負担のかかる左リヤのみ新品を装着していた。それに対して、6番手のロッシだけが光沢を放つ新品レッドを履いていた。それは、スタートで一気に順位を上げるという意思の表われというより、初タイトルのチャンスに対して焦る気持ちが大きくなったように映った。

 ハンター‐レイはポールポジションからレースをリード。おそらくロッシが2位に浮上したとしても、先輩チームメイトは道を譲ることをしなかっただろう。ロッシとしても、堂々と戦って勝ち、タイトルを獲得したかったはずだ。しかし、そのような展開にはならなかった。ハンター‐レイは85周のレースのうち80周をリードして、完全勝利を記録した。

 ロッシはスタート直後に目の前にいたマルコ・アンドレッティ(アンドレッティ・オートスポート)に追突した。フロントロウの2人に合わせて減速したマルコに対し、ロッシはブレーキングを遅らせすぎてチームメイトのリヤに突っ込んだ。これでフロントウィングを破損。そればかりか、新品のレッドタイヤもダメにした。これは戦略的に大きなダメージだった。ピットに向かったロッシの順位は最下位まで下がった。

 これでディクソンの戦いは一気に楽になった。彼はハンター‐レイの真後ろにつけて走り続けた。2回目のピットストップでハンター‐レイがブラックタイヤを装着したのに対し、ディクソンのチームはレッドをチョイス。トップを奪うべくアタックを開始したが、それを阻まれると、2位キープに作戦を戻した。

 その結果、ハンター‐レイが優勝。ディクソンは2位でフィニッシュし、インディカー史上最多タイとなる5回目のタイトル獲得を達成した。ディクソンの通算44勝は歴代3位で、彼より多くの勝利数を誇るのはマリオ・アンドレッティ(52勝)とAJ・フォイト(67勝)だけとなっている。

 今年のディクソンは17戦3勝、14回ものトップ6フィニッシュという圧倒的な安定感でタイトルをものした。

 ディクソンはシーズンのターニングポイントを聞かれると、「ポートランドで1周目のアクシデントに巻き込まれたとき、土煙が消えたら自分のマシンには4輪がちゃんとついていたし、エンジンもかかったままだった。周回遅れにならずにレースに復帰できたとき、『今年はツイテいるかも』と思った」と答えた。彼はそのレースで5位まで順位を上げてゴールしている。

 この他にも、フェニックスでの第2戦では17位スタートで4位、第5戦インディカーGPでは18位スタートから2位、第14戦ポコノでは13位スタートから3位でゴール。それらはディクソンのスマートなドライビングだけでなく、チップ・ガナッシ・レーシングというチームの力も貢献していた。

 絶対に諦めない不屈の闘志を保つクルーたちは、迅速かつ確実なピット作業を繰り返す。臨機応変に戦うための作戦力も非常に高い。そうした総合力により、チームは12回目のタイトル獲得を成し遂げた。これはチーム・ペンスキーの15回に次ぐ成績だ。しかも、ペンスキーが50年をかけて15回チャンピオンになったのに対し、ガナッシは29年で12回の王座というハイペースぶりだ。

 ディクソンは、「僕はゴールラインを横切る幸運な仕事を担当しているだけ。タイトル獲得はチームによるものだ。僕をサポートしてくれた家族、そして、タイトルを競い合ったライバルチームにも感謝する。とても激しい戦いだった。ロッシのシーズン終盤の追い上げも讃える。彼はこれから多くのタイトルを獲得することだろう」と語った。

 最後尾に落ちたロッシは燃費作戦で上位進出を狙ったが、逆に周回遅れに転落。すると一転して全力走行で優勝を目指す作戦へと変更した。その転換は遅すぎたようにも見えたが、ピットストップを行なった直後にフルコース・コーションが出る幸運に恵まれ、トップが見える位置までジャンプアップ。11位から次々とマシンをパスし、一時は5位まで浮上、ファンを大いに沸かせた。

 しかし、レース終盤の激しい走りはタイヤに負担をかけ、燃料をセーブしなければゴールまで走り切れない状況となりペースダウン。7位でゴールとなった。それでも今シーズン3勝を挙げた彼は、自己最高のランキング2位でシーズンを終えた。

「1周目のアクシデントだけど、起こってしまったことは仕方がない。あれがなかったとしても、タイトル争いでディクソンを逆転するのはとても難しかったと思う。最下位に落ちても僕らのチームは諦めず、大きなリカバリーを実現した。ランキング2位は悔しいが、僕らのチームは来シーズンに向けて大きなものを築き上げたと確信している」と、ロッシは来季の王座獲得に意欲を見せた。

 前戦のポートランドで優勝したばかりの佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)は、ポートランドの直後に事前テストを行なったが、予選は12位。予選でのレッドタイヤ装着時のセッティングで、チーム・ペンスキー、アンドレッティ、ガナッシに並ぶことができなかった。

 しかし、レースに向けたセッティングは良好で、1周目には3つのポジションアップを達成、さらに1台をパスし、1回目のピットストップを終えた時点で7位にまで順位を上げていた。さらに上位への進出が可能かと思えたが、ピットアウトしたラップにエンジントラブルでリタイア。ダブルポイントの最終戦は最下位という残念な結果に終わった。

 それでも、チームを移籍したシーズンに1勝をマーク。チームとの再契約をレース前に発表した琢磨には、2019年のさらなる活躍が期待できる。

「スタートはよく、コース上でさらにポジションを上げることもできた。オーバーテイクができたぐらいだからマシンはよかったと思うし、あの時点でピットに入るという作戦もよかった。それだけにトラブルによるリタイアは本当に残念。2019年に向けては手応えも掴んでいるし、チームはさらにエンジニアリングを強化する計画なので、大きな期待を持っている。オフの間にマシンをさらに速くして開幕戦を迎えるつもりだ」

 シーズンを終えた琢磨はこう話した。来年は複数回優勝と、チャンピオン争いを繰り広げる姿が見られるものと期待したい。