中団トップを争うという大きな期待を持って臨んだはずの第15戦・シンガポールGPで、トロロッソ・ホンダは惨敗を喫した――。いったい、彼らに何が起きていたのだろうか?トロロッソ・ホンダはシンガポールGPで予想以上の苦戦を強いられた 金曜の…

 中団トップを争うという大きな期待を持って臨んだはずの第15戦・シンガポールGPで、トロロッソ・ホンダは惨敗を喫した――。いったい、彼らに何が起きていたのだろうか?



トロロッソ・ホンダはシンガポールGPで予想以上の苦戦を強いられた

 金曜のフリー走行1回目は、200km/hの一定速走行など基礎データ収集に大きく振って、同じ条件での比較ができるようにウルトラソフトタイヤのみで走行した。予選・決勝と異なる昼間の明るい時間帯に行なわれるセッションでは、この週末に向けた有意義な走行が難しいからだ。そして、日没後のフリー走行2回目から本格的な走行に入ったのだが、ハイパーソフトタイヤのグリップをきちんと引き出せる使い方を学ぶことに時間を要してしまった。

 コーナーが23もあるマリーナベイ・ストリート・サーキットでは、タイヤの前後で温まりの違いが課題になる。セクター1ではフロントが温まりきらずアンダーステアだが、走っているうちにリアタイヤがオーバーヒートしていき、セクター3ではリアのグリップが落ちてオーバステアになる。そのバランスをうまく取るためのセットアップと、アウトラップの温め方が問題になるのだ。

「コーナーごとにマシンバランスが違っていて安定せず、挙動の予測が難しいんだ。マキシマムダウンフォースの空力パッケージに柔らかいタイヤの組み合わせでは、これまでこういう症状は経験したことがなかっただけに困っているよ。ハイパーソフトタイヤは通常ならかなりのグリップがあるはずなのに、今日はそれがまったく引き出せなかったんだ。コーナーごとの挙動をもっと一貫したものにして、次のコーナーでどんな挙動を示すのかを予測できるようにしなければならない」(ピエール・ガスリー)

 ただ、金曜のデータ分析と他チームのアウトラップペースも詳細に分析することによって、タイヤの扱い方については解決できたという。

 チーフレースエンジニアのジョナサン・エドルスはこう語る。

「金曜日にどうすればタイヤを正しく機能させられるのかを理解できず、問題を抱えてしまっていたが、その問題は解決することができたと考えているし、タイヤの問題ではないと思っている」

 ガスリー自身も予選Q1では、まずまずの感触を得ていたという。しかしQ2では、マシン挙動が一変してしまった。

 予選直後のガスリーは「これだけ大幅にグリップが足りないのは、セットアップよりもタイヤの問題だと思う」と語っていたが、後でデータを解析してみると、それは急に強くなった風の影響だった。土曜は朝から風が強く、Q2の時間帯には風速が強まった。それによって空力パッケージが影響を受け、ダウンフォースを失ったことがデータ上でハッキリと確認できたという。

「Q2ではQ1のときよりも風が強かった。そういうコンディションでは、ウチのマシンは空力がセンシティブで、ダウンフォースを失ってしまった。どんなクルマも風が強くなればそうなるものだけど、ウチのクルマはとくによくない。いずれにしても我々は、Q2ではQ1よりもレスダウンフォースの状態で走っていたことになる」(エドルス)

 しかし、それだけがこの週末の低迷の理由ではない。

 マシンバランスが大きく外れていたわけではないが、とにかくグリップが欠けていて、コーナーを速く走るためにフルダウンフォースをつけたにもかかわらず、「コーナーのあらゆる部分が他車と比べて遅かった」とエドルスは言う。コーナーで遅く、ストレートでも遅いのだから、これだけ遅くなって当然だ。

 ひとつ上のマーカス・エリクソン(ザウバー)とは0.3秒差だったが、もうひとつ上のシャルル・ルクレール(ザウバー)ら中団勢とは1秒ものタイム差があったのだ。

 モナコ(第6戦)やハンガリー(第12戦)などの低速サーキットはもちろん、スパ・フランコルシャン(第13戦)やモンツァ(第14戦)といった高速サーキットでも好走を見せたトロロッソ・ホンダだけに、これだけの差がつくのはおかしい。これはセットアップうんぬんではなく、シンガポールのサーキットに対してこのマシンの「何かが根本的におかしかったと考えなければならない」と、エドルスは説明する。

「それは、マシンセットアップでは取り返せない差だ。仮にアンチロールバーや車高などのセットアップが完璧だったとしても、1秒も遅くなるようなことはない。つまり、マシンパッケージの基礎的な問題だというわけだよ」

 とはいえ、これは予選での1周アタックに関することで、連続周回をする決勝ではまた話は違うはずだった。金曜フリー走行2回目のロングランでは、ハイパーソフトのペースも保ちも、ライバルと比べて決して悪くはなかった。そこにまだ、望みはあるはずだった。

 だからトロロッソ・ホンダは、周囲のほぼすべてのマシンがウルトラソフトでスタートするなか、2台ともにハイパーソフトタイヤをスタートに選び、そのペースと保ちのよさを生かしてタイヤ戦略で逆転する可能性に賭けた。

「僕らはレース週末の走り始めから、あんまり速くないことがわかっていたから、周りと同じ戦略で戦ったのでは(ポジションアップの)チャンスはなかった。だから、トライする価値のあるギャンブルだったんだ」(ガスリー)

 ガスリーはハイパーソフトのグリップもあって、スタートでポジションを3つ上げて12位に浮上した。だが、モナコで40周も走ったハイパーソフトがシンガポールでは15周目には性能低下が進んでしまい、ギャンブルは失敗に終わった。というよりも、ハイパーソフトが保たせられないのなら、最初から成功の可能性などなかったのだ。

「マシンに速さがあって、なおかつ戦略もうまくいけばポイントを獲得できるかと思ったんだけど、思っていたよりもデグラデーション(性能低下)が大きくて、15~16周目にはタイヤがタレ始めてしまった。そこから25周目まで引っ張ったけど、バイブレーションがひどくてタイヤロックもしてしまうし、アンダーステアがひどくてマシンはフラフラだった」



トロロッソは起死回生を狙ってギャンブルを仕掛けたのだが......

 ガスリーは13位、2ストップ作戦を採ったブレンドン・ハートレイはさらにひどく、ウイリアムズの遅いペースに抑え込まれて17位でフィニッシュ。期待していたのとはまったく違った、光明の見えない週末となってしまった。

 現段階では明確な原因はわからず、「セットアップ、空力、空力センシティビティなど、あらゆる面に対して分析をしなければならない。理解すべきことは山積みだよ」とエドルスは言う。

 ダウンフォース増と空力センシティブさ改善のために開発中の車体アップデートは、次戦のロシアGPには間に合わない見込みだ。パワーユニットのスペック3が間に合えば投入される可能性はあるものの、車体は現状のままで戦わなければならない。それだけに、このパッケージへの理解をしっかりと深めることが重要だ。それは、来年につながることでもある。

「空力だけでなく、車高といったようなセッティングやタイヤの使い方など、どこがどう影響して今回この戦闘力になったのか、それをしっかりと解析してこの先につなげていかなければなりません。セッティングで直せるものなのか、直せない持病のようなものなのか、セッティングで助けられるけど完全には直らないのか、それはこれから分析しなければなりません」

 パワーユニット側では手の施しようがなかった週末を終えて、ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターは言った。これがシンガポールのマリーナベイ・ストリート・サーキット特有の何かに起因するものなのか、ハイパーソフトタイヤに起因するものなのか、それともSTR13のマシンパッケージに起因するものなのか――。

「そのへんが今回の問題の原因を紐解く糸口になると思います。(好調だったレースに比べて)コース特性が違った、スピードレンジが違った、そういったところも含めて見直していかなければなりません」

 バーレーンのように予想がいい方向に大きく外れることもあれば、シンガポールのように悪い方向に大きく外れることもある。それが今季、これまで見てきたトロロッソだ。レースとテストを重ねるごとによくなってきたが、まだこうした隙はある。

 2006年から参戦してきたトロロッソとはいえ、今年初めてワークス体制で新たな出発を切っただけに、まだまだチームとして学ばなければならないことはたくさんある。田辺テクニカルディレクターは言う。

「アップダウンが激しいなかから学んでいくしかありません。今まで低速コースでよかったから今年もいいだろう、何とかなるでしょという楽観的な考え方ではダメだし、高速コースが絶対不得意ということでもない。どんなレースでも簡単ではないということです」

 チームはコンストラクターズランキング8位確保を目標に、すでにリソースを2019年型マシン開発にシフトさせている。ザウバーとの9ポイント差はなんとか抑え切れるだろうという目論見だ。

 しかし、3戦連続入賞で緩みかけた兜(かぶと)の緒を、もう一度引き締めなければならない。実りある未来につなげられるのだとしたら、シンガポールGPの惨敗も無駄にはならないはずだ。