6月24日のDeNA戦では乱調に見舞われたものの、今シーズン巨人のエース・菅野智之は目覚ましい投球を見せてきた。昨オフ実施したと伝えられる、例年以上にフィジカルを意識したトレーニングなどの成果か、ボールの質は見るからに向上し、打者を圧倒する…

6月24日のDeNA戦では乱調に見舞われたものの、今シーズン巨人のエース・菅野智之は目覚ましい投球を見せてきた。昨オフ実施したと伝えられる、例年以上にフィジカルを意識したトレーニングなどの成果か、ボールの質は見るからに向上し、打者を圧倒する投球を続けている。

■奪三振能力が向上、打者を圧倒する無欠の投球内容を見せる菅野

 6月24日のDeNA戦では乱調に見舞われたものの、今シーズン巨人のエース・菅野智之は目覚ましい投球を見せてきた。昨オフ実施したと伝えられる、例年以上にフィジカルを意識したトレーニングなどの成果か、ボールの質は見るからに向上し、打者を圧倒する投球を続けている。

 投手による失点抑止と強い関連性を持つ3つの要素、「三振を奪う力」「四球を与えない制球」「打球がゴロになる投球(球質)」に着目し、今季の菅野を見ると、まず全対戦打席に占める奪三振の割合を表すK%が急激に上がっている。昨季はセ・リーグの平均を割る数字だったが、リーグのトップをもうかがえる数字に。規定投球回に達している投手の中では、岩貞祐太(阪神)、今永昇太(DeNA)に続く3位だ。

 奪三振を増やしながら、四球を与える割合も極めて低く落としている。この重要な2つの要素ほどではないが、やはり失点抑止と関連が強い、投球をバットに当てられた際、安打や長打になりにくい打球を打たせる能力??打球管理能力などとも呼ばれるが、菅野はこれも高い水準にある。

 今季の菅野は、三振を奪える投球で打者を封じ、四球による無駄な走者を出さず、投球をバットに当てられてもリスクの低い打球になりやすい。その結果、攻める側に与えられるチャンスが、自ずと限られたものになる。

 3つの要素をすべて高次元で兼ね備えることは非常に稀で、優れた投手でも、一方を立てれば、もう一方が立たないということが多い。現在のNPBで活躍するエースでも、大谷翔平(日本ハム)は与四球が少なくない。則本昂大(楽天)はフライを打たれる割合がやや高い。クリス・ジョンソン(広島)はゴロをよく打たせるが、奪三振と与四球の数は平均レベルである。

 近年のNPBで、3つの要素をすべて高次元で兼ね備えていたのは、ダルビッシュ有(レンジャーズ)、田中将大(ヤンキース)、前田健太(ドジャース)らのメジャー挑戦直前のシーズンぐらいだ。今季の菅野の投球内容は、その領域に近づいているといえる。

■ストレート、ツーシーム、スライダー、向上を見せた3つの球種

 次に、投じている球種ごとのパフォーマンスを見て、菅野の高度な投球が、いかにして実現されているのかに迫りたい。

 球速が昨季の平均143.8km/hから146.0 km/hへと上昇しているストレートは、他の球種との兼ね合いからか投球割合自体は減少している。だが全投球に占める空振りを奪った割合=空振り率が倍増している。

 一方で発生した打球に占めるゴロの割合=ゴロ率は低下。球速のアップから推察するなら、縦方向のスピンが強くなったことで、ストレートの“おじぎ”が小さくなり、その結果、バットの上っ面を弾くようなケースが増えたのかもしれない。なお、ストレートに対し打者がスイングしてくる割合も44.4%から52.7%へと上昇している。決して打ちやすい球ではないにもかかわらず、打者が手を出さざるを得ない状況ができている。

 今季改良を施したツーシーム(※1)はストレート以上の進化を見せている。投球割合は昨季の8.9%から25.9%へと約3倍に増加させており、投球の軸になっている。バットに当たった際はその77.2%がゴロになる上、空振りを奪うケースも若干だが増えた。特に右打者の内角へ投じたとき、大きく食い込んでいく変化を見せる厄介な球だ。

 スライダー(※2)は今季の菅野の球種の中で18.1%と最も空振り率が高い。95個の奪三振の約半数、45個をこの決め球で奪っている。今季は、ストレートとツーシーム、スライダーの3球種で全体の約80%を占め、投球の中心となっている。

 パワーアップした球種がある一方で、効力が落ちた球種もある。昨季まで菅野の決め球だったフォークボールである。一昨年の2014年には、全投球のうち24.0%が空振りになっており、菅野の持ち球の中で最も空振りがとれるボールであったが、今季はその数字が9.2%まで下落した。今季、フォークボールを決め球に三振を奪った回数はわずか2回。また空振りだけでなく、ゴロ率も低下している。本人も効果的でないことに気づいているのか、投球割合を半減させている。

 ここまでをまとめ、仮説を立てるならば、今季の菅野のフィジカルのバランスや投球フォームは、フォークボールに代表される縦に変化するボールよりも、ツーシームやスライダーのような横への変化を見せるボールの効力を高める状態にあるのではないだろうか。

■投球コースからも見えてくる「縦から横」へ

 球種だけでなく投球コースを見ても、菅野の投球の縦から横への変化が感じられる。

 ストライクゾーンを6×6=36マスに分割し、その周囲のボールゾーンも加え10×10=計100のマスに区分し、菅野がどのゾーンに多くのボールを投じたかを集計した。図は投手目線のものになっている。

 より多くのボールを投じたゾーンほど濃い赤色にしている。割合として最も高かったゾーンのいくつかには数値も記載した。マス目の右横と下に伸びている棒グラフは、横の列、縦の列ごとのパーセンテージの総計を示している。

 昨季と今季を比べると、濃い赤色の分布は、上下から左右へと広がり方が変わっている。昨季はストライクゾーンのやや下のゾーンに多くの球が集まっている。これはストライクからボールになるフォークボールを多く投じた影響とみられる。今季はそのゾーンの色が薄くなっており、代わりに左端や右端のゾーンが濃くなっている。ツーシームやスライダーなど横に変化する球種が投球の中心となっている様子が、投球コースからもわかる。

 そしてこれは両年を通じて言えることだが、右打者にとっての外角などは、ストライクとボールの境目の際どいコースに多くのボールを集めている。今季見せている別次元の投球は、効力を増したいくつかの球種によって実現しているとみられるが、ベースにあるのは揺るぎない制球力と考えるべきだろう。(ここまでの数値は、交流戦終了時点のもの)

■交流戦明け初戦で9失点――その原因とは?

 ところがである。交流戦明け初戦となる6月24日のDeNA戦で、菅野は2回1/3を投げ被安打11、9失点と大乱調に見舞われた。この日の投球データを見ていったとき、何よりも変調をきたしていたのは、菅野の好投を支えてきた制球力だった。

 図は捕手がミットを構えた位置を中心に設定し、投じたボールがそこからどれだけずれたかの集計だ。同心円の一番内側の円(A)は「ほぼミットの幅の中に来た」ボールを意味する。真ん中の円(B)は「ミット1つ分のずれに収まった」ボール。捕手が低めいっぱいに構えたとき「ストライクゾーンの真ん中、もしくは高めに来るような」ずれを見せたボールを(C)、「ストライクゾーン高めか、それ以上高めに抜けていく」ずれを見せたボールが(D)といった感じだ。

 9失点を喫した6月24日のDeNA戦と、圧倒的な投球で無四球完封勝利を収めた4月6日の阪神戦を比較すると、DeNA戦は構えたミットに近い(A)(B)の球がかなり少ないのがわかる。阪神戦ではこの2つの領域に約65%のボールが来ていたが、この日は20%強。また構えたミットからのずれ方も高め側へのものがほとんどで、これが被安打がかさんだ理由だとみられる。菅野が著しい制球難を起こしていたのが明らかだ。

 この日、バッテリーを組んだのが普段とは異なる相川亮二だったことの影響もあるかもしれない。それでも、ここまで制御の効かない投球はシーズン当初の菅野とは別人のものといっていいだろう。

 ストレートやスライダー、ツーシームなど球種の効力を高め、自己最高といっていいシーズンを送りつつあった菅野だが、24日のDeNA戦での投球の根幹を支える制球の乱れは、今後への小さくない不安要素となった。菅野の投球は今シーズンの巨人の浮沈を左右する。次回の登板で修正がなされるのかどうか。 非常に気になるところだ。

※1 握りとしては“ワンシーム”であると伝えられているが、今回は軌道のタイプで分類し、ツーシームとしている。
※2 昨季(2015年)については、カットボールはスライダーに含めている。

◇DELTA http://deltagraphs.co.jp/
2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。書籍『プロ野球を統計学と客観分析で考える セイバーメトリクス・リポート1~4』(水曜社刊)、電子書籍『セイバーメトリクス・マガジン1・2』(DELTA刊)、メールマガジン『Delta’s Weekly Report』などを通じ野球界への提言を行っている。最新刊『セイバーメトリクス・リポート5』(http://www.amazon.co.jp/dp/4880653845/)を2016年5月25日に発売。集計・算出したスタッツなどを公開する『1.02 – DELTA Inc.』(http://1point02.jp/)もシーズン開幕より稼働中。

【了】

DELTA●文 text by DELTA