ヴィッセル神戸からパルメイラスに移籍した佐々木大樹 photo by Nagata Yohei/AFLO SPORTS かつてカズ・ミウラ(三浦知良/現・横浜FC)もプレーしたことのあるブラジルの名門パルメイラスに、この8月、ひとりの若…



ヴィッセル神戸からパルメイラスに移籍した佐々木大樹 photo by Nagata Yohei/AFLO SPORTS

 かつてカズ・ミウラ(三浦知良/現・横浜FC)もプレーしたことのあるブラジルの名門パルメイラスに、この8月、ひとりの若き日本人選手がやってきた(1年契約、パルメイラスはパスの30%を獲得)。ヴィッセル神戸に所属していた18歳のMF佐々木大樹だ。

 将来有望かもしれないが、まだ何の結果も出していない無名選手のビッグチームへの移籍には、首をひねる人も多かっただろう。ブラジルでは、残念ながら若いアジア人プレーヤーへの興味はほとんどない。安くて才能ある若手ならブラジルにはごまんといるからだ。

 これまでのパターンだと、日本人選手の獲得はジャパンマネーとマーケティングの拡大狙いというのがお決まりだったが、佐々木の移籍はそれとは異なる。そもそも佐々木にはそこまでのネームバリューはない。にもかかわらず、彼はこの夏のいち押しの選手としてパルメイラスやってきた。そこには新たな、そして現代的な”大人の事情”が隠されていた。まずは順を追って説明しよう。

 今回の取引の主役のひとつは日本のヴィッセル神戸だ。神戸は「神戸ビーフ」でブラジル人にもよく知られた町だ。またヴィッセルは、ルーカス・ポドルスキ、アンドレス・イニエスタを獲得したチームとして、楽天という有名企業がスポンサーについているチームとしても有名だ。

 ただ、世界的な選手がいて、世界的な企業がバックについているにもかかわらず、チームはJリーグで中位の位置に甘んじきた。そこでヴィッセルは、この状況から抜け出すために、新たに提携を結ぶチームがほしいと考えていた。

 もう一方の主役はブラジルのパルメイラスだ。巨大スポンサーCrefisa(信販会社)のおかげもあって、現在ブラジルでもっとも裕福なチームだ。チームを率いるのは名将ルイス・フェリペ・スコラーリ。これまで獲得したタイトルも華々しく、サポーターもブラジルで1、2を争うほど数が多くて情熱的だ。

 2014年に建てられたホームのアリアンツ・パルケは南米でもっとも近代的なスタジアムで、その年の世界最優秀スタジアムにも選出されている。パルメイラス出身のJリーガーも少なくない。パルメイラスは世界的なマーケティングの拡大を目論んでいた。

 こうして地球の裏側に位置する2つのチームの思惑が一致し、新たなサッカービジネスを目指して手を組もうということになった。そのシンボルとなったのが、今回の佐々木の移籍だったのだ。

 ヴィッセル神戸はブラジルの名門チームとパイプを持つことで、テクニカル面でも、その他の面でも、そのノウハウを共有することができる。とくに才能ある若手選手に本場のサッカーを体験させ、成長させることができるし、ブラジルの優秀な選手を得ることもできる。パルメイラス側もコーチの派遣、親善試合、サッカークリニック等、できることはたくさんあるし、日本企業の誘致も期待できる。

 ただ、もともと両者は互いを意識していたわけではなかった。その裏にはこの2チームを結び付けた存在がある。それには驚いたこと、ある有名なブラジル人選手が関係していた。ネイマール(ブラジル代表/パリ・サンジェルマン)だ。



佐々木大樹(左)と大物代理人のグスタヴォ・カルモ氏

 そもそも佐々木をパルメイラスに紹介したのはグスタヴォ・カルモという代理人だ。彼はネイマールと親友と言ってもいい間柄にある。このカルモとBBMスポーツという会社の社長ジョアン・デ・セルソ・モラレスは、アジアでも多くの仕事をしており、まず楽天の三木谷浩史社長とコネクションを作ることに成功した。

 当時、佐々木には少なくともヨーロッパから2つの大きなオファーが届いていた。しかし、最終的に佐々木とヴィッセルが行先をパルメイラスに決めたのは、この2人の暗躍が大きかった。

 一方、ネイマールはパルメイラスのゼネラルマネージャー、アレシャンドレ・マットスともとても仲がいい。たとえば、サントスのスターだったルーカス・リマが、中国ではなくパルメイラスに移籍したのは、ネイマールがこのマットスに口をきいたからだと言われている。

 ヴィッセルとパルメイラスを結び付けたかったモラレスとカルモがネイマールに話をし、ネイマールがパルメイラスのマットスに佐々木のことを話した。今回の移籍はすべてこの”ネイマールコネクション”がお膳立てしたものだ。

 佐々木にすると、多少利用された感もあるかもしれない。だが、若いうちにブラジルの名門で経験を積むのは、彼にとっても決して悪い話ではない。それに数多くの若手のなかから選ばれたのは、彼がいい選手である証拠だ。

 ここ数週間はパルメイラスのユースチームで練習をしているが、プロらしいセンスとモチベーションの高さ、テクニック、そしてなによりオープンなメンタリティーを見せている。あまり時間がかからずに、ブラジルサッカーに慣れることができるだろう。

 18歳の佐々木を見て、人々がまず気に入ったのは、その身長だ。181cmで、多くのパルメイラスの選手よりも長身だ。佐々木はまず、パルメイラスのユース部門”カテゴリアス・デ・バーセ”でプレーする。ここには年齢別にU-12からU-23までのチームがあり、パルメイラスが非常に力を入れている重要な部門だ。ここで多くの優秀なコーチから教えを受け、トップチームに通用する選手に仕立てあげられるはずだ。

 パルメイラスの会長、マウリシオ・ガリオッテは佐々木のことを「彼はサッカーというものがよくわかっている中盤だ」と評している。

 また、もうひとりのパルメイラスのキーマン、前出のアレシャンデレ・マットスも「金髪の佐々木は優秀な選手だ。きっとパルメイラスでも頭角を現すだろう」と言う。

 パルメイラスU-20は現在、ふたつの重要な大会を戦っている。サンパオロ州リーグとブラジル全国選手権だ。佐々木自身はまだ試合には出ず、筋力の強化と肺活量向上のメニューに沿ってトレーニングに励んでいる。

 パルメイラスU-20監督のウェスリー・カルバーリョは佐々木についてこう語ってくれた。

「若い才能ある日本人選手をチームに迎えられたことを、我々はとても喜んでいます。優秀な選手であることはもちろん、とても気さくで楽しい若者です。彼は中盤の左サイドでプレーしますが、そのビジョンにはとても興味深いものがあります。

 とくに私が気に入っているのは、彼はいつも最初にボールを触りにいき、その後、最高のポジションにいる仲間にパスを出すことです。もちろんまだまだ粗削りで、伸ばさなければいけないことはたくさんありますが、とにかくいい選手を獲得できたと喜んでいます。近いうちにパルメイラスのユニホームを着てプレーする姿が見られるでしょう」

 また、トップチームのスコラーリ監督はこう語っている。

「我々は常に多くの中盤の選手が必要だ。しかし、彼はまだ若い。今はU-20のチームにおいて、優秀なユースコーチたちのもとで、ブラジルサッカーを学んだほうがいいと判断した。彼の才能はよくわかっているし、佐々木自身とも話をし、多くのポテンシャルを持つ選手であることを確信した。たぶん、ユースチームからは毎週、彼の成長の報告がもたらされることだろう。そうなれば彼は大歓迎でトップチームに迎えられる。彼自身が自分のその可能性に気づき、このチャンスを最大限に生かしてもらいたい」

 佐々木はすでにチームメイトのなかに溶け込み、互いに冗談を飛ばす仲になっている。どうやら佐々木は、ブラジルに来た初日から、このチームにすっかり魅了されたようだ。パルメイラスのトップチームの試合を見て感動し、インスタグラムにもアップしている。

 佐々木は9月17日で19歳になる。パルメイラスのU-20の選手たちと祝う誕生日はきっと格別なものになるだろう。