9月2日、味の素スタジアム。FC東京戦を終えた後の記者会見で、サガン鳥栖のマッシモ・フィッカデンティ監督は、試合を端的にこう説明している。「Molta tattica」(極めて戦術的) 鳥栖は自陣で守りを固め、スペースを埋め、裏を消し…

 9月2日、味の素スタジアム。FC東京戦を終えた後の記者会見で、サガン鳥栖のマッシモ・フィッカデンティ監督は、試合を端的にこう説明している。

「Molta tattica」(極めて戦術的)

 鳥栖は自陣で守りを固め、スペースを埋め、裏を消した。ボールを失う危険を避け、前線の選手を縦に走らせるボールを蹴った。徹底したリスクマネジメントのサッカーを敢行している。

 対するFC東京も基本的にはリアクションサッカーだ。リトリートしながら、DF、MFの2枚のラインの間をコンパクトに保ち、侵入を許さない。ボールを支配する時間は長かったものの、攻撃はカウンターに頼っている。

 結果的に試合は膠着した。攻め急ぎ、攻めあぐねる。客観的視点ではそう捉えられた。

「観客にとっては、つまらない試合だったでしょうね。ただ、勝ち点1は大事。まずは残留を確保しないと」

 降格圏の16位にいる鳥栖のある選手は、正直にそう洩らしている。

 その試合で、鳥栖のスペイン人FWフェルナンド・トーレスはJリーグでプレーして以来、初めていらついた顔を見せた。



FC東京戦に出場したものの、ノーゴールに終わったフェルナンド・トーレス

 今年7月、鳴り物入りでJリーグにやってきたトーレスは、チームにポジティブな影響を与えている。

「上半身、バキバキで見たことない!」「試合翌日もリカバリーだけでなく、黙々とジムトレーニング」「シャトルランでも集中力が伝わります」「リフティングはヘタなのにトラップはぴたっと止まる」「首の力もすごく、空中戦は練習から勝てない」……。

 そう洩らす鳥栖の選手たちの士気を高め、啓蒙していた。
 
 しかし、トーレス自身が持ち味を出し切っているとはいえない。8試合出場で1得点。世界を股にかけたストライカーとしては、なんとも寂しい数字だ。

 この夜、トーレスは鬱屈したフラストレーションを隠せなかった。戦術的に守備に軸を置いた両チーム同士の対戦ということもあって、パスがほとんど入らない。運動量も少なく、イライラだけが募っていった。
 
 その結果、トーレスはオフサイドの再開場所を巡って主審と口論に及んでいる。

「オフサイドなら、(FC東京の)自陣からリスタートすべきだった」

 トーレスは試合後のミックスゾーンで抗議しているが、2016年のルール改正(オフサイドは反則が起きた場所でリスタート)により、主審が、トーレスがボールを受けたタイミングを反則と捉えた場合(このケースは戻りオフサイドで、トーレスが自陣内に入ってボールを受けたところで反則がとられた)、そのジャッジはルール上、正しかった。執拗な抗議を続けたことで、トーレスはイエローカードを受けた。

「ボールが入らなかったし、(トーレスは)イライラしていましたね」

 ピッチで近くにいたFC東京のMF橋本拳人は振り返っている。

「(トーレスは)ボールの持ち出し方とかは、”おっ”という感じでしたが……。この試合だけだと、どんな選手なのかなと、あまりわからない印象でした。ポストがうまくて、ヘディングが強い選手なんですか? (前半に)足が少し入ってしまって、すぐに謝りましたけど、ふざけるなという感じでしたね(笑)。たぶん、フラストレーションがたまっていたんだと思います」

 終盤になってオープンになった展開で、トーレスはようやく初シュートを放っている。右サイドからのクロスに対し、チャン・ヒョンスに競り勝ってヘディング。能力の一端を見せたが、軌道はバーを越えた。

 この日もゴールは決まっていない。
 
 そこでトーレスはサイドに流れ、チャンスメイクに及んでいる。終盤には、中盤の位置に下がってボールを受け、右サイドを破るループパスで観客を沸かせる一幕もあった。自分が引いて、裏に人を走らせる、タイミングや技術は一流と言えた。

 しかしそれは、彼自身がパサーになって、好機を作らざるを得ない状況だった。

「(トーレスのような選手も)Jリーグでプレーするのは簡単ではない。寄せが激しいし、守備的で、テンポも速く、順応するのは時間がかかる。トーレスはチャンピオンズリーグのような高いレベルでやってきた選手だが、環境は別物。それでも犠牲的精神を持ってやってくれているし、これからゴールは決まるはずだ」

 フィッカデンティ監督は楽観的な見解を述べている。
 
 だが、トーレスがパサーに回らざるを得ない状況は、その能力を半減させ、適材適所とは言えない。現実として、”どんな選手なのか”という実像がぼやけつつある。チームが残留戦の真っ直中で、そこまで手が回らないとも言えるし、単純に「パサーやクロッサーが乏しい」という選手層の問題とも言える。

「J1残留のための最低限の勝ち点1」

 そんな現実と向き合う鳥栖と、世界的ゴールゲッターであるトーレス。そのジレンマはこれからも続きそうだ。