「ほぼ主導権を握れていて、自分たちのサッカーが表現できたと思います」 横浜F・マリノスのアンジェ・ポステコグルー監督は、そう言って試合を総括した。ホームに柏レイソルを迎えたJ1第25節、横浜FMは3−1で勝利した。勝ち点3を掴んだのは、…
「ほぼ主導権を握れていて、自分たちのサッカーが表現できたと思います」
横浜F・マリノスのアンジェ・ポステコグルー監督は、そう言って試合を総括した。ホームに柏レイソルを迎えたJ1第25節、横浜FMは3−1で勝利した。勝ち点3を掴んだのは、結果的に原点回帰によるものだった。
柏レイソル戦で2ゴールを決めた伊藤翔
横浜FMが標榜しているのは、単純なポゼッションサッカーというだけではなく、思わず独自と表現したくなるハイラインとハイプレスにある。そうしたサッカーを構築する過程での”生みの苦しみ”とでも言えばいいだろうか。今シーズンの横浜FMは、なかなか結果が伴わず、苦しんでいる。
試行錯誤するなか、指揮官はシステム変更を決断。J1第22節の名古屋グランパス戦から方向転換を図り、4−3−3から3バックを主体とした3−6−1で戦っていた。
ただ、それでも1勝3敗と成績はふるわず。システム変更は、浮上への起爆剤にはなっていなかった……。だが、柏レイソル戦では、3バックのセンターを務めてきたDFドゥシャンが出場停止。ふたたび慣れ親しんだ4−3−3に回帰すると、これが見事にハマった。
前半5分こそ、前線に狙った縦パスをカットされ、逆に縦につながれると、FW伊東純也に抜け出されてシュートを打たれたが、その後はポステコグルー監督も語ったように、完全に主導権を握った。中から外、外から中へ――。横浜FMは巧みなパスワークで柏のプレスをかいくぐると、前半11分には左サイドでつないで相手を翻弄。最後はMF喜田拓也の縦パスからFWオリヴィエ・ブマルがバー直撃のシュートを放った。
前半27分には、左サイドバックながら攻撃時には中に入って組み立てに参加する山中亮輔が負傷。山中は、いわゆる横浜FMの独自スタイルを象徴する選手だが、そうした不測の事態にも選手たちはスムーズに対応した。急遽、左サイドバックを担った喜田は「やったことはなかったですけど、アクシデントはサッカーをやっていればあること」とはにかんだが、それだけ慣れ親しんだ4−3−3システムには、やりやすさと自信があったのだろう。
前半30分には、ブマルが左サイドから絶妙なクロスを上げると、GKの前に走り込んだFW伊藤翔が右足で合わせて先制。1−0で折り返した後半は、さらに前に出てきた柏を巧みにかいくぐってみせた。
追加点は後半14分、これがまた見事な崩しだった。山中に代わって途中出場していたMF大津佑樹が右サイドを走る伊藤に浮き球のパスを通すと、伊藤がゴール前に折り返す。これをゴール左で受けたブマルは一瞬ためて中央に落とすと、走り込んだMF天野純が左足で決めた。
柏は攻撃を遅らせるどころか、ピッチをワイドに使った攻撃にまったくついていけず、すべてのポイントで対応が後手に回っていた。それほどに横浜FMは、完璧に相手を揺さぶってみせたのである。
後半27分には、ケニア人FWのオルンガを投入した柏に1点を返されたが、後半33分にはGKとDFの連係ミスをついた伊藤が2点目を挙げて試合を決めた。
キャプテンマークを巻き、中盤の底から攻撃の起点となるパスを配球し続けたMF扇原貴宏が言う。
「4バックのほうがずっとやってきたこともあって、攻撃の部分ではスムーズにやれるという自信もあった。(4バックに戻すということで)監督からとくに説明があったわけではないですけど、ずっとやってきたこと。このシステムであれば、自分たちで試合を支配できるという自信はある。
だから、逆に今日は、守備のメリハリを意識した。失点はしましたけど、ボールを奪いにいくときと、いかないときのプレーをはっきりさせたことも大きかったと思う。相手の守備であり、マークをはがすことに関しては、どんな相手であっても自信を持ってやれている。だからこそ、守備でメリハリをつけていければ、勝ち点を積み重ねていけると思う」
2得点を挙げる活躍で勝利に貢献した伊藤も語る。
「4−3−3システムだと、自分がボールを持ったときにサイドに人がいるので(チームメイトを)使いやすいというのはある。3−6−1システムでも、(J1第24節の)ヴィッセル神戸戦では勝利していますし、相手に合わせて臨機応変に使い分けられたらとも思う。ただ、今日の相手には4−3−3がばっちりハマっていた」
横浜FMの多彩な攻撃が際立った一方で、裏を返せば柏の拙(つたな)さが目立った試合でもある。柏の加藤望監督は、きっぱりと「影響はない」と語ったが、横浜FMが急遽3バックから4バックにシステム変更してきたことによる守備の対応に難があったと言わざるを得ない。
柏はボールを保持する横浜FMに対して、積極的にプレスをかけていったが、闇雲に追いかけるだけで、どこに追い込むのか、どこで奪うのかが明確ではなかった。だからこそ、距離感のよかった横浜FMは、たやすく相手の守備をはがすことに成功していたし、多彩な攻撃を繰り出せてもいた。
試合前は柏が12位、横浜FMが15位と、ともに残留争いを強いられているが、同勝ち点29ながら得失点差で横浜FMが14位、柏が15位となった状況には、ここまで築いてきた、貫いてきた姿勢があるように思う。まさにチームとして培(つちか)ってきたものの差が、結果として表れたような試合だった。
ただ、柏戦に勝利したとはいえ、残留争いをしている横浜FMの立場が大きく変わったわけではない。それは、誰よりもピッチで戦っている選手たちが身に染みてわかっている。伊藤が噛みしめる。
「今日、勝ったことは何より大事ですけど、今シーズンは次の試合に負けて勢いに乗れないことが続いているので、次も何とか(力を)振り絞って勝ちたい」
育成年代から横浜FMで育ち、誰よりもこのクラブを思う喜田も続ける。
「勝つことって大変ですけど、その大変な思いを乗り越えた先にはすばらしいことが待っている。(ホームで勝利できたこの試合で)それを、みんな身をもって体感したと思う。
はたからみたら1試合に勝っただけかもしれないですけど、これを大きな1勝にしなければいけない。これからの取り組み次第で、それを変えていけると思うので、この感覚を大事にして、このクラブを全員が救っていくんだという気持ちを忘れてはいけないと思う」
24歳ながら、その言葉には重みがあり、ひしひしと感じられる覚悟であり、責任すら伝わってきた。
確かに残留争いから抜け出したわけでもなければ、状況が一変したわけでもない。だが、この1勝は横浜FMにとって、残りわずかになってきたシーズンをどう戦い抜くかの指針を示した試合になったのではないだろうか。ともに苦しみ、残留争いを繰り広げるチーム同士の対戦だったからこそ、なおさら進むべき道がはっきりと、それでいて対照的なまでに照らされていた。
たかが1勝、されど1勝――。気がつけば今シーズンのJ1も残り9試合である。3−1で勝利した柏戦は、横浜FMが今シーズン築いてきたサッカーへの自信を取り戻した瞬間だったのではないだろうか。