蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.38 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.38
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。
今回のテーマは、ロシアW杯で予想外の結果となったドイツとスペイン。優勝候補と目されていた強豪は、なぜ早期敗退してしまったのか。原因を探ってみると…。連載一覧はこちら>>
倉敷 今回は「ロシア大会で頑張れなかったチーム」について話をしようと思います。まず、ドイツから話しましょう。中山さん、ドイツはどうしたのでしょう?
中山 この大会でのいちばんのサプライズですよね。ただ振り返ってみると、去年の秋頃から始まって、とくに今年に入ってからの親善試合で結果が出ていませんでしたし、内容もよくなかった試合が続いていたんですよね。
倉敷 予選からのサイクルでみれば、ブラジルもそうでしたね。最後の方は勝てなくなっていました。
中山 ですから、本番に向けてチームの調子を上げられなかったことが敗因のひとつになったのだろうという気はします。
倉敷 契約は延長しましたが、ヨアヒム・レーヴ監督のサイクルは終わりなのでしょうか?
中山 個人的には、ドイツという国、あるいはドイツサッカー協会のこれまでの歴史を考えると、ここでレーヴをクビにせず、「まだ大丈夫」「サッカーの中身を変えればいい」という方針を固めたことは正しいというか、ドイツらしいと思いました。決してレーヴのサッカーがもう終わりだという感じはしませんし、そもそもレーヴ自身がやっていることは年々変わってきていますしね。
そう考えると、ドイツサッカー協会のサポートの下、レーヴ自身がサッカーをブラッシュアップすることで問題はないと思いますし、とにかく今大会で世代交代をしなければいけないことがはっきりしたので、そこさえクリアすればまた強いドイツが絶対に戻ってくると思います。
倉敷 グループステージを突破できなかったドイツ。大失敗のワールドカップを小澤さんはどう見ていますか?
小澤 それは誰も予想していませんでしたね。僕自身も、初戦でメキシコに負けても持ち直すと見ていましたから、本当にサプライズでした。レーヴ監督のマネジメントの部分の失敗、チーム作りの持って行き方に失敗があったと思います。たとえばGKマヌエル・ノイアーを最後の最後まで引っ張って、ギリギリのところで彼に信頼を託すという意味ではよかったと思いますが、昨シーズンあれだけバルセロナでよかったテア・シュテーゲンが控えていたことを考えると、彼が納得しているはずもないですよね。その辺はチームの骨格を早めに決めて、主力選手を決めてからチームづくりをしたところが、今大会では裏目に出た部分があったのではないでしょうか。
それと、メスト・エジルの代表引退騒動もあるように、やはり複雑な社会問題、社会背景がある国ですから、その辺はもう少しセンシティブに考えておくべきだったと思います。振り返ってみると、彼らにうまく行動を促すような協会のサポートやレーヴ監督のサジェスチョンがあったらよかったのかな、と思いますね。
倉敷 十分な戦力はありました。しかも、コンフェデレーションズカップでは若手を起用して優勝を遂げ、ドイツは盤石、万全であると思っていたなかでの失敗は、小澤さんがおっしゃったように、結局は慢心、油断という言葉になるかもしれませんが、監督のマネジメントにあったということでしょうね。
データマンの小林君、ドイツ国内の報道はどんな感じでしたか?
小林 厳しいですね。中山さんと小澤さんがおっしゃったように、親善試合の段階からよくなかったという記事もありました。大会が終わった後、マッツ・フンメルスも「以前からよくなかった」と話しています。個人的にも、小澤さんがおっしゃっていた問題も含めて、危機感に欠けていたと感じますね。
倉敷 すべての敗戦を精神論にすり替えてはいけないと思いますけれども、僕のイメージでいうと、ドイツはもっと戦える選手が多かったはずです。それは、たとえばドイツは育成がうまくいっている一方で、ひとつの方向に行きすぎていないか、つまり多様性を失いつつあるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
中山 どこのチームもそうなのでしょうけれども、結果が出るとすべてがよかったという話になるものです。たとえばエジルの件にしても、結果が出ている時は、ドイツはいろいろなものを受け入れたことによって強いチームが生まれたといわれていました。
フランスにしてもそうです。結果が出ない時は内部分裂といわれ、結果が出たら今回のようにチームが団結したという評価になります。たとえばバンジャマン・メンディがSNSでバラバラの国旗を全部フランス国旗に変えたというエピソードもありましたが、そういうところが必ずあるのだと思いますね。そこは、裏表というか、背中合わせなので。
ドイツは結果を出し続けることが義務みたいな国なので、さらに大変だと思います。それと、今回は同じメンバーでやりすぎてしまったところは否めませんね。テア・シュテーゲンの気持ちを考えたら、それは耐えきれないでしょうし、それこそチーム内にそのような火種がいろいろとあったのではないでしょうか。
倉敷 今回の強豪国に共通していた特徴ですが、特徴が明らかになっているチームほど研究されやすくて、そこを覆すほどの力がなかったチームは敗退していったという印象を受けますが、小澤さん、いかがでしょうか?
小澤 ドイツもそうですし、この後に話すスペインについても、ボール保持型、ポゼッション型のチームはことごとく相手に引かれて、それを崩せずに、逆にカウンターを食らって失点して負けるという同じようなパターンで負けていました。そこは顕著になっていたと思います。
とはいえ、ここ1、2年で見た時には、スペイン代表のフレン・ロペテギ監督は直前で解任されましたが、彼はそこを踏まえてうまくプランB、Cを作っていましたし、引かれた相手に対する崩し方を構築していました。大会前の3月の親善試合でドイツとスペインが対戦しましたが、それを見た時も本当に代表チームとは思えないようなハイレベルな親善試合でした。それだけに、短期決戦のワールドカップの初戦で失敗してしまうと難しいということを、あらためて感じましたね。我々日本代表を見ても、初戦の重要性を痛感します。
倉敷 たとえば、ドイツやスペインの敗れ方に同じ特徴があるのだとすれば、もともとポテンシャルのあるドイツやスペインがそれを乗り越えていくための戦術を、今後も期待できるのでしょうか?
小澤 すでにそれはヨーロッパのクラブ、たとえばマンチェスター・シティやバルセロナが実践していますから、基本的には攻撃においてはきちんと横幅を取って、その幅を取れる選手がドリブルで突破するだけの能力を持つということがポイントになると思います。だからこそ、今回のドイツでいうと、レロイ・ザネを招集外、落選にしたところがあらためて大きくフィーチャーされているのだと思います。
それと、基本的にドイツサッカー協会は縦への鋭さやゴールに直結するプレーについて積み上げてきている部分はあると思うんですけれども、レーヴ監督はポゼッションに舵を切ったサッカーをしているので、たとえばトニ・クロースを中心に長いボールを差し込んでカウンターを打てるような場面でも、まずボールを保持して相手に守備人数をかけられてしまうような遅攻を見せていました。ですから、逆にその辺りをレーヴ監督も含めたドイツサッカー協会があらためてドイツサッカーの原点を再確認すれば、またすぐに取り戻せるのではないかと見ています。
倉敷 たとえばバイエルン・ミュンヘンのようなサッカーを実践できる選手が何人も代表の選手にいるのであれば、それをそのまま持ってきてしまうことはプラスにはなります。でも逆に、そこは弱点にもなって、小澤さんが指摘されていましたけど、横幅がなくなってしまいますよね。相手のディフェンスを広げることができるウィングタイプの選手、ザネのような選手もそうですけれども、そういう選手を代表チームに呼ばなかったり、あるいは故障で使えなかったり、ということもあります。今後は、そこの部分でどれだけ引き出しを持てるかということが、逆襲につながるのでしょうね。
中山 サイドバックもそうですけれども、ウィングやサイドバックの選手をもう一度選び直すということも大事ですね。それと、あまりドイツは悲観しすぎない方がいいと思うんです。たぶんドイツの人は大丈夫だとは思いますが、今回はひと言でいえば大失敗だったわけです。何が大失敗だったのかといえば、僕自身は韓国戦に尽きると思っています。
倉敷 そうでしたね。あの試合で勝っていればラウンド16に進めました。
中山 スウェーデン戦でクロースが最後の時間帯でサヨナラゴールみたいなフリーキックを決めて、劇的に勝利して勢いに乗ったわけですから、普通に考えたら、韓国相手の試合で普通に勝っていれば、準決勝や決勝に進出していた可能性だって十分あったと思うんです。
ただ、あの韓国戦で油断してしまったのか、あのようなゲームをしてしまったのが最大の敗因ですよね。それはきっと、大会前からの流れということもあったと思いますが、あの試合さえ乗り越えるメンタリティがあれば、こうはならなかったのではないでしょうか。チーム内に引き締め役がいれば今回の大失敗はなかったかもしれません。それを含めてしっかりやり直しをすれば、きっとまた強いドイツがすぐに戻ってくると思います。
倉敷 そうですね。では次に、スペインの話をしたいと思います。「駄目だった10の理由」など、いろんなかたちで報道されていたようですが、これは小澤さんに聞くべきですね。バレンシアにいらっしゃる小澤さん、スペインの敗退についてはどんな風に分析されていますか?
小澤 ひと言、直前の監督交代に尽きると思います。すべてぶち壊しになって、ゼロからのスタートでしたから、さすがにW杯をほぼ監督無しの状態で選手たちだけで戦うというのは厳しい部分がありましたね。
倉敷 はい。まずそれがいちばんの理由だとして、その他にスペイン自体も研究されてしまっていたとか、あるいはフェルナンド・イエロの采配について、小澤さんが何か気になったことはありましたか?
小澤 あのタイミングでフェルナンド・イエロが監督になりましたが、彼はオビエドで1年だけ監督経験があったとはいえ、監督として成功はしてなかったわけです。あくまで2部で1年間だけ指揮して、すぐに監督を退いて協会のスポーツダイレクターに戻っていましたから、さすがに厳しいですよね。
それと、ロペテギ監督がこの3年間で積み上げたものを、イエロ自身が近くで見ていなかったことも大きいと思います。そういう意味でいうと、いきなり監督を引き受けて少し可哀そうな部分もありました。だからこそ、戦術的な部分や交代カードの切り方、あるいは選手交代が遅かったというところは、少しかばってあげる必要はあると思います。
それよりも、あのタイミングでレアル・マドリーの監督になるという決断をしてしまったロペテギ監督、それ以上にレアル・マドリーの戦略がスペイン代表の敗因になったのではないかと思っています。
倉敷 レアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長ですね。
小澤 会長の意向によって、スペイン代表がはめられたという風に僕は解釈しています。
倉敷 中山さんはどんな風に見ていますか?
中山 レアル・マドリーが戦犯ですよね。これは、スペインサッカー界だけの話ではなく、イタリアなんかもそうなんですけれども、クラブの方が協会よりも力があるということの表れだと思います。
倉敷 小澤さん、でもスペイン国内ではマドリーが悪いという報道って、あんまりないんですよね?
小澤 『マルカ』紙の声が大きくなる傾向があって、彼らは基本的にマドリー擁護の立場ですから、まったくそのような声はありませんね。逆に、ロペテギ監督がプレシーズンの準備を始めたことを喜んでいるような記事が出ています。
中山 サッカー協会よりもビッグクラブの意向の方が上だという意識があるので、こういうことが起きてしまうのでしょうね。これは3大リーグ、4大リーグの宿命みたいなところはありますね。
倉敷 小澤さん、ロペテギ監督がいなくなって、コーチングスタッフもみんないなくなったということでいいんでしょうか?
小澤 そうですね。彼のアシスタントコーチ、フィジカルコーチ、それからメンタルコーチも含めて、3人のスタッフと一緒に4人で出ていきましたから、本当にごっそりコーチングスタッフがいなくなりました。
倉敷 スペインの新監督はルイス・エンリケになりましたけれども、どの辺に期待をするのかということも含めて、プラスとマイナスについて忌憚のないところで聞きたいのですが。
小澤 僕は期待している部分が大きいですね。というのも、メディアとは関係がよくありませんでしたが、ルイス・エンリケはバルセロナというあれだけのビッグクラブで、叩かれながらもきちんとチームを作りましたし、現在のスペイン代表に足りないところを改善する策を持っている人だと思います。
スペインはボールを持てるチームですけど、引かれた相手をどう崩すかという問題に対して、彼は戦術的なバリエーションを作れるだけのものをバルセロナですでに実践していますから、そこに不安はないでしょう。もちろん選手は違いますけど、基本的にはイスコなど同じようなタイプの選手はいますし、これからまた新しい選手が代表でも台頭してくると思います。
彼はテクノロジーをかなり駆使できる監督ですし、攻撃の幅と深さをどう取って相手を攻略していくかというところについても、自分が信頼しているスタッフを代表に連れていって、サッカー協会自体を変革するくらいの意気込みで取り組むはずなので、期待していいのではないでしょうか。
倉敷 不愛想な性格が、メディアとの関係構築の障害になったりはしませんか?
小澤 それが、今回代表監督に就任して、バルセロナ時代には握手もしなかった記者がルイス・エンリケ新監督にインタビューしに行った時、今回は笑顔でルイス・エンリケの方から握手しにいっていたんです。
その記者がスペインのメディアで出ていて、「ルイス・エンリケは、以前とはこんなに違う対応をできていた。彼もプロじゃないか」と、評価をしていました。
倉敷 では、そこは心配する必要はないですね。
小澤 バルセロナとは違って、スペイン全土の期待を背負う代表監督ですから、そこはルイス・エンリケ監督もバルセロナの時のようなぶっきらぼうなメディア対応は、スタートのところではしていないですね。
倉敷 小林君、スペイン代表もドイツ代表もやり直しをするという点では、コンフェデレーションズカップに代わる新しい大会も始まりますね。
小林 そうですね。ヨーロッパ・ネイションズリーグという新しい大会が9月からスタートしますが、両チームにとっては重要な大会になると思います。それと、個人的にも両国ともそれほど悲観するようなことではないと思うので、これを機にリスタートを切ってもらって、また強い両国を見たいですね。
倉敷 大きな国が負けた後、その反発力という部分が楽しみになりますね。
中山 とくにドイツですね。ドイツは常に勝つ。なぜかといったら、負けた時に自己批判ができる。これが、最も世界で優れている国だと思います。ですから、負けた後の方がむしろ楽しみになります。
倉敷 小澤さん、スペインは自己批判についてはどうなんですかね?
小澤 スペインは、その瞬間は自己批判をしますけど、次の日からはもう…(笑)。協会としての自己反省みたいなものはあまりないですね。