なでしこジャパンが手にした今年2つ目となるアジアタイトルは、喜びと悔しさが複雑に交じり合うものだった。 アジア大会(インドネシア/パレンパン)決勝の相手・中国に対し、日本は、前線に岩渕真奈(INAC神戸)、長谷川唯、籾木結花(ともに日…
なでしこジャパンが手にした今年2つ目となるアジアタイトルは、喜びと悔しさが複雑に交じり合うものだった。
アジア大会(インドネシア/パレンパン)決勝の相手・中国に対し、日本は、前線に岩渕真奈(INAC神戸)、長谷川唯、籾木結花(ともに日テレ・ベレーザ)、中島依美(INAC神戸)らを揃えた。
2大会ぶりにアジア大会優勝を果たした、なでしこジャパン
小気味いいパス回しで相手の隙を突き、ワンタッチパスで好機を生み出すはずだった。ところが、中国の圧に押された日本はあっけなく主導権を渡してしまう。そして前半は全くパスがつながらず、前を向いて攻撃をしかけることすら難しい状況に陥る。
通常であれば、高い位置からプレスをかけてボールを奪い、少ないタッチでゴールを狙いにいくのが、なでしこジャパンの試合の入り方である。しかしこの試合では、あえてそこを封じてまでチャンレジしたいことがあった。
「とことん(ボールを)繋ぎ通そうって。今回は(自陣からでも)つなげてみようってチャレンジしたところはポジティブに捉えたい」と話すのは鮫島彩(INAC神戸)だ。
けれど、事態は深刻化していく。中盤の足元につけようとしても、詰めてきている相手に捕まってしまう。中国が先手を打ってポジションを取り、日本の動きをじわじわと限定していくと、ズルズルとラインは下がり、気づけば自陣で攻撃をかわし続ける泥沼にハマっていた。「0点。プラスに捉える内容がなさ過ぎて……」自己評価にガックリと肩を落としたのはボランチの隅田凜(日テレ・ベレーザ)。なんとか落ち着かせようと手を尽くしたが、事態は好転しなかった。
ここで踏ん張ったのが守備陣。クロスを警戒していたが、予想を裏切り中央突破やコンビプレーなど、多彩な仕掛けを見せた中国に翻弄されながらも、最後のところはサイドバック、ボランチのみならず、全員で体を張った守備を90分間貫いた。その甲斐あって、GK山下杏也加(日テレ・ベレーザ)のところではコースも限定でき、何本ものシュートストップにつながった。
この粘りは4月のAFC女子アジアカップでも見られたが、今大会では準々決勝から優勝を決める一瞬まで途切れることはなかった。これまでは肝心なところでミスからの失点で先行されることも多く、先に失点すると勝ちきれない弱さがあった。今大会では先制を許した試合は1試合もない。それだけ、粘る守備を体現できるようになっている証だ。
攻撃面では、決勝でこの1カ月間をほぼ同じメンツでやってきた集大成を見たいところだったが、たとえチャレンジ性を考慮した上でも、残念ながら収穫と明確に言えるものはなかった。
パスを封じられたのであれば、それに代わる手立てをピッチで見つけなければならない。当初のテーマと多少変わることがあっても、それは致し方ない。鮫島の言うように、あえてチャレンジするところと、変えていくところのライン設定を選手間で共有する必要がある。それが整えば、決勝ももう少し戦いやすくなったはずだ。
ところが、これだけ劣勢でありながら、90分の決勝弾は見事だった。岩渕の右奥へのパスに、反応した中島がダイレクトで折り返したところを当たっている菅澤優衣香(浦和レッズL)がダイビングヘッドで押し込んだ。スイッチを入れた岩渕からフィニッシュまで寸分の狂いもなく、日本らしい崩しに、この日途中出場だった菅澤の執念も盛り込まれたゴールは、たとえ中国の足が止まった後半であったとはいえ、この時間帯に仕留めることは簡単ではない。この強さは今までになかったものだ。
また、今大会での収穫はやはり守備だろう。最終ラインは鮫島や阪口萌乃(アルビレックス新潟)、國武愛美(ノジマステラ)といった本職でないポジションに起用されている選手も多く、真の意味での”安定”にはまだ遠い。わかりやすく”穴”が空くこともあるが、そこは経験で埋めることができる。少なくとも、清水梨紗(日テレ・ベレーザ)、三宅史織(INAC神戸)、鮫島を揃えていれば、ここで1枚新戦力を投げ入れてみても大崩れはしない。7月下旬のアメリカ遠征からアジア大会への約1カ月で、阪口、國武といった新戦力は”崩れさせない”レベルのプレーは十分に発揮したと言える。
阪口は北朝鮮戦で痛恨のファウルでPKを献上した。結果、1点差となり流れが変わりかけたがここも守備陣が踏ん張った。負ければ敗退のプレッシャーの中での悔いの残るプレーに試合終了後には涙が溢れた。どこのポジションでも同じだが、最終ラインは一つの判断ミスが失点に直結することもある。こればかりは痛い経験でしか学ぶことができない。
有吉佐織が(日テレ・ベレーザ)なでしこに招集され始めた頃にも同じことがあった。奇しくも同じ左サイドバックとして起用されたとき、侵入を止めたい一心で飛び出したファウルがあった。そのときの有吉は落ち込みながらもこう言った。
「同じ状況が起きて行くか行かないかとなったら、やっぱり行くと思います」
抜けさせて1点失点になるのであれば、そこで止められる可能性にかける覚悟は必要不可欠。いかにして止めにいくかを体得していくためには、ファウルももらってみなければわからない。その怖さを知った阪口はここからが本物のサイドバックとして成長できるに違いない。
メダルセレモニーで金メダルを手に笑顔をこぼす、なでしこたち。それでもピッチから離れればすぐさま反省。それもまたなでしこらしい姿だ。不完全でも不満足でもいい。勝利のための執着を捨てたらそこで終わりだ。確かに複雑な心境は察するにあまりあるが、どんな形でも優勝にたどりついたことは紛れもない事実。そこに勝利への要因は確かにあったのだから。彼女たちの苦悩の末の輝きとともに、8年ぶりに聞いた『君が代』は当時となんら変わることなく、誇らしく感じた。