蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.37 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.37

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。

 今回のテーマは、ロシアW杯で大会前の予想を上回る好結果を出したロシアとイングランド。苦戦すると言われていたチームはなぜ快進撃を見せたのか、その要因を分析します。連載一覧はこちら>>

倉敷 今回は、W杯で「意外とうまくいったんじゃない?」という国について話そうと思いまして、ロシア、イングランドを話題にします。中山さん、ロシアは頑張りましたね。こんなに走れるチームだったの?と、僕は思いましたけど。

中山 走りすぎじゃないか、というところもありましたけれども(笑)。

倉敷 なぜそんなに走れたのでしょうか?

中山 まずひとつは、開催国であったということ。それと、初戦がサウジアラビア戦という自分たちが望んだとおりの組み合わせだったことも影響しているでしょうね。やはり初戦に勝つと勢いに乗りますから。

倉敷 あれでロシアは勢いがつきましたね。

中山 そこは大きかったと思いますね。僕が感じたのは、決勝トーナメントに勝ち上がった後の戦いぶりは決して運だけではなかったというか、それなりの理由があってスペインを撃破できたと思います。準々決勝でクロアチアにPK戦で負けてしまいましたけど、試合内容はすばらしかったし、ロシア国民も本当に大盛り上がりでした。

倉敷 現地で実際に取材されて、どうでした?

中山 もともとロシアの人は、国民性としてそれほど感情を表に出さないのですが、グループリーグ突破が決まってからは、国内の雰囲気がものすごく変わったという印象を受けました。どこの会場に行っても、ロシアの試合でなくても。

倉敷 ロシアの試合ではないのに(客席スタンドは)「ロシア! ロシア!」のコールでしたね(笑)。

中山 はい。今大会でスタンドを埋めていたのも、ほとんどがロシアの人でしたしね。その度に、ロシアのサッカー熱をあらためて感じましたし、実際に現地はすごく盛り上がっていました。

倉敷 小澤さん、ロシアの躍進についてはどんな風に見てらっしゃいましたか?

小澤 大会前にシステムを3から4バックに変えて、戦術的に大会仕様にしてきた部分はあったにせよ、スタニスラフ・チェルチェソフ監督が上手くチームを作ったという印象は持っています。確かに相手に恵まれた部分はありましたけど、グループリーグでは開幕戦のサウジアラビア戦で5点取ったように攻撃が機能していました。また、ラウンド16のスペイン戦の守り方については、あれだけ守っても、カウンターはアレクサンドル・ゴロビンを中心にしっかりできていましたから、そういった戦い方もよかったと思います。予選がなくて苦しい試合を経験していないチームだったにもかかわらず、攻守のバランスも取れていました。

倉敷 小澤さん、ロシアの監督はかなりマニアックなイメージがあるんですけれども、どうですか?

小澤 そこは僕も感じましたし、実際にどれくらいマニアックなのか本人に聞いてみたいですね。緻密に作り込んでいると思いますし、きちんとヨーロッパの体系化されたサッカーを学び取っているところは、今大会のサッカーを見ても随所に感じます。

倉敷 中山さんはどんな印象ですか?

中山 驚きましたね。まず、スペイン戦では5バックにして、ある意味、この試合に関してはスペインのイエロ監督とは対照的な、素早いベンチワークも目立っていました。今大会から延長に入ると4人目の交代が使えるという新ルールもあって、後半は予め時間を決めていたように素早く交代カードを切って、次の準々決勝のクロアチア戦では試合中に3回もフォーメーションを変えていましたからね。

ゲーム展開や流れなどをすべて把握したうえで、そういった戦術変更をしていたので、マニアックな監督なのかもしれませんが、いい準備もしていたと思います。

倉敷 マニアックな戦術家というのは、うまくいく時といかない時があると思うんです。たとえば、ポーランドは同じような形を持っているけれども、「笛吹けど踊らず」になった典型的なチームになってしまいました。ロシアがうまくいっていたというのは、いいサイクルが働いている最中に、チーム内にいいモチベーションもあったと見ていいのでしょうか?

中山 そうですね。各選手が自分の持っている力を各試合で全部出しきるということがしっかりできていましたし、そのなかに規律や戦術的な統一感もあったので、結果的にいい内容のゲームが、決勝トーナメントでも2試合連続でできた大きな要因になっていたと思います。

倉敷 ロシアが勝った日は、地元のスーパーで5%オフのセールなどはなかったんですか?

中山 それはないですが、おそらくビールなどいろいろな物が売れたと思います。大会途中からは、街中でもロシア国旗を手にしている人やロシアのTシャツを着ている人が急増していましたから。

倉敷 ワールドカップでその国が消費するワインの量、チーズの量など、経済効果がかなりありますから、ロシアの場合はウォッカやイクラの消費量が上がったという話にもなってきますね。

 小林君、ロシア国内の報道をリサーチしていて面白かったこと、何か興味深かったことはありますか?

小林 まず基本的に、チェルチェソフ監督に対する評価は高かったようです。たとえば、初戦はフョードル・スモロフをFWにして戦ったものの、彼の調子を見極めてすぐにFWを入れ替えたり、大会前は3バックで固定していたにもかかわらず、本番では4バックにしたり、5バックを使ったり。それと、アレクセイ・ミランチュクと心中するのかと思っていたら、彼を使わないでゴロビンを中心にしたり。

 チェルチェソフ監督は選手のセレクションも上手だったと思いますし、調子のいい選手、悪い選手の見極めも非常に上手だったと思います。倉敷さんもおっしゃっていましたけど、それとは対照的にポーランドはそこが失敗したと思いますね。とにかく、ロシアにとっては本当にいい大会になったと思います。

倉敷 中山さん、ロシアのサイクルはこれからも続きそうですか?

中山 もちろん今大会はできすぎかもしれませんが、僕が現地で感じたのは、ロシアは僕らが思っているよりもサッカー大国だということでした。たとえば、テレビではワールドカップのひとつひとつの細かいプレーを検証したり、VARのシーンだけを集めて分析してディベートしていたり、ドリブルのシーンだけを集めて誰がいちばん優れたドリブラーなのかをランキングしたりとか、とにかくスポーツチャンネルでは3、4時間のワールドカップ番組を連日放送していました。歴史があるので当然かもしれませんが、あらためて「ロシア人はサッカーが好きなんだ」ということを実感しましたね。

倉敷 やっぱり僕もロシアに行けばよかったな(笑)。

 では、続いてイングランドに話を移しましょう。小林君、イングランドがこんなに勝ち上がったのは久しぶりのことですね。

小林 本当ですね。でも、少し前から始まった強化策が実を結んだところと、アンダー世代の代表を指揮していたギャレス・サウスゲイト監督をA代表監督にしたことも影響したと思います。イングランドも、フランスと同じように2年後、4年後が最大のターゲットだったと思いますが、今大会はとてもいい下地になったのではないでしょうか。

倉敷 特に面白かったのは、イングランドが上のラウンドに勝ち上がっていった際、対戦相手にはプレミアリーグでプレーする攻撃的な選手が多くいたということでした。イングランドが3位決定戦で負けたベルギーなどは、まさにオール・プレミアリーグみたいなチームで、思わずプレミアリーグを見ているような気分になってしまいました。

小林 そういうなか、ハリー・ケインが大会得点王を獲得したことは、イングランドの未来にとってよかったかもしれないですね。

倉敷 たしかにね。小澤さんはイングランドをどんな風に見ていたでしょうか?

小澤 自分たちのやれることをきちんとわかっているチームでしたね。たしかに準決勝でクロアチアに負けた時は、プランB、Cがなかったことが露呈したとは思いますが、自分たちのサッカーは3バックで、基本的にロングボールを使いながら、あまりショートレンジのパスをつながないというところを徹底していました。

 ただ、ボールが2列目に入った時にはもっとコンビネーションを使うなり、ドリブルで崩すなり、そういうところの選手の使い方も含めて工夫が必要だと感じましたが、とはいえサウスゲイト監督は割り切ってあのやり方を貫き、最終的に困ったらセットプレーというところも徹底していましたから、逆に好感は持てましたね。いろいろなことをやりすぎて結局ぼやけてしまうよりも、ひとつの形を突き詰めたという部分で、今大会のイングランドの躍進、ベスト4入りがあったのではないかと思っています。

倉敷 中山さんはどんな風に見ていますか?

中山 まず、ラウンド16でコロンビアに勝ったことで、ひとつの大きな壁を突き破ることにつながったと思います。ただ、もちろん今回の結果も大事ですけれども、この国は選手がなかなか育たないということもあらためて感じました。

 どうしてもプレミアリーグは外国人選手が主体だから、自国選手が育たないと言われますが、もしデレ・アリなどが今大会でもう少し活躍していれば、少しそのイメージも変わったかもしれません。

 でも、現在世界のトップレベルにある下の世代がA代表の穴をしっかりカバーできるような環境ができれば、きっとこのチームは強くなると思います。プレミアリーグの現状を考えると、そこのポジションを奪うのはなかなか難しいかもしれませんが、最近はヨーロッパの他のリーグにイングランドの若い優秀な選手が移籍する流れも出始めているので、ベルギーがそうであったように、近い将来に何か変化が起きるかもしれません。

倉敷 イングランドの選手はあまり国外に出ませんからね。

中山 そういうところがありますね。でも、その流れができてくると、代表チームにも還元されて、常時もっと上を目指せる代表チームになるかもしれないという期待はあります。

倉敷 イングランドの弱点は、A代表ではフィジカル担当の選手が多くプレーしているけれども、プレミアリーグのゲームメーカーは他の国の選手に依存しているので、その部分がイングランド代表からは抜け落ちてしまうということにあります。

 一方で、中山さんが指摘されたように、下のカテゴリーにはそういう選手がいるけれども、プレミアリーグでは外国人選手との競争に勝てなければ出場機会を失い、結局A代表の駒は欠けたままになってしまう。小澤さん、育成を考えるうえで、どのようなマネジメントをすることが必要なのでしょうか?

小澤 そこについては、僕自身は楽観視しています。プレミアリーグは予算もあるので、とにかく世界中からスター選手をかき集めて世界一のリーグになったことで強化されていたと思いますが、FAもプレミアリーグも、それだけではイングランド代表が強化できないという意見で一致して、実際に育成をセットにした中で代表チームの強化をしていますし、それによってアンダー世代の代表も世界大会で結果を出すようになり、優秀な若手選手もたくさん出てきています。

 今回は若いチームでベスト4まで勝ち上がったわけですし、ラヒーム・スターリングやデレ・アリなど、現在所属クラブで世界トップレベルの監督の指導を受けて、技術的にも戦術敵にもレベルを上げている選手たちもいます。

 たしかに、ゲームメーカーでいうと、中盤で機転を利かせてボールを配球できる選手がいませんでしたけど、そういうタレントもすぐに出てくると思いますし、今後、イングランド代表にもそういう選手がたくさん出てきそうな予感がします。今後はイングランドがサッカーの母国、サッカー大国として復権して、世界にその育成モデルを示してくれるのではないかと期待しています。

倉敷 今回のロシア大会は、イングランドにとっても、これからどの方向に進んでいくべきかということがはっきりした大会だったと思います。とくに、今後もVARが進化していくとしたら、セットプレーで有利なイングランドは、それを磨いたうえで何を足していけばいいのかということを、考えやすくなっているかもしれません。