453日――つまり1年あまりで、”中華ミラン”はあっけなく終焉を迎えた。ミランの戦略ディレクターに就任したパオロ・マルディーニ photo by Nakashima Daisuke/AFLO 中国人投資家リー・…

 453日――つまり1年あまりで、”中華ミラン”はあっけなく終焉を迎えた。


ミランの戦略ディレクターに就任したパオロ・マルディーニ

 photo by Nakashima Daisuke/AFLO

 中国人投資家リー・ヨンホン氏が、シルビオ・ベルルスコーニからミランを買収したのは昨年4月のこと。「ミランをまた世界の頂点に返り咲かせる!」と公言していたものの、その舌の根も乾かぬうちに、リー氏はミランから去っていった。その理由は――平たく言えば借金が返せず、借金のカタにミランを取られてしまったのだ。

 そもそもこの取引には当初から大きな無理があった。ミラン買収プロジェクトが発足したとき、その主体は中国政府系のファンドや企業が多数参加するコンソーシアムだった。だがその後、参加者が次々と手を引いていき、残ったのはリー氏のみとなった。

 明らかに資金の足りない彼は、アメリカのファンド会社エリオット・マネジメントに3億3000万ユーロ(約430億円)を融資してもらい、ミランの株を担保に差し出した。リー氏は借り換え、借り換えの綱渡りで、期限とされた今年6月までに借金を返していくつもりだったが、最後の3200万ユーロ(約42億円)をどうしても用意することができず、ミランはエリオットのものとなった。

 経営陣の交代で不安定さは一掃された。リー氏のバックボーンはいまひとつ不透明だったが、エリオットは巨大企業だ。一国を相手にも経済戦争もしかけられる力を持つ(実際、アルゼンチン政府に金を貸し、その債務不履行で争っている)。ただし、エリオットの計画は、その1日目からはっきりしていた。

 彼らがほしいのはミランのオーナーの座などではない。その目指すことはただひとつ”金儲け”だ。ミランを立て直し、高値で売れるようになったら、売り払ってその利益を享受する。これがエリオットの唯一の目的であり、そのことはエリオットのCEOポール・シンガーも公言している。

「UEFAのフィナンシャルフェアプレーのルールにのっとりながら、財政と経営を安定させ、それを保ち、ミランに体力をつけさせ、投資するにふさわしいクラブチームにする」とは、彼が名刺代わりに述べた言葉だ。ミランをまるで息子のように愛していた(それがチームのためになったかどうかは別として)ベルルスコーニとは、大きな違いだ。

 エリオットにとってミランは投資の対象以上でも以下でもない。それをミラニスタたちがどう受け止めるかが懸念されたが、その点でもエリオットは抜かりがなかった。彼らは新生ミランの顔に、歴史を築いてきた多くのレジェンドたちを呼び戻したのだ。

 その名前を聞くだけで、その顔を見るだけで、ミランの黄金時代を彷彿させる者たち。かつてミランでプレーし、監督や幹部も務めたブラジル人のレオナルド。そしてミラニスタにとっては永遠のキャプテン、ミランの生ける伝説パオロ・マルディーニだ。レオナルドはスポーツディレクター、マルディーニはスポーツ部門戦略ディレクターに就任した。また、ミランで一時代を築いたカカの参入も画策されている。

 裏にどんな思惑があれ、チーム周辺は今回の変革をポジティブに受け止めている。記者会見でもジェンナーロ・ガットゥーゾ監督が、レオナルドやマルディーニの存在が選手たちにやる気を与えているとコメントした。

「彼らの姿をピッチで見かけると、選手たちはとても興奮するんだ。パオロも選手たちとよく話すし、選手の経験が長いから、何を話したらいいかもよくわかっている」

 選手側からも歓迎の声が上がっている。今シーズンから加入したGKホセ・マヌエル・レイナはもう36歳のベテランだが、「レオナルドとマルディーニの間にいると、緊張で手に汗をかいてしまうよ」と、まるで少年ファンのようだ。

 マッシモ・アンブロジーニ、マウロ・タソッティ、クリスティアン・パヌッチらのかつての同僚たちも喜びのコメントを寄せている。

 サポーターももちろん同じだ。特にマルディーニの復帰は多くのミラニスタを喜ばせた。引退試合で一部のサポーターがブーイングを浴びせたこともあったが、それでもマルディーニはいまだに100万人の熱狂的なファンを持っている。

 彼の入閣は「ミラニズム」の復活を象徴する。黄金時代のミランへの回帰。ミラニスタたちはまたチームへの情熱を取り戻した。ミラネッロに行けばそのことがすぐにわかる。ここ1年ですっかり寂しくなっていた練習場のゲート前には、今はまたファンの人だかりが見られるようになった。

 チームの経営も以前に比べてより慎重に、緻密になった。なにより新オーナーがミランにもたらした大きな贈り物は、ヨーロッパリーグ(EL)追放の取り消しだ。昨年夏の補強の無茶ぶりもあってUEFAのフィナンシャルフェアプレーにひっかかり、ミランはせっかく手に入れた2018-2019ヨーロッパリーグの出場権を取り上げられてしまった。

 しかし、新オーナーの巨大な資金のおかげで、無事ヨーロッパを舞台に戦えるようになった。もちろん、だからといってこの夏すぐに補強に大金をかけることは無理だが、ゴンサロ・イグアインの獲得など、可能な範囲内での最良の動きをしている。

 今シーズンのミランの目標は、少なくとも昨季の6位という以上の成績をあげることだ。昨年夏の補強は間違いだらけだったが、それでも、チーム再建に結びつく基礎力を作ったことには間違いない。そこに今回新たにゴールを量産できるイグアインや、将来チームの要となるだろうマッティア・カルダラが加入したことで、ミランの戦闘能力は確実にアップした。

 ミランが今シーズン、セリエAの上位を保ち、チャンピオンズリーグ(CL)出場権を得られる4位入りを争うことは間違いないだろう。ユベントスは別次元にいってしまっているが、少なくともナポリ、ローマ、インテルとは互角に争えるはずだ。ただ、それ以上、つまりスクデットやヨーロッパでの勝利を求めるにはまだ早い。再建には時間が必要で、一朝一夕にはできない。今はその基礎が整ったことでよしとしよう。

 忘れてはいけないのは、今のこのミランは仮の姿であるということだ。エリオットは永遠にミランのオーナーであるわけではない。ミランが商品である以上、現在はその価値を高めるために、可能な限りのサポートはするだろう。

 ミランが高値で売れるまでにどのくらいの月日が必要かはわからないが、少なく見積もっても2、3年以上はかかるだろう。ミランがCLに出られるまでの月日だ。しかし、ミランの商品価値が上がれば、エリオットはすぐに売りに出すだろうし、もしいくら待ってもミランが立ち直れなかったら、彼らはバッサリと切り捨てるに違いない。

 その後、ミランを手にするのは誰なのか? ミランがかつてのミランに返り咲けるかどうかは、そこにかかっている。