蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.36 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.36

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。

 今回のテーマは、ロシアW杯で苦戦する国が多かった印象の南米勢。メッシやネイマールら、個の力は十分すぎるほど揃っていながら、優勝できなかった要因を考察します。連載一覧はこちら>>

倉敷 今回は南米勢について。中山さん、まずはブラジルです。もっと上に行くと思っていましたが、残念でしたね。

中山 それくらい強いチームだったと思いますし、前回の自国開催の時に準決勝でドイツに1-7で負けたという屈辱もありましたし、僕も今大会ではもう少し上に行けると思っていたのですが……。順当にいけば、フランスとブラジルが準決勝を戦うと予想して見ていたのですが、残念ながらカゼミーロが不在のベルギー戦で負けてしまったのは、少し運がなかった部分もありましたね。

 ただ、このチームは今大会ではベスト8で負けてしまいましたが、意外と評価はそれほど低くなくて、チッチ監督がそのまま続投ということになったのも、それなりに評価されていたからだと思います。なので、今後も期待ができるのではないでしょうか。

倉敷 キーワードのひとつは、「ネイマールはもっと頑張れなかったのか?」ということですが、ただ、彼は大きなケガをして、厳しいリハビリを積んで、何とか本番に間に合わせてきたというところは意外と報道されていないのでかばいたい部分もあります。データマンの小林君はブラジル敗退についてどんな記事が気になりましたか?

小林 ブラジルメディアでも、ネイマールに限らず、たとえばガブリエル・ジェズスにこだわった部分や、チッチ監督が今年2月くらいにスタメンを公表した部分など、「ちょっと甘やかしすぎたんじゃないか」という厳しい声がありました。それと、「やり方にこだわりすぎたんじゃないか」という反省を踏まえて、もう1度、4年後を目指していこうという雰囲気にはなっているので、チームの再建ぶりを含めてあらためて見てみたいですね。

倉敷 「ダニ・アウベスがいたら」という声は各国で出ていると思いますが、小澤さんは、今回のブラジルについてどう見ましたか?

小澤 僕はダニ・アウベスの不在がこれほど大きくなるとは思っていませんでした。やはり彼の不在によって、最初は右サイドバックにダニーロを使いましたけど、すぐにファグネルに変えて、どちらかというと右サイドはウィリアンひとりに任せて左サイドから攻めるという、左寄りの攻撃にシフトした。

 そのことで、コウチーニョをインサイドハーフに置いたこともあって、攻撃が左サイドに偏りすぎた部分があったと思います。そのなかで、ネイマールのコンディションがトップフォームから比べると少し見劣りしていたことも含めて、予選の時のような強さや安定感がなかったと思います。

倉敷 ヨーロッパサッカーを分析するのと同じアプローチやメソッドでブラジルのサッカーを見た時に、小澤さんはどんなところが戦術的に興味深かったか教えてください。

小澤 ブラジルの強さは、ヨーロッパのように監督主導で戦術を落とし込んで、それによって選手たちが駒のように動くという部分とは違って、より選手に主体性を持たせて、あるいは自由を与えて、より選手が自分たちの裁量で局面を打開していくところがブラジルのよさであり、強みであると思います。とくにマルセロとネイマールの関係が象徴的ですが、彼らが局面局面で、攻撃においては相手を見ながら崩していきますので、ヨーロッパ勢からすると読みにくいですし、対応しにくいことは思います。

 逆に、今大会でいうと、チッチ監督が早めにチームの骨格や主力を固めて大会に臨んだところが裏目に出てしまった印象ですね。ただ、チッチ監督のブラジル、あるいは南米の監督としてのチーム作りとしては、間違ってないアプローチだと思うので、今後もブラジルは国際大会に出る度に最低でもベスト4に入ってくるだけの強さ、タレント力、育成力を持っているんじゃないかなと思っています。

倉敷 中山さん、チッチのチームになってからのいちばんの特徴は、クリーンシートが非常に多いチームだということですね。セレソン・ブラジレイラは攻撃的なイメージを持たれているファンの方も多いでしょうが、実は守備が非常に強い。

中山 強いですね。これが最大の特徴でしょう。無謀に両サイドバックが上がって、後ろが2、3人しかいないという状態がほぼありませんし、相手のカウンターに備えて必ず4人はしっかり後ろに残っているのが大原則になっています。そこが、守備の強さにつながっていたと思います。だからこそ、攻撃は少ない人数でコンビネーションを取っていかなければいけないという辛さが若干あったかもしれません。

 昔のブラジルみたいに、テクニックを駆使して、横パスを使いながらうまくリズムを取って、相手を揺さぶってから仕掛けるところでショートパスやドリブルで突破するというパターンとはまた少し違っていました。現在はほとんどの選手がヨーロッパでプレーしていますしね。ただ、しっかり守備をベースにしているので、今大会も失点は少なかったのですが、ベルギー戦でやられてしまった格好になってしまいました。

倉敷 ドウグラス・コスタが途中でケガをしたのも、大きかったと思います。右サイドのアクセントがなくなり、本当にウィリアン頼みになってしまいました。

中山 そもそもウィリアンは、カウンターなど相手に攻め込まれた後の攻撃の時に活躍する選手なので、格下相手の試合で自分たちがボールを保持している状態では、どうしてもウィリアン起用の効果が薄れてしまいますよね。グループリーグのコスタリカ戦だったと思いますが、ウィリアンで手詰まりした際に途中からドウグラス・コスタを入れて攻撃が活性化したことがありました。試合の最後にネイマールもゴールを決めた試合です。 

 その一方で、ラウンド16のメキシコ戦のような試合ではウィリアンが効果的でしたし、ブラジルにはそういったバリエーション、またそれだけの駒がいるので、使い分けはうまくできていたとは思います。それだけに、ドウグラス・コスタが故障で使えなくなってしまったのは痛かったですね。

倉敷 ブラジル代表が勝てばもっといろいろなことが話題になったでしょうね。たとえば、特別なメンタリティーという点では、セレソンの23人のうち8人がお母さんに育てられた選手だという話もありました。お父さんが蒸発してしまったり、亡くなってしまったり。カゼミーロに至っては、教会からの寄付で育った選手だということもあって、いろいろな物語をもっと伝えたかっただけに、準決勝に勝ち上がれなかったことは残念でしたね。

中山 間違いなく前回大会よりも強いチームでしたしね。なのに今回はベスト8で、前回はベスト4というのも、やはり勝負のあやというか、正当な結果ではなかったような気もします。

倉敷 ブラジルは前回大会の時には8番の選手がいない、9番の選手がいない、ということが問題にされていましたが、今回、やっと9番にガブリエル・ジェズスという選手が見つかってほっとしていたら結果を出せずに終わってしまいました。8番も、果たして今回は誰だったのでしょうか。5番はカゼミーロでしたが、やや似たタイプのパウリーニョが8番なの?実は2番もいなかったことが苦しかったのかもしれません。

 では次に、アルゼンチンについても触れておきたいと思います。中山さん、今大会のアルゼンチンはいかがでしたか?

中山 敗退後にいろいろと敗因について話題になっていますが、そもそもホルヘ・サンパオリが監督をしているのに、彼が持っている特徴がまったく反映されてないチームになっていたので、これなら誰が監督をしても同じですよね。リオネル・メッシ中心のチームにするなら、監督はサンパオリでなくても良かったという気がしますし、そういう意味では、彼の株を下げてしまったのではないでしょうか。

倉敷 23人のメンバー選考についてはどうですか?

中山 ベテラン中心になってしまっていましたし、そこには周囲で言われているように、やはりメッシの意向がかなり入っていたのではないでしょうか。パウロ・ディバラを選んでいながら、結局1度も使えませんでしたしね。

倉敷 小林君、その辺はどうですか? 南米の報道では特にいろいろと嘘か本当か分からないことが入り混じるじゃないですか。サンパオリがメッシに「誰がいい?」と聞いてくるから、メッシが「僕は誰の名前も挙げたことはない」と答えたという報道がある一方で、やっぱりメッシ・フレンズしか駄目だという報道もありますが。

小林 そうですね。まず個人的に、そう感じさせるような23人だったと思うので、チームとして戦えているという要素は見受けられなかったように思います。

倉敷 小澤さん、アルゼンチン代表に関してはどんな印象でご覧になっていましたか?

小澤 サンパオリ監督は、アルゼンチン代表監督は長年やりたかった夢だと言って、セビージャの監督を途中で放り投げて行ったぐらいの人ですから、やりたかったことはたくさんあったと思います。しかも、戦術的なものもかなり持っている監督であることは間違いないです。

 ただ、そうはいっても、メッシ中心にチームを作る際、ある程度彼に話を聞きながらチームを作っていたと思うので、そのメッシ中心に作るというところでのアイデアは残念ながらなかったのかなと、今大会を通じて思いました。

 指揮権はく奪ではないかという報道も見て取れましたし。実際にはアルゼンチンの選手くらいであれば、ある程度ピッチ上で解決できると思うので、裁量を与えればできる選手たちだと思うんですけど、最低限の信頼関係が作れずに終わったのではないかと見ています。

倉敷 トップ(監督)が絶対のチームなのか、ボトム(選手)から声をあげていくチームなのか、アルゼンチン代表に関してはわかりづらいところがありますが、今回いちばん納得できないのは、サンパオリがセビージャの監督を辞める時に彼が言った言葉「メッシを指導してみたい」です。彼は実際に何か指導したのでしょうか?いちばんの根っこは間違いなくアルゼンチンサッカー協会の問題です。すべてはそこから始まっていて、いまだにこれが尾を引いているという状況です。

中山 アルゼンチンサッカー協会は、会長選挙で不正があったり、とにかく組織のゴタゴタが続いているので、選手も大変だと思います。そもそもそこが予選で苦労した原因だったのにもかかわらず、結局本番でも中途半端な手を打ったことで結果を出せずに終わってしまいました。

 それと、メッシはまだ十分にやれると思いますけど、その間に選手たちは年齢を重ねていくわけですから、アンヘル・ディ・マリアもそうですし、ゴンサロ・イグアインもそうですし、そろそろ厳しい年齢になってきています。それなのに、今回も若い選手をうまく使えなかった。そう考えると、今後も大変だと思います。

倉敷 南米予選を最後に突破した時はメッシの劇的な活躍があって、メッシが神だと言われて、今大会でワールドカップにどこまで近づけるか、いよいよディエゴ・マラドーナと最後の比較かなと思っていたら、結局マラドーナとの比較はワールドカップ以外の部分でするしかないようです。メッシを擁していながら力が発揮できずにいることが本当に残念ですね。

 では最後に、ウルグアイについて少しだけ触れたいと思います。小澤さん、ウルグアイについてはどんな印象でしたか?

小澤 ソリッドな4-4-2から、ルイス・スアレスとエディンソン・カバーニを生かすことができていて、すばらしいサッカーを見せてくれたと思います。また、試合を通じてメンバー選考しながら中盤の形をうまく変えて、最終的にはルーカス・トレイラがアンカーに入って、ロドリゴ・ベンタンクールをトップ下としてプレーさせる形でチームを作って、大会を通じて成長していたので、もう少し見たかったという印象があります。

倉敷 中山さん、ウルグアイは戦えるチームでしたね。

中山 このチームは、オスカル・タバレス監督の長期政権ということもありますが、ウルグアイサッカーの伝統がしっかりと継承されていたという印象を受けました。とにかくディフェンスが強い。そのうえで、少ないチャンスをものにしていくというスタイルです。伝統国らしいブレない部分がしっかりあるので、ディフェンダーのタレント性では、以前のイタリア並みに高いクオリティーがありますよね。

倉敷 小林君、ウルグアイはどうですか?

小林 中山さんがおっしゃったように、とにかくディエゴ・ゴディンとホセ・ヒメネスの2人のセンターバックのレベルが高いですね。

倉敷 ただ、カバーニがいないとああいう負け方(準々決勝で)になってしまうのかと思うと、プランB、Cがなかったのが痛かったということになりますね。たったひとつのチームで戦うのが、ウルグアイという国なのでしょうね。

中山 南米の中でも人口の少ない国ですしね。

倉敷 確かに。でも、クロアチア、アイスランドもそうでしたが、今大会は小さな国が頑張っていましたね。