蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.34 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.34
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。
今回のテーマは、ロシアW杯で躍進したクロアチア代表について。モドリッチを中心に粘り強く勝ち上がったチームのストロングポイントを分析します。連載一覧はこちら>>
倉敷 今回はクロアチアの話をします。中山さん、クロアチアは頑張りましたね。
中山 何といっても、決勝トーナメントに入ってから延長戦を3試合連続で戦ったということが驚きですね。他のチームと比べると1試合分多い時間を戦ったなかであのパフォーマンスを見せたわけですから、本当に恐れ入ります。
倉敷 オシムさんが今回のクロアチアについて「謙虚さのあるチーム」だとコメントしていました。強者が集うリーグのビッグクラブでプレーしている選手ばかりだが誰も努力を惜しまず、できる限りのプレーをしている。国民との関係性も良い。彼らからは、謙虚さを学ぶべきだ。たしかそんなニュアンスだったと記憶しています。たしかにモドリッチを中心としたあの走りには、心を揺さぶられましたね。
中山 しかも大会を戦う中で、次第に形ができていきました。おそらくそれは、ズラトコ・ダリッチ監督が持つ”チームをまとめる力”が際立っていたからでしょう。戦術的にも、当初はイヴァン・ラキティッチとルカ・モドリッチの2枚をボランチの位置に並べていたのですが、決勝トーナメントに入って対戦相手を見ながらマルセロ・ブロゾビッチを2人の後方に配置して、中盤の構成を変化させていました。
倉敷 そのブロゾビッチがよかった。
中山 はい、この起用がヒットしましたね。クロアチアには、そういった緻密さもあったと思います。
倉敷 データマンの小林君に聞きますが、ダリッチ監督はどう評価されていましたか?
小林 記者会見を全部訳していましたが、毎回のようにモドリッチのことを質問されるんですね。でも、そういう質問に対してもしっかりと答えますし、モドリッチについて語ったうえでチームのこともしっかり語っています。
そういった点から見ても、しっかりチームを作っていく監督だという印象を受けましたし、さきほど話に出たブロゾビッチは、実はもともとレギュラー候補ではなかったなかで、彼が走れるという特性を見抜いてアンカーで起用しました。実際に延長戦120分の試合ではありましたけど、準決勝のイングランド戦では16キロ以上の走行距離を記録して、ワールドカップ・レコードになりました。
倉敷 16キロ!
小林 選手の特性を見抜いてチームを作る部分や、チームとして育てていくというマネジメントの部分など、ダリッチ監督は本当に上手だったと感じます。
倉敷 彼は協会やクラブチームとも戦える監督でしたね。
小林 そうですね。収監されてしまう可能性があるために現在はボスニアへ逃げているズドラブコ・マミッチ(前ディナモ・ザグレブ会長)という悪者がいるのですが、彼とクロアチアサッカー協会のダヴォール・シュケル会長がズブズブの関係で、協会内もかなりゴタゴタしていたのですが、ダリッチ監督は彼らの言いなりにならず、しっかりとチームを守り続けました。不満分子となったニコラ・カリニッチを追放したことからも分かるように、とにかくチームマネジメントの面で際立っていましたね。
倉敷 ある意味で、デシャン監督にも通じるようなタイプなのでしょうね。
中山 そうですね。いわゆる和を乱さないためのマネジメントができる人だと思います。カリニッチが1試合を終えた後に不満を漏らしてメンバーから外ずれたのも、そういうことだと思いますね。
倉敷 カリニッチ、残っていればよかったんですけどね。
中山 ええ。でも、そういう部分が彼の未熟なところなんでしょうね。いずれにしても、ダリッチは協会がいろいろと問題を起こしている中で監督に就任し、これだけの結果を残したので、今後はクロアチアサッカー界全体が良い方向に向かっていく可能性はありますので、彼らにとってはいろいろな意味で大きい準優勝だったと思います。
倉敷 フランスは素晴らしいチームですが、クロアチアが決勝で勝つ可能性も十分にあると思って見ていました。
中山 スタートから15分間、疲れているはずのクロアチアの方が圧倒的にいい入りをしましたからね。
倉敷 小澤さんのクロアチアに対する印象を教えて下さい。
小澤 第2戦のアルゼンチン戦でアルゼンチンを3-0で粉砕したことがきっかけで、完全にチームができあがって、中山さんがおっしゃったように、ブロゾビッチをアンカーに置くシステムがはまりました。
大会前でいうと、先ほど小林さんが説明されたように、ミラン・バデリがボランチのレギュラー候補でしたので、その場合はラキティッチが下がって、モドリッチがトップ下のようなかたちだったのですが、2列目にした4-1-4-1にして、ラキティッチとモドリッチを少し高い位置に置けたところがよかったと思います。
それと、ラキティッチは普段バルセロナではボランチをしていましたし、特に昨シーズンはセルヒオ・ブスケッツとダブルボランチを組むような少し低い位置でもプレーしていましたので、その辺がモドリッチとラキティッチの局面を理解する能力によって、彼らの位置を変えながらシステムがはまりました。
やはり、フランスも含めてこの短い期間できちんとチームとしての形を探し出した、解決策を見出したチームが勝ち上がったという点は、決勝を見てもよく表れていたと思います。
倉敷 確かにそうですね。フランスのエンゴロ・カンテ、ブレイズ・マテュイディ、ポール・ポグバに対して、クロアチアにはブロゾビッチを入れたラ・リーガ2強に所属する2人がいました。小澤さん、この中盤の使い方は非常に流動的で戦術によって使い分けられる強さがクロアチアにはありましたね。
小澤 そうですね。彼らはロングレンジのパス精度も高いので、ペリシッチだけでなく、今回ブレイクしたレビッチの躍動感溢れるプレーという部分も本当にうまくチームとしてはまったと思いますし、試合を重ねるごとに成長、レベルアップしたように見えました。ラウンド16以降、毎試合が延長戦になるような中でも、本当にタフに戦っていましたので、その辺はさすがだと感じました。
また、ラキティッチなどは、今シーズンはバルセロナでもシーズン70試合を超える試合数を重ねていました。世界中の選手を探しても、おそらくラキティッチが今シーズン最も多くの試合でプレーした選手であるにもかかわらず、あれだけのパフォーマンスを見せたことも評価すべきでしょうね。しかも決勝戦の前に高熱を出してコンディションが悪かった中、あそこまで走り切るメンタリティがすばらしい。リバウンドメンタリティではないですけど、すべて整った環境ではなく、オーガナイズされた協会ではなかったからこそ、選手たち、あるいは現場の監督を中心に最後まで引っ張ってこられた部分はあるのかもしれませんね。
倉敷 モドリッチが今大会のMVPになったわけですが、その凄さについてもう少し話したいと思います。中山さんは、ルカ・モドリッチをどう評価しましたか。
中山 彼の場合、もともと能力の高さは十分に証明されていたわけですけど、今回はキャプテンシーというか、責任感が際立っていたと思います。どれだけ疲れていても足を止めることなく、ミスを自分が犯した後でもそれを挽回しようとしていた。そういうところは見る人の心を打ったというか、感動を呼んだところもありますし、評価が高かったと思いますから、このチームには欠かせないキャプテンだったという印象があります。
倉敷 確かに。小澤さん、モドリッチですが、ゴールの起点となるプレーが多かったですね。
小澤 そうですね。彼は攻撃でラストパスを出せる選手ですし、単にパスを出すだけではなく、パスを出した後にきちんとスプリントをしてボックスに入っていけますし、ボックスの手前でミドルシュートも打てる選手です。あれだけうまい選手にあれだけ走られては、なかなか相手としては止めようがなかったと思いますね。
今大会はモドリッチに象徴されるように、身長は低いかもしれないけれども小柄なテクニシャン、ハードワーカーとして戦える部分も兼ね備えた世界的なスター選手が多く活躍したことが、選手のプロファイルの特徴として出てきたと感じています。
倉敷 モドリッチは中盤で相手選手の角度を消し、スピードを殺していた。守備に関しても優れた選手ですね。
小澤 いくつかのパスコースを消しながら、とくに自分の背後にいる選手を、後ろに目が付いているんじゃないかというくらいのハイレベルなポジショニングを見せていたと思います。細かく修正しながらプレッシングをかけにいけますし、プレッシングをかける時には思い切って相手のセンターバックまで出ていくようなプレーは、普段からマドリーでもやっているんですけど、クロアチア代表の2列目に入ってもやっていましたね。
その辺は、局面に応じていちばんチームとして消さなければいけないコースを消しながら、守備戦術でいう中間ポジションをうまく取りながら、知的に守備ができる点がよかったと思いますし、今大会の中盤の選手の中でもとくにモドリッチが際立っていました。
倉敷 フランスとクロアチア、決勝に勝ち上がってきたチームの共通点として、中盤のハードワーカー、テクニックのある選手、攻守のトランジション、それから後ろと前を楽にするタスクということに対しての優れた組み合わせを、いくつも持っていたということが挙げられると思います。
中山 フランスもクロアチアも、中盤の深い位置でボールを奪った後、正確なロングパスで局面を変えて速い攻撃につなぐことができる選手がいたことが共通点だったと思います。フランスでいえば、ポグバとムバッペのホットラインがそうでした。クロアチアでは、ラキティッチとモドリッチがサイドチェンジを上手く使って、ペリシッチらを生かして仕留めるという攻撃のかたちを作っていました。そこは、ハードワークしながらも、あれだけクオリティの高いキックができる選手がいたという点が特長になっていましたね。
倉敷 最後に、ダニエル・スバシッチについて。ゴールキーパーについては、どんな印象ですか?
中山 今回、クロアチアは2試合連続PK戦で勝利していますよね。なかなかPK戦を2つ連続で勝つことは難しいと思うのですが、そのなかでスバシッチの活躍を見逃すことはできません。もちろん試合中のプレーについてもクオリティも高くて、こういう選手がゴール前にいるという点は、優勝するようなチームには必ず必要な要素になりますが、そういう意味では準優勝したクロアチアにも、しっかりと存在したということですね。
倉敷 小澤さん、ゴールキーパーの質、強さが、トーナメントを勝ち上がっていくうえでは重要なことは、僕らの代表もあらためて感じた今大会だったと思います。世界に通用するゴールキーパーを持つ、という点で、小澤さんは現状をどのように見ていますか?
小澤 間違いなく今大会もいいGKがいて、きちんとシュートストップできるGKがいるチームが勝ち上がっていたと思います。今回、事前にはそれほど期待されていなかったイングランドのジョーダン・ピックフォードも含めて、やはりいいGKがいるチームが堅守かつ安定感があり、それによって勝ち上がれるということはサッカーの原理原則のひとつだと思います。
だからこそ、日本は川島永嗣選手ひとりを批判するのではなく、日本のこれまでのGKの育成に対する重要度があまりにも低すぎたというところから反省するべきでしょうね。それが、現在の日本のGKの選手層につながっていると思います。
そのためには、コーチをきちんと養成できるシステムであったり、指導者養成のコースをきちんと整備することだったり、そういったことを一度検証する必要があるでしょう。そういう意味でいうと、まずサイズが重要になると思うので、ある程度育成の最初の段階からきちんと見極めて、そういう選手に技術や戦術的な指導をきめ細かくしていくことが重要だと感じています。
ジュニア年代で背が高いからといって、何となくGKとしてプレーさせるのではなく、その選手の骨年齢を測りながら将来を見据えて緻密にやっていくチームがJリーグでも出てきましたけど、そういうことを日本全体でやっていく必要はあると思います。
倉敷 オシムさんが「GKというポジションは戦術に変化を与えられる最後のポジションだ」という指摘をしていますが、ベルギー戦でティボ・クルトワにやられたことに象徴されるような、知的な部分もGKには求められますね。
小澤 間違いないですね。オシムさんがおっしゃるとおりだと思います。やはりGKも含めた11人の戦術が進化している時代ですしね。どちらかというと、まだまだ日本はフィールドの10人とGKが別々にトレーニングをして、最後のゲーム形式の練習だけ入ってくるというような流れがあります。しかしスペインなどでは、最初からロンド(ボール回しの練習)にもGKが入っていますし、ポゼッショントレーニングにも入ってきてフリーマンをやっています。また、そういう足元のプレーをうまくするだけでなく、GKも含めた戦術トレーニングも行なっています。
あとは、我々メディアの見方として、GKがシュートストップするというところから見た守り方なども、もっと提言しながら見ていかなければいけないと思っています。
倉敷 人口約400万人のクロアチアがワールドカップ・ロシア大会で大きなアクションを見せました。たくさんの感動、という言葉は陳腐ですがクロアチアという国に興味を持たせることはできました。ワールドカップは、その国に対してどんなイメージを持ってもらうか、いい流通イメージを作る上で重要な大会と思います。その意味で、今大会のクロアチアは大成功だったといえるでしょう。