ウォームアップ中の武藤嘉紀にベンチから出番の声がかかったのは、チェルシーに先制点を奪われた直後の79分のことだった。 この日のニューカッスル・ユナイテッドは、ホームゲームでありながら5-4-1の超守備的な布陣を採用。5DFと4MFの2…

 ウォームアップ中の武藤嘉紀にベンチから出番の声がかかったのは、チェルシーに先制点を奪われた直後の79分のことだった。

 この日のニューカッスル・ユナイテッドは、ホームゲームでありながら5-4-1の超守備的な布陣を採用。5DFと4MFの2ラインを自陣深い場所に敷き、チェルシーに攻撃スペースを徹底して与えない戦術を用いた。



ベンチスタートの武藤嘉紀は79分にようやく出番がやってきた

 また、攻撃もロングカウンターに狙いを定めた。ひたすら自陣で敵の攻撃にたえ、ボールを奪えばカウンターにかける──。ラファエル・ベニテス監督らしい手堅い戦術で、強豪チェルシーを相手に76分まで0-0で持ちこたえていた。

 ところが、武藤の投入の3分前に均衡が破れる。ニューカッスルがPKを与えて失点。1点を追いかける立場になると、ベニテス監督はベンチスタートの武藤を素早く投入した。DFの枚数を1枚減らし、代わりに武藤を投入して4-4-1-1にシステムを変更したのだ。

 陣形を前方に押し上げたニューカッスルは、ここからゴールを狙っていく。積極策が奏功し、試合終了2分前にニューカッスルが同点弾を奪取。しかし、試合終了直前にチェルシーに決勝弾を浴び、1-2で敗北を喫した。

 試合後、武藤は同点に追いつきながらも決勝ゴールを許したチームについて、「チームのもろさが感じられた。本当にもったいない」と唇を噛んだ。さらに、同点にした後にチームとして追加点を獲りにいくか、そのまま引き分けを狙うのかが「はっきりしなかった」と言い、「もう1点、獲りにいくべきだったのかな」と反省を口にした。

 武藤としても、難しい試合であった。チェルシーのしっかりとした守備組織を前に、ボールに触る機会は少なかった。ベンチスタートだったことにも、「やっぱり自分の状態がいいだけに、最初から出られないという悔しさは、もちろんあります」とコメント。

「今日は5バックでかなり守備的にいくということで、そこで使われなかった。自分も今日は先発でいくかなと思っていたんですけど、守備的なことに対して、たぶん信頼を得られていない。プレミアリーグで『こいつ守れるのか?』と信頼がなかったのだと思う。そこも、自分ならできるということをアピールしていかないと」と悔しがった。

 振り返れば、3年前にFC東京でプレーしていた武藤に対し、獲得オファーを出したのがチェルシーだった。英メディアのインタビューで武藤は、「チェルシーの監督が僕を本当に求め、必要としていると思えなかった。その代わり、成長するために自分のクラブに残りたかった。一歩一歩、成長していきたかったので、移籍を選ばなかった」と、オファーを断った経緯を明かしていた。

 そのチェルシーが相手だったことに、気持ちが高ぶることはあったのか――。意外にも武藤は「そんな昔の話は、とうに忘れてます」と、試合前に特別な思いに駆られることはなかったという。

 ただし、「(オファーをもらったときは)自分とのレベルの差が激し過ぎて、見ていて『すごいな』という感覚しかなかった。しかし今は、自分のモチベーションや心構えがしっかりできているので、見ていても恐怖心はないし、ここでやれるという自信しかない。それを結果で示さないといけないなと思っています」と、オファーを受け取った3年前との心境の変化を明かしていた。

 そんな武藤が、記者との質疑応答のなかでもっとも力を込めたのが、「8月29日に行われるリーグカップ、ノッティンガム・フォレスト戦で先発できそう?」との質問が飛んだときだった。記者団からそう尋ねられると、かぶせ気味に「じゃないと、まずいですよね」と即答。プレミアリーグ開幕から3試合連続でベンチスタートが続いているせいか、自分自身に言い聞かせるように言葉をつないだ。

「先発じゃなかったら、本当に……。でも、辛抱強く、腐らずに。やれる自信もあるし、現にやれているので。最初から試合に出られるところに来るつもりじゃなかったので。こういうポジションだったり、難しい経験を得にきたので。簡単に出られるチームじゃないからこそ、やっぱり成長できる部分がある。まずは結果を出し、ポジションを確保していきたいと思います」

 ゴールへの意欲も高まっている。プレミアリーグ第2節のカーディフ戦では、試合終了間際に自らのクロスボールで相手のハンドを誘発し、PKを獲得した。キッカーに名乗り出ていいように思えたが、チーム内で決まっているキッカーのMFケネディがPKを行ない失敗。ニューカッスルは勝ち点3を逃した。試合後、武藤はひどく後悔したという。

「自分でもあの後、『俺はアホだ』と。PKに行かなかったことに、イライラして寝られなかったです。あそこで、もう強引にでも。ファンやチームメイトにどう思われようと、あそこで行かないといけなかった。あの間違いはもう犯さないようにしたい」

 武藤の悔しさは、FWとしての強い自信の表れ。そして、得点をひとつ決めることで序列や立場が大きく変わってくることを、身をもって知っているからだろう。たしかに、2015年に加入したドイツのマインツでは、リーグ戦の3試合目で初ゴールを決めた。以降、自身の立ち位置をしっかりと固めた。

 だからこそ、あのPKは自分で蹴るべきだった──。得点できるチャンスは絶対に逃してはならないと、後悔に駆られた夜に、そんな強い決意を胸に刻んだようだった。