蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.33 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.33

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。

 今回のテーマは、ロシアW杯で活躍した選手と戦術のトレンドについて。モドリッチ、アザールらが躍動した大会から見えてくる潮流とは。連載一覧はこちら>>

倉敷 今回はワールドカップ・ロシア大会におけるフランスについて話そうと思います。まず現地で取材された中山さんに伺います。優勝したフランスの印象、どんなところがストロングポイントだったのか、なぜデシャン監督のチームは優勝できたのか。

中山 まずストロングポイントは、なんといっても守備ですよね。ここが今回のチームの優勝できた最大の要因ではないかと思います。そしてそのフランスの守備で中心になっていたのは、もちろんセンターバック2人も強かったんですけれども、エンゴロ・カンテ、ブレイズ・マテュイディ、それからポール・ポグバの3人だと思います。

 システムは4-2-3-1で、左ウィングは一応マテュイディなのですけど、マテュイディは守備的な仕事がもともとの特徴なので、わざと少し下がりめでプレーしていました。それでいて、カンテとの距離感は抜群。それから、ポグバのいる右サイドのエリアがすごく空くんですけど、ポグバはプレーエリアが広い選手なので3人で全体をカバーできていました。

倉敷 ポグバを相手のストロングポイントにぶつけられる、という面で、マテュイディの存在は大きかったですね。

中山 大きかったです。ですから、初戦はデンベレが出ていたんですけれども、2戦目にマテュイディを左に入れてそれが見事にはまって、結局それが今回の基本の形になりました。そんななか、カンテ、マテュイディ、ポグバという3人がいることで、なかなか相手にスペースは与えませんでしたし、3人ともものすごい運動量の持ち主なので、攻撃する時もしっかり前に顔を出せていた。この3人の特性を生かしたデシャン監督の選択と戦術が光ったと思います。

倉敷 フランスの守備について、小澤さんにも伺おうと思います。小澤さんはフランスの守備についてどんな印象でご覧になっていたでしょうか?

小澤 まずは前提として、スペースと時間を相手に与えないというところと、きちんと3ラインを整えることを徹底できていました。押し込まれて危険な時間帯は、オリヴィエ・ジルー、アントワーヌ・グリーズマンも自陣のボックスに入るぐらいのところまで引いて守っていましたので、守備の意識、それからラインの設定というところは、デシャン監督がうまく落とし込んでいたという印象を持っています。

 それと、やはり今大会のフランスで僕自身がもっとも印象に残ったのは両サイドバックですね。大会前はおそらくジブリル・シディベ、バンジャマン・メンディで考えていたと思うんですけど、彼らのコンディションを含めて、ベンジャマン・パバールとリュカ・エルナンデスを思い切って起用して、そこがうまくはまった。

 彼らのよさというところでいうと、オーバーラップしていく攻撃的な選手ではなく、守備面で献身的に守れるので、穴を空けないというよさが守備的なチーム作りにおいて、今大会の戦い方にうまくはまった印象を受けました。

倉敷 データマンの小林君にも聞きますが、右のサイドバックのパバールはいい選手ですね。

小林 ビックリしましたね。去年の今頃の市場価値と比べると、現在は20~30倍ぐらいまで上がっています。

倉敷 彼のキャリアを少し教えてもらえますか?

小林 シュトゥットガルトに所属していて、昨年の途中にデシャン監督がフランス代表に呼んだ時、呼んだこと自体が驚きみたいな感じの選手でした。

中山 他にいなかったという事情もありましたね。彼は右サイドバックが本職ではなく、どちらかと言うと3バックの右ストッパーのポジション、あるいは4バックの場合でもセンターバックです。シュトゥットガルトでもそこでプレーしていたのですが、右サイドバックでもプレーできるということで、デシャンが緊急的に招集しました。

 ただ、さきほど小澤さんが言っていたように、攻撃参加という部分はシディベと比べてありませんし、ボールを自分が持った時には常に安全な場所に横パスかバックパスをするというタイプの選手です。だから、前方に攻撃的なパスができないということで、大会前からチームの不安材料だったんですけど、アルゼンチン戦(ラウンド16)のあのスーパーゴールによって、おそらくメンタル面で1枚も2枚もレベルアップし、いわゆる覚醒することができました。積極的に攻撃参加できるようになったのも、そこからでしたね。

倉敷 フランスは14人がワールドカップ初出場のメンバーでしたが、デシャン監督は「最強の23人ではなく、最良の23人」という表現を使っていましたね。まず選手のピックアップが見事でしたね。

中山 当たりましたね。たとえばこのチームの本来中心であり、精神的支柱でもあったローラン・コシェルニーが大会直前にケガをして出場できなくなった時、センターバックには他にもいろいろな駒がいましたが、ベテランのアディル・ラミという選手を呼びました。ラミは今回のW杯でフィールドプレーヤーの中で唯一試合に出場していない選手だったのですが、デシャンがラミに与えた役割は、彼自身も理解していたと思うんですけど、チームをいかにまとめるかという裏方に徹する役割でした。

 彼はもともとリールの黄金時代のキャプテンを務めていた選手で、そういう能力があることをデシャンは知っていて、あえてラミをメンバーに加えたことも、「最良」のうちのひとつだと思います。

倉敷 なるほど。小澤さん、スペインでは代表監督は「セレクショナルドール」と呼ばれ、「選ぶ人」という部分が強調されますが、選手選考に関して、僕らの国がこれから学ぶべき点としてはどんな点が指摘できるでしょうか?

小澤 まず、デシャン監督のチームづくりを見ていますと、エゴを出すような選手は呼ばないということを徹底していた印象があります。とにかくチームのために働いてくれる、ハードワークができる選手が必要だというところを明確にメッセージとして出したうえで、選考をしていました。だからこそ、カリム・ベンゼマ、アドリアン・ラビオがメンバーから落とされています。

 その辺は一貫したコンセプトの下、とくにワールドカップという短期間でチームが生き物のように変化していくような大会においては、チームの結束が何より重要ですから、その辺は我々もしくは全世界がデシャン監督のチーム作りから学ばなければいけないのではないかと思っています。

倉敷 次はフランスの戦術について話そうと思います。まず、ジルーの使い方です。ゴールこそ挙げませんでしたが、攻め込まれた時に彼をターゲットにしてラインを上げたり、そこからのカウンターであったり、それから自分たちがボールホルダーの時の攻め方において、デシャン監督はいくつかの選択肢をチームに与えていましたね。

小澤 3トップで戦ったオーストラリア戦でいうと、とくにディフェンスラインが低い設定の時からのロングボールの収まりどころがありませんでした。そこを次戦からジルーが入ったことによって、うまく相手のディフェンスラインを引っ張ったり、競り合ったボールをライン間で待っているグリーズマンに落とせるというところで、攻撃のオプションのひとつになっていました。

 それと、右のキリアン・ムバッペをカウンターで有効に使おうという狙いのなかで、ジルーもグリーズマンとムバッペを意識しながら、彼らへのスペースメイクを常に意識してプレーしていました。デシャン監督が「シュートは打たなくても、彼は貢献してくれる」というコメントを出していることからもわかるように、できるだけ右サイドに素早くボールを運ぶことが徹底できていたので、ジルーがいなければ今大会の優勝はなかったのではないかというくらい、攻撃における貢献度は高かったと思います。

倉敷 小澤さんはムバッペとグリーズマンのタスクについて、どんな印象で見ていましたか?

小澤 グリーズマンは、大会の期間中に成長が見えました。本来であれば自分が輝き、エースになれるという大会で、自分がフランスを優勝に導くというぐらいのエゴを出して、もっと強引に突破を試みてシュートに持っていきたかったのでしょうけど、チームを勝たせるために、とくに守備面でムバッペの穴を埋めたり、あるいはマテュイディがインサイドハーフに下りた時には左のサイドに張って、逆に前線でチェイシングしながらそこにボールを誘導していました。

 かなりポジショニングなどが洗練されてきたとはいえ、ムバッペはまだ19歳。守備においてはそれほど大きなタスクをデシャン監督が背負わせませんでしたから、そこはジルー同様、グリーズマンがムバッペを生かすために守備面で貢献していたと思います。

 また、左右非対称のバランスのなか、マテュイディがインサイドハーフから駆け上がることができるので左ウィングのポジションを空けているところを、グリーズマンがうまく埋めることもできていました。その点も含め、デシャン監督がうまく選手の戦術リテラシーの高さを生かしながらチームを作り、攻撃の設計図を描いていたように見えましたね。

倉敷 中山さん、20年前もフランスはW杯で優勝しましたが、今回はあの時の代表チームとはずいぶん印象の違うチームでしたね。

中山 全然違いましたね。これまでのフランス代表は、ミシェル・プラティニ、それからジネディーヌ・ジダンというカリスマがいた時にタイトルを手にしていましたが、今回はそうではなかった。これは優勝後の会見の話ですが、「ジダン世代、それからその前のプラティニ世代、そして今回はグリーズマン世代が結果を残したのではないか?」というある記者の質問に対して、デシャン監督は「いや、そういう誰かの世代ということではない。このチームを見てもらえばわかると思うが、若い選手たちがチームとしてひとつになって、エゴを殺して戦った。これがこのチームの最大の勝因である」とコメントしていました。僕も同感で、結局そこが今回のチームの強みだったと思います。

倉敷 これからも楽しみですね。若いチームがたくさんのものを経験して優勝した。そのうえで、さらに上積みの余力を残しているのが現在のフランスだと思います。

中山 今回の優勝は、ある意味ラッキーもあったと思うんです。これはクロアチアについてもいえることですが、多くの強豪国が消えていくなかでフランスが最後にタイトルを獲得したという背景があったと思います。ただ、まだ100ある力のうち60くらいしか出てないような自重したサッカーに徹して優勝したという自信は、2年後のユーロと4年後のワールドカップに大きくつながることは間違いないと思います。

倉敷 たとえば才能を見せつけることもできるポグバのような選手が、すこしもエゴを出さずに戦った。こういった選手たちの精神面のコントロールが、デシャン監督のすごさだと思いますし、フランスには同じタイプのジダンというレジェンドが、次の監督候補として控えています。これは、フランス黄金期の到来もありそうですね。

中山 デシャンはすごく教育者的な部分があるので、今回も若い選手たちにいろいろなルールを作って、チームをひとつにまとめることを徹底しました。今回は、その影響でみんなが成長しましたし、いずれはフランスが真のタレント軍団になった時に今度はジダンがレアル・マドリーでやったようにうまく彼らをコントロールすることで、フランスの黄金時代が続くかもしれないですよね。

倉敷 小澤さん、気の早い話ですが、フランスの4年後についてどう見ていますか? このままいけば、ワールドカップ連覇を狙えるチームに育ちそうな気はするんですけど。

小澤 当然このままレベルアップしていくチームであり、選手たちですので、4年後は優勝候補の本命として出てくるでしょうね。あるいは、すぐに始まるヨーロッパのネイションズリーグでも、主役として注目度の高いサッカーを見せてくれるでしょう。

 その一方で、今大会を踏まえて、個人的には今後のフランスがどのようなかじ取りをしていくのかに注目しています。今回はかなり守備に比重を置いて、本来ボールを保持して主導権を握るようなサッカーができる選手層があったなか、デシャン監督はあえて守備的に戦いました。それによって今回は優勝したわけですが、今後はもう少し意欲的に攻撃的に行くのかというところは、少し気になりますね。

倉敷 今大会は、分析力が大きなポイントになっていたと思いますが、フランスにおいてはどうでしょうか? そういったマネジメントや分析が、即座に試合に反映されていたかという印象について伺いたいんですが。

小澤 個人的には、その辺がきちんとできていたから優勝できたのではないかと思っています。実際にテクノロジーをベンチで使って、ベンチワークとして選手たちに伝達していたのかという部分までは具体的に我々には見えてこないですけど、ベルギー戦(準決勝)を見ていても、やはり選手たちが相手の出方によって自分たちの配置を変えながらプレーできていたと思いますし、時間帯によって守っていこうという時には3ラインをコンパクトに縮めて守り切っていました。

 そういう瞬時の判断を見ると、おそらくベンチの指示がなくても、選手たちは普段から所属クラブでそういうことをやって戦術バリエーションを豊富に持っていたということなのだと思います。そういう意味では、ベンチからの指示と、ピッチでプレーする選手たちのレベルが両方高くなければワールドカップでは勝てないことを痛感しましたね。

倉敷 確かにベルギー戦は、ロベルト・マルティネス監督もフランスに対していろいろ対策を打っていましたが、最後は通用しませんでしたね。中山さんは、準決勝のベルギー戦をどう見ていましたか?

中山 ベルギーはポグバにマルアン・フェライニをマークに付けて、ケヴィン・デ・ブライネとナセル・シャドリの2人で右サイドから攻めようという狙いがあったと思います。ただ、フランスはそこに人数をかけず、マテュイディとカンテが中間ポジションを取るのがとくにうまかったので、2人で4人分の仕事をこなしていました。

 なので、そのエリアにはほとんどスペースがなく、結局、ベルギーはエデン・アザールだけがボールを持って動ける状態になったわけですが、アザールに対しては2人のセンターバックとポグバで十分に見ていられる状況なので、ベルギーとしてはボールを持てても、攻め手がなかったという現象になっていたと思います。

倉敷 なるほど。中山さんに最後に聞きたいのは、フランスのリーグアンは昔からのイメージとして、優秀なボランチを輩出しています。これは少し前の印象で申し訳ないんですけど、フランスのピッチというのは走るのに力が要るからいいボランチが出てくるんだという指摘がありました。最近でも、たとえばマテュイディであったり、カンテであったり、ポグバであったり、エンゾンジもそうです。やはりボランチが出てくる土壌は、現在もリーグアンに残っていると見ていいのでしょうか?

中山 それもありますし、やはり育成としてそのポジションを育てることを続けていることが大きいと思います。なるべくフィジカルのある選手で、さらにサッカーの理解度を高める教育をしっかりしながら、10代の頃からボランチを育てています。ボランチだけでなく、各ポジションにおいてそういった優れた育成システムがあるので、フランスはタレントが枯渇しないのでしょうね。

倉敷 なるほど。日本の若い選手も、ユース年代でフランスに行ってみるというのはどうでしょうかね?

中山 あそこで日本人がプレーするのは大変でしょうね。マルセイユの酒井宏樹が成功しているのは、最低限のフィジカルがあるからだと思いますし、かつての松井大輔のようにハイレベルなテクニックを持っていればフランスでも十分にやっていけると思うので、是非挑戦してもらいたいですね。リーグアンで成功すれば、どこのリーグへ行っても大丈夫ですから。

倉敷 世界にはいろいろなリーグがあって、それぞれの特色があります。これから4年間の僕らの楽しみのひとつとしては、日本人選手がどこのリーグに行ってどのように戦えるのか、そしてどのように成長していくのかということを見ていくことであり、またそのなかで新しい23人を探す旅がもう始まっているのでしょうね。そんなサジェスチョンもできたらいいなと思います。