蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.32 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.32

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富なサッカー通の達人3人が語り合います。

 今回のテーマは、ロシアW杯で活躍した選手と戦術のトレンドについて。モドリッチ、アザールらが躍動した大会から見えてくる潮流とは。連載一覧はこちら>>

倉敷 「蹴球最前線」、ロシア大会を振り返る。今回は、前回の総論の続きです。

 今大会のゴールデンボール賞(大会MVP)はルカ・モドリッチ(クロアチア)、シルバーボール賞はエデン・アザール(ベルギー)、ブロンズボール賞はアントワーヌ・グリーズマン(フランス)が受賞しましたが、それぞれの身長はモドリッチが172センチ、アザールが173センチ、グリーズマンが174センチと、1990年大会のサルヴァトーレ・スキラッチ(イタリア)、ローター・マテウス(ドイツ)、ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)以来の小柄な選手がトップ3に選ばれました。中山さん、これは今大会の特徴のひとつとして挙げられますよね。

中山 そうですね。これが偶然なのかどうかは難しいところですが、やはりモドリッチは代表チームでも活躍していたと思いますが、アザールはようやく今大会でベストパフォーマンスを見せることができました。

倉敷 すばらしかったですね。

中山 グリーズマンもコンスタントにいいプレーをしていましたけれども、フランスが優勝したという部分を含めて、たしかに大柄で背が高い、フィジカルが強いだけではないサッカーが、今大会のアクセントのひとつになっていたのは事実だと思います。

倉敷 逆に言うと、いかにも9番タイプの選手、たとえばクリスティアーノ・ロナウド、あるいは得点王になったハリー・ケインは、得点は取っていましたけれども、大会をひっぱる存在とはいえなかった、それはなぜか。活躍したアタッカーのタイプはどんな位置付けであったのか、どういったタイプの選手が点を取ったか。小澤さんはどう見ているでしょうか?

小澤 たとえば、今回フランスが優勝したのでフランスを例にすると、やはりオリヴィエ・ジルーは前線でつぶれ役としてプレーし、グリーズマンやキリアン・ムバッペを生かすためにプレーしていましたので、そういった攻撃のオーガナイズが増えてきたという印象があります 。

 その背景には、ボックス内の守り方として、とくに2センターバックが、サイドからのクロスボールに対してきちんとニアとファーのエリアで蓋を閉じる守り方が目立っていたことが挙げられると思います。これは、もともとアトレティコ・マドリーのディエゴ・シメオネ監督がディエゴ・ゴディン、ホセ・ヒメネス、あるいはステファン・サヴィッチでやってきた守り方なのですが、サイドを割られてもセンターバックが簡単につり出されずに、きちんと真ん中をケアして処理するという守り方がスタンダードになってきて、単純なクロスの放り込みだけではなかなか点が取れなくなってきたという戦術的なトレンドが、今大会で見えたと思います。

 そういう意味では、大柄なFWでターゲットマンとしてプレーする9番タイプの選手がロングボール、あるいはアーリークロスに合わせて点を取ることが難しくなったということが見えた大会だったと、僕は総括しています。

倉敷 この大会を見ていると、ひとりの突出したアタッカーよりも、2人ないし3人くらいのゴールを狙える選手がいるチームが強かったという印象があるんですが、それについてはいかがでしょうか?

小澤 そこは間違いなくあると思いますね。もはやサッカー自体が、ひとりのタレントだけでは簡単に崩せないような守備のレベル、あるいは戦術レベルの向上によって対応してきています。だからこそ、今大会のベルギーが象徴的でしたが、アザールを攻撃のキーマンとしながらも、どこからでも点を取れるチームが勝ち残ったと思います。

 3位決定戦でのトーマス・ムニエのゴールもそうですし、日本戦で見せたようなカウンターもそうでした。本当に攻撃がスピードアップした時にディフェンスラインからかなり強度の高いスプリントをかけて、ボックス内にディフェンスの選手が入ってくることも含め、ひとりのタレントだけでは難しいことが見えた大会だったのではないかと思います。それは、リオネル・メッシ頼みのアルゼンチンの早期敗退にもいえるのではないでしょうか。

倉敷 これは今後も続く傾向という気はしますね。

小澤 間違いなく続くでしょうね。もちろん違いを生み出すタレントも重要ですが、そこはフランスのディディエ・デシャン監督も言っていましたけれども、点を取る、あるいはしっかり守るという部分ではチームでやらないといけないというところは、今大会以降も代表の試合、あるいはワールドカップでは続くと思います。

倉敷 結局、これは繰り返しになると思うんです。組織の方に行って、また個に戻ってくる。小澤さんもおっしゃっていましたけれども、結局、最後は個だ、と。個の選手の能力が高ければ、たとえばマルアン・フェライニの使い方によってベルギーが攻撃しようとしても、ポール・ポグバで何とか守れてしまうフランスの強さがあったと思います。

 だから、9番タイプのクラシカルなFWは、もしかしたらしばらく出番がなくなってしまうのかもしれないけれど、最終的には新しい個性というものが必要になってくるんでしょうね。中山さんはどう思いますか?

中山 各ポジションにタレントがいて、それがチームとして機能するという傾向がより強くなってくると思います。南米勢は以前から比較的そういうチームではない方が多かったと思うんですけど、今回のチッチ監督率いるブラジルを見ても、ディフェンスに対するルールはすごくしっかり守られていましたし、多くのチームは個だけに頼らない、チームとしての戦術が年々洗練されてきている印象を受けました。どのチームもその流れについていかないと、いくらすばらしい個がいても、それが生かされない時代になっていますよね。

倉敷 データマンの小林君、アタッカーに関して何か付け加えておくべきことはありますか?

小林 小柄な3人が受賞しましたが、彼らはクラブレベルでも、きっちり走りきれて、なおかつ戦えていました。そういう選手がいるチームが強かったのかなと思います。

倉敷 確かにそうですよね。もうひとつ小林君に聞きたいんですけど、今大会ではセットプレーが目立ちましたね。

小林 そうですね。今大会は、1966年大会以降、カウントを取り始めてからもっとも多くセットプレーからゴールが生まれた大会で、合計73ゴールがセットプレーからというデータがあります。もちろん、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の影響もあったとは思いますが、そういうところを突き詰めていくことも、もしかすると今後はもっと増えていくかもしれないですね。

倉敷 確かに。今大会のイングランドは、12ゴールのうち9ゴールがセットプレーからというデータがありますが、ガレス・サウスゲート監督はいろいろ対策をしていたらしいですね。

小林 そうですね。バスケットボールの戦術云々という記事も出ていましたけど、イングランドは2016年のユーロの時に、30本以上あったコーナーキックの機会で1ゴールも決められなかったにもかかわらず、今大会ではPKも含めてセットプレー絡みで6点を決めています。ですので、大きな武器、ひとつの戦術になっていたのかなと思います。

倉敷 前回のVARの話とも関係しますが、小澤さんはどんな風に分析していらっしゃいますか? 

小澤 今大会では、まずは手堅く守備から入るチームが勝ち上がったという印象がありました。そのなかで、ポゼッション型のスペインやドイツが早々に敗退したように、ゴール前で守備を固められた時、代表チームでは戦術練習の機会が少ないためにチームづくりの際に攻撃を多彩にすることが難しい部分が出たと思います。そういう意味で、各強豪国の監督は、とくに攻撃、得点というところでセットプレーに勝機を見出して、かなり作り込んできたという印象を受けました。

 そして、とくにヨーロッパでは、サッカーだけではなくボールを使った団体競技全体で連携を取りながら発展している部分がありますので、そこもサッカーの進化に影響していると思います。

 スペインにいてすごく感じるのですが、たとえばバルセロナが象徴的ですけど、フットボールだけではなく、バスケットボール、ハンドボール、フットサルなど、いろいろな競技が連携していて、各指導者が情報交換をしながら発展しています。とくにボールが止まった状態のセットプレーは、ハンドボールやバスケットボールの戦術をサッカーに落とし込みやすいということもあって、そういうものを代表レベルでも取り入れたのだと思います。

 今回はとくにイングランドがそれを熱心に行なったという風に思います。また、ベルギーもかなりセットプレーのバリエーションがありました。逆に守り方でいうと、僕はクロアチアが少しラインを自陣深くに設定しすぎている印象があって、決勝でもそこをやられてしまったところがあるので、そこはセットプレー時の攻め方と守り方で、少し明暗が分かれた大会だったのではないかなという風に見ています。

倉敷 中山さんはセットプレーに関してはどうですか? VARによってペナルティエリアの中のハンドもそうですし、ファウルも厳しく取られるようになると、お互い相手のシャツもつかめないという状況になっていて、いよいよセットプレーの時代が到来したという印象もありますが。

中山 これは日本代表の選手も言っていましたけど、ペナルティエリア内で相手のシャツを引っ張ってマークするようなプレーは、VAR導入によってやり難くなったことは間違いないでしょう。もしシャツを引っ張ったら、それはもうVAR判定によって確実に反則になってしまいますから。もちろんまだ若干はありますけど、以前ほど主審がコーナーキックの時にひとり1人に注意するシーンが減ったと思いますし、実際にシャツの引っ張り合いみたいなマーキングは減っていますよね。

 なので、そのなかでどういうディフェンスをするかという、とくに守る側は工夫をしていかないといけませんね。最近は背の高い選手も多くなってきていますし、いろいろなバリエーションでセットプレーの準備をしているチームが多いので、そこは守る側の課題として、どこのチームも磨いていかないといけないですね。

倉敷 いろいろなトレンドが生まれては、また変わっていくという繰り返しだとは思いますけども、次の4年後の大会ではどういう傾向になるのでしょう。実は4年前の大会の時に、僕は今回のような大会になるということを予測しきれなかった部分もあるので、これからはルールの部分やテクノロジーの部分と、うまく寄り添っていかなければいけないなと感じます。とくにリアルタイムでの戦術分析ということに関しては、ますます重要な時代になってくるのではないでしょうか。